魔人・3
「バトリングって、騎士がやってる、一騎打ちのこと?」
アルノーはバジーレに尋ねたが、彼より先に魔人から返事が飛んできた。
「そう、それです!」
パァンとステクスが手を叩き、水しぶきがアルノーたちの顔をびしょ濡れにした。
「訪れた街でやっていたんですよ。素晴らしかったですねえ。礼に始まり礼に終わる様式美、互いへの敬意あふれる振舞い、構えた時の両者の佇まいと、静まり返った会場……」
ステクスは両手を合わせて天を仰ぎつつ思い出に浸った。と思ったら突然、腕を振るってこちらを指さした。
「始め! ……の合図と同時に、互いの切っ先が火花を散らし……」
指先をその切っ先のように振り回し、飛沫が再びアルノーたちを襲った。
「その、バトリングをここでやろうと言うのか? こいつらと、俺たちとで?」
ランボーが尋ねると、ステクスは指先を彼に向けて答えた。
「そうなんですよ! あの時も私は混ぜてもらったんですが、みんな私に剣を向けてきましてね。同時に討ちかかって来る者や弓を引く者までいました、何より、誰ひとり礼をしてこない。無礼な連中ですよ」
「それは……違うんじゃないかな」
アルノーはつぶやいた。
「そうですよ! 私は彼らの無礼かつ卑怯な振舞いに憤慨しました!」
アルノーの言葉は正しく受け取られなかったらしい。だが訂正する者はいない。
「……だから、裁きを与えたのです」
どんな裁きだったか、想像に難くない。
「私のバトリングへの憧れは更に高まりました。高潔な騎士道に則った、尋常な勝負!」
魔人の語りはさらに熱を帯び、腕を振るい足を踏む。そのたびにまた、水しぶきが散った。
「今回の『討伐』でも、私は拠点の魔族たちに提案したんです。バトリングで勝負を決すべし、と。でも彼らには、こうした精神は受け入れられないらしい……そこで、出て来たんです」
「義理も人情もあったもんじゃないな」
バジーレが毒づいた。すでに『討伐』も終結に向かい、この土地の領主も戻ってこようとしている。魔人の身勝手な逃亡が、拠点の陥落に大きく寄与したのではないだろうか。
「この塔を占拠していれば、いずれ騎士なりがやって来ると考えたんです。案の定、あなた方がやってきた。さあ、尋常に勝負しましょう!」
魔人ステクスは両腕を広げた。その腕の下には、先ほど現れた5人と1体がいたが、陰になってよく見えない。
「この日のために、私が育てた配下の者たちです。……間に合わせの者もおりますがね」
「やるしかなさそうだな」
進み出たマルカブリを、ギローが止めた。
「待て、マルカブリ。順番を決めよう」
「必要ない。俺が全員倒せば済む話だ」
「一人で五回も勝負するつもりか? 身体が持たないぞ」
バジーレも同調したが、赤毛の騎士は首を振る。
「バトリングだぞ、出られるのは騎士である俺たちしかいない!」
「待ってください、マルカブリさん。相手はそもそも騎士じゃないですよ」
アルノーも見かねて加勢した。
「あいつは……魔人はただバトリングごっこをしたいだけで、相手が騎士かどうかは気にしてませんよ」
「バトリング自体、大昔は酔っ払いの力比べだったらしいぞ。だんだんルールがついて儀式化されて、今のバトリングになったんだ」
ギローが歴史を語る。
「そのルールも地方によって違いはあるがな。武器を落としたら負けとか、素手でも闘えるとかな」
バジーレが知識を追加した。
「魔法使い同士が対戦することもあったわ。魔王が滅んでからしばらくの間だけだったけれど」
アステルも追加する。
「勇者一行が、魔王配下とバトリングした物語もあるぜ」
ランボーは吟遊詩人らしく物語った。
「ごっこ……ごっこか、フン」
マルカブリの肩から力が抜けた。
「俺たち六人の中から、五人出すことになるが……」
「俺が最初に行こう。二人は抜きたいね」
バジーレがさっさと前へ進み出た。
「だったら、次は俺で、その次がギロー。三人で五人勝ち抜けたらいいがな」
給水塔の中の踊り場が急遽、闘技場になった。魔人の腕の下の影から、先鋒の一体が進み出た。
オオイモリが、二本足で立っている。
足は長く、腕は人間のように手指がついていた。だが何よりおかしいのは、首の周りを覆う、たてがみだった。ライオンのそれとは違って、一本一本が触手のように太く、ヌメりを帯びてウネウネうごめいていた。
「まず、生理的に負けたかもな……」
バジーレはつぶやきながら剣を抜いた。




