魔人・1
それからさらに、二つの階層を上がった。どちらにもモンスターがいたが、大したこともなく先へ進む。ランボーの演奏に助けられてはいるものの、いい加減、階段を上る脚も重くなってきた頃だった。先頭を歩く赤髪と黒髪の二人が足を止めた。
「どうした、また幽霊でも見たか?」
バジーレが声をかけながら近づいて、止まった。アルノーも並んで段を上がったが、ギローらの真後ろまで上がったところで空気が変わるのを感じた。
(何これ……重い)
「いるな、この先に」
後ろのランボーたちも感じたらしい。アステルの放つ炎の先には、石の天井と、踊り場へ上がる入り口がぽっかりと空いているのが見える。その先から、ただならぬ気配を感じる。みな腰を屈め、耳をそばだて目を凝らした。
……気配以外、物音もしない。時折、どこかで露の滴り落ちる音が聴こえるだけだった。
バジーレが進み出て、入り口から首を突きだすようにして踊り場を覗き込んだ。そして、すぐに首を引っ込めて、小声で言った。
「マズイ。帰ろう」
皆が妙な顔をした。今更何を、といったところだった。バジーレは真顔で繰り替えした。
「魔族どころじゃない。あれは、魔人だ。帰ろう」
「魔人だって!?」
「なんで、こんな所に、魔人が……」
「マジン?」
皆は驚いているが、アルノーには聞き馴染まない言葉だった。魔物や魔族と、何が違うのだろう。
「ランボー、まじんって、何?」
「魔人だよ。魔族や魔物のような種族とは違う。元々は人間だったり物だったりするのが、何らかの要因で強大な能力を持ち、魔人になる。その能力もマチマチで、魔力だったり特殊な術だったりだ」
「そんな奴が、魔王の配下にいるわけ?」
アステルが続けた。
「魔王に従っているわけじゃないのよ。魔人の多くは自分の欲望にのみ忠実なの。でもその欲望が破壊だったり殺戮だったりするから、人間からは排除されて、魔王軍に流れやすいの」
(お互いに利用し合ってる、ということのかな?)
「待ってくれ、そんなもの、物語か伝説くらいしか聞いたことはないぞ」
「何で分かるんだ?」
ギローもマルカブリも、半信半疑のようだ。
「胸に生命核があった。傭兵時代に一度だけ遭遇した奴もそうだった。あの時は、五〇〇人の中隊が全滅したんだ」
その時のことを思い出したのか、バジーレは脂汗をかいていた。
「帰ろう、金貨五枚じゃ割に合わない」
そう言うバジーレにギローが言い返そうとしたとき、少年のような高い声が響いて来た。
『じゃあ、もっと上乗せしようか?』
すでに、見つかっていたらしい。
『いきなり襲い掛かることはしないよ、上がっておいでよ』
『それとも……こっちから行こうか?』
最後の声は、低く肚に響いた。バジーレが諦めたように首を振り、それを合図に皆、立ち上がった。
入り口を潜ると、踊り場は明るく照らされていた。壁にいくつもの松明が掲げられて、闇に慣れた目には眩しかった。踊り場の中央に人影が立っている。人の形はしているが並み外れて長身で、常人とは思えなかった。それがバジーレの言う、魔人だろう。入口で立ち止まったアルノーたちを、手招きしていた。
促されるままに中央まで進むと、魔人の全身が見えた。ランボーがアルノーを肩車したくらいの背丈はあるだろう。ただ長身ではなく、肉付きもしっかりしていた。
肉付きといっても、肉そのものがついているわけではない。血が通っているようにも見えない。全身が半透明で、うっすら向こう側の石壁が見える。全身が人の形をした膜に覆われ、その中身は水で満たされているようだった。胸の辺りに碧い石が嵌っていて、そこから血管のような管か筋が、胸や腹を這うように張り付いていた。その石が、バジーレの言った生命核なのだろう。
その胸の上には、人間同様に首がついて頭が載っていた。アルノーはその頭を見た。頭の正面に隆起する線が鼻梁を描き出しており、その両側に目のような窪みがあった。鼻の下には唇に縁どられた口があって、眉の部分はくっきりと、頬の辺りは優しく隆起している。それらの凹凸が動きながら、およそ人間同様の表情を作っていた。どうやら彼は今、微笑みかけているらしい。
「やあ、やっと会えましたねえ。私は、ステクスと言います。魔人ステクス」




