魔法戦・5
「えーへっへっへっ!」
黒エルフは腹を揺らして笑う。天を仰ぐように、顎をのけ反らせて。
「……アステル、こいつはお終いだ。止めを刺せ!」
不気味に感じたバジーレが声を上げた。
「そうね」
アステルが杖を取り上げると、唐突に笑い声が消え、クラトピアがアステルに顔を向けた。
(遅い!)
なおも笑顔の黒エルフに狙いを定めた。
(……?)
黒エルフは、アステルを見ていなかった。
構えるアステルを見ていたアルノーは、強い視線を感じた。その主を探すと、クラトピアと目が合った。アステルを通り越して、彼女はアルノーを見ていた。
「そいつだ!」
「アルノー、逃げて!」
水滴ではない。重い、雹のような塊が浮かび上がり、アルノーへ向けて飛んだ。重い氷の塊は、先ほどまでの雨よりは遅く、だが矢のように速く、アルノーへを飛んでいく。
三度目の不意打ち、それはアステルへ向けてではなかった。
(やっと見つけた、この白エルフへの優位性)
クラトピアの口角が上がり、顔が歪んだ。この白エルフと人間のガキがどんな関係だかは知らない。だが、さっきの殴り合いの後に向けた表情は、他の男たちへ向けたものとは違った。さっきの爆発でも、無事か分からずうろたえていた。特別な感情を持っていることは間違いなかった。まるで母親が子供へ向けるような。
(そうだ。こいつには子がいるに違いない)
これはこの先の戦いでも利用できる。クラトピアは白エルフに目線を戻した。この女の頭を尻に敷く感触を得た気がした。
「アルノー、逃げて!」
ヴーンンン!
アステルの叫びと、唸る音とはほぼ同時だった。アステルの頬を風が掠め、礫のように飛んでいた雹が二つに割れて、落ちた。
「ランボー……!」
ランボーが風を起こしたのだった。
ホウッと、アステルが息をついた直後、肩を掴まれた。無理やり振り向かせられた視線の先に、クラトピアの顔があった。表情は消え、感情の読めない目で、アステルを見つめていた。
(しまった……!)
アステルは目を逸らそうとしたが離せない。吸い寄せられるようだった。精神防御を試みたが、すでに奥へ入られた感覚があった。
(意識の中へ、入ってきている……)
「これを狙ってたんだ……」
クライアントの顔から表情は消えていた。だがその声は確かに勝ち誇っていた。
アステルの視界が黒く、塗りつぶされていった。