一番手バジーレ・1
イモリ男もバジーレの正面に進み出た。背丈は人間と変わらず、二本足で立っている。だがそれ以外はイモリと何も変わらない。黒く光沢のある身体を、赤い筋がまとわりつくように這っている。顔も同様だった。
バジーレは抜いた剣を捧げ持ったが、イモリ男は突っ立ったままだ。
「剣士バジーレだ」
「……」
「……名乗れよ?」
「……」
「……魔人さんよ、こいつは話せないのか?」
「オオイモリに私の魂をひとかけら、分け与えただけですので……ああ、互いに名乗りを上げるんでしたっけ? 失礼、名前もつけてません」
「子供の遊びでも、も少しマシだぜ……」
バジーレはボソリとつぶやき、捧げ持った剣をイモリ男へ向けて斜めに倒した。
「『イモリくん』と呼ぶぜ。俺は剣士バジーレだ。何でもいいから、お前の武器で触れてこい」
イモリ《ニュート》くんのたてがみが一本、鞭のようにしなって飛び、バジーレの剣を弾くように撃った。
バイイイインッ!
剣先が上に弾かれたのを利用して、バジーレはイモリ《ニュート》くんに向けて剣を振り下ろす。だがそれより速く、たてがみが数本、バジーレに向かって伸びてきた。剣の根元でそれらを受けとめ、弾き返す間に、イモリ《ニュート》くんは素早く距離をとった。
「へっへえ、やるじゃねえか……」
バジーレは笑って見せたが、弾き損ねて打たれ左手は、手甲越しでも強く痺れた。
(しばらくは打ち込めんな)
そう思ったところへ、たてがみから数条、黒い触手が伸びて来た。剣を正面に構えて弾き、受け流す。
「うおい、おいおい……」
次々と繰り出される触手に、防戦一方となった。
(鞭が百本くらい、まとめて飛んでくるみたいだな)
「フフ、剣一本で防ぐとは、なかなかです。もっとも盾があってもボロボロになりますがね」
魔人ステクスが嬉しそうに叫ぶ。バジーレを狙う触手は真っ直ぐに、時には弧を描いてバジーレの視界を外して飛んでくる。それらをバジーレが冷静に弾き返す。その光景に魔人はワクワクしているようだ。
アルノーは気が気ではない。バジーレの構える剣が、触手の衝撃を受けて左右に揺れる度、次の直撃を予感して目を伏せた。
「アルノー、よく見てみろ」
ランボーが声をかけてきた。肩を掴まれ、促されるままランボーと一緒にバジーレを見た。
彼の眼は無数に飛んでくる触手の動きを追っていなかった。ただイモリ男をじっと見つめている。ただ剣を持つ腕だけが、細かく動いていた。
「身体で憶えたんだろうな、あの長剣を上手く使っている」
ランボーは滞在した宿で入浴するバジーレの姿を――無数の傷が浮き出た身体を――見ていた。
刃渡りの長いバジーレの長剣は、鍔も柄も長かった。その鍔と柄の部分も使って、叩きつけられる触手を弾き、衝撃を受け流している。
「剣が、盾みたいに……」
「触手の動きにも慣れてきたようだ。そろそろ反撃だろう」
バジーレの足が少しずつ、擦るように這って前進していた。バジーレの表情にも余裕が見える。
(出所は同じ首の辺りだからな。出だしの軌道が分かれば、ある程度予測は可能さ)
黒い鞭の打撃をさばきつつ、徐々に腰を落とし、脚に力を溜めていく。
(そろそろ握力も戻ってきたしな……反撃開始だ)
バジーレは間合いを測り始めた。捧げ持っていた長剣を、イモリ男の脳天に叩きつけるにはまだ数歩、距離があった。
(振り上げる必要はない。身体ごとぶつけて、割り砕くだけだ……)
あと二歩…………一歩…………!
バジーレが脚の力を解放した瞬間、身体のあちこちを鈍く重い衝撃が襲い、目の前が真っ白になった。
「うぐう!」
詰めていた息が一気に吐き出された。兜が弾け飛び、床に落ちて音を立てた。
(なんだ、触手は全部見切ったはずだ……?)
だが確かに、触手に撃たれた感触が残っている。イモリくんを見たが、たてがみがウネウネと動いているだけで、イモリの表情は変わらない。相手の反撃を封じたのだから、会心の笑みでも見せそうなところである。そこにイモリ面はかえって腹が立った。
「……!」
驚きで気づかなかったが、全身が水を被ったように濡れていた。
「なんだ、これは……?」




