エルフとの出会い・2
給水塔にくみ上げられた水は、地下の水路を通って街へと供給されている。その地下水路の入り口へ向かえと、宿屋の主人は言った。
「そこの番人に話しな」
宿屋の主人に教わって、アルノーとランボー、そしてバジーレの三人は入り口へ向かって行った。バジーレの部下たちは、積み荷を守るために残していくらしい。
「なあ、アルノー」
「……」
並んで歩こうとするランボーを無視して、アルノーは先を行くバジーレに並んだ。慌ててランボーが追いすがる。
「その、サイコロでスッたのは悪かった。でも、金の半分は、アルノーの分と思って残してるんだ、なあ……?」
アルノーは聞こえないふりをして、大声でバジーレに話しかけた。
「バジーレは、元傭兵だったよね? 探索みたいなことは、経験ないの?」
バジーレは酒と陽に灼けた顔をアルノーに向けてきた。細やかな装飾のある兜が印象的だ。兜には前に長く伸びたつばがついていて、彼の顔に暗い陰を落としている。だが、彼の表情がそれを打ち消していた。身振りや口ぶりが大げさなことはあるが、話すことは大好きらしい。
「傭兵の仕事場は、平地の戦場や城ばかりじゃないんだ。山に海に森に川。洞窟の奥やダンジョンだって入ったさ」
「傭兵って、戦争するのが仕事だと思ってた」
「金さえもらえりゃ、何だって仕事さ。警備や警護、潜入、工作。誘拐、暗殺。放火に略奪だって仕事のうちさ」
物騒な言葉がいくつも飛び出したが、バジーレが言うと何でもないように聴こえてしまう。それだけ彼にとっては日常的なことだったのだろう。
「……そういうもんなんだ」
「退屈だったり面倒だったり、命がけだったり恨まれたり……そういう仕事を、押し付けたい連中がいる。そしてそれを請け負う俺たちがいる。それで成り立つ商売だ。今回もそうだ。代官たちは金だけ出して、集まって来る君たち冒険者に、全部押し付けるつもりだろう」
「代官たちは、何もしないの?」
「足元を見られているわけだ、金に困った君たちは」
「他人事みたいに言うね。バジーレも参加するんでしょう? 同じじゃないか」
「俺は金に困ってない」
バジーレは両手を広げて見せた。身体を覆っていたマントがまくれ、甲冑姿が顕わになる。立派なのは兜だけではなかった。磨かれた鎧はアルノーが映りそうだ。腰に挿した長剣の柄頭には宝玉がはめ込まれ、爪の伸びた足がそれを掴むように覆っている。握りの部分は鱗のような掘り込みがあって、まるで竜の脚が宝玉を掴んでいるように見えた。
確かに金に困っているようには見えない。
「じゃあ、どうして参加するの?」
「積み荷の番も退屈でね」
「退屈、ね……」
今から行くのは、魔物の巣窟だ。それなりに命もかかっている。退屈しのぎに行く場所ではないと思うのだが。
アルノーはもう一度、バジーレを見た。金のかかった甲冑姿は一見、嫌味にすら感じられる。だが装飾品にはない、使い込まれた実用品としての風格があった。長身のこの男は実際に、この姿で幾多の戦場を駆けたのだろう。
(誘拐、暗殺。放火に略奪……)
さっきバジーレが簡単に言った言葉を思い返して、アルノーはあらためて背中が冷たくなった。
それを察したのか、バジーレがニッカリと笑った。つられてアルノーも口角が上がってしまうような笑顔だ。四〇歳を過ぎただろうこの男は現役時代、こうして部下を掌握してきたのかもしれない。
「それに、興味があるんだよ、『不帰の森』の吟遊詩人がどう戦うのか。そして君らにとっても、俺がいた方がいいと思ってな」
「僕らにとっても……?」
尋ね返そうとした時、バジーレが立ち止まって遠くを指さした。その先を見ると、街はずれに聳え立つ塔があった。アルノーは首を伸ばして塔の先端を見上げた。山の頂上を越えて、なお高くに見える。
「あれが給水塔だ、アルノー」
街は石壁でぐるりと囲まれていて、給水塔はその囲いの外側に立っていた。地下水路を通って、この塔の内部へ入るということなのだろう。
「この道の先に、地下水路の入り口があるんだろうな」
バジーレが進路を指し示す。ここまで宿屋から街の中心を通って来たが、この先は石壁が近く街はずれに当たるのだろう。倉庫や粗末な人家がちまちまと立っているだけで、空き地ばかりだ。道と呼ぶより、ただ石壁の方まで空き地が続いている、と言った方が正しいかもしれない。