さけるさけるちーず(仮)没小説1
没小説なので途中でおわるでござる
人間が最も泥酔している物がある。"美"だ。
この"美"に何千万年も歴史を紡いできた人間は、幾度もなく踊らされてきた。
美という物は、どんなものにも宿り、全ての人間の中で別々の色や形、音がする。人間の価値観はこの美によって変わると言っても差し支えないだろう。恐ろしいものだ。
例えばかつて中国大陸を支配した王朝の皇帝、いや、王朝やそれまで力を持っていた政府が滅びる時のあるあるに、「絶世の美女に金をかける」というものがある。それにだけ集中し、己の欲求のために浪費する。美というものは人を、いや、更にそこから連鎖し国すらも狂わせることが出来るのだ···
だが私は、いや私も人間である。この美というものを否定できないし抗うことは出来ない。私も美に酔っている1人だ。······
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「...ふん。これだから権力者は嫌いなんだよ。」
河川敷のベンチに座る、スーツを着た男が言う。隣にいた若い女がその男に問う。
「先輩、何読んでるんですか?」
「あ?まぁ、ちょっとした小説だよ。」
「へー。その作家さん好きなんですか?」
男は答える
「...大っ嫌いさ。」
女が怪訝そうな顔で更に問う
「えぇ?ならなんで読むんですか?」
少し考えてから答える
「そうだな...なんとなくだな。」
「はぁ?」
昼過ぎの河川敷、そんな会話をする2人の会社員。
「さて、休憩ももうそろそろ終わりだ。行くぞ」
「はい!」
ベンチから立ち上がり街に消えてゆく。そのベンチには男が呼んでいた本が置いてある。おそらく忘れたのだろう。
少し経つとさっきまで男女が座っていたベンチに、浮浪者のような男がやってきた。男は本に気がつくと、少し震えた手で本を手に取った。その本の表紙をじっと見つめた男は、ゆっくりと目次を眺める。
1行、また1行と少し早めに読み進める。途中で視線が止まった。
「あった、この本だ」
そう呟く男は、少し嬉しそうだった。そのまま男は本のページを最初に戻し、本を読み始めた。数時間経ち、本を半ばまで読み進めた頃、男はなにかを思い出したかのようにおもむろにベンチから立ち上がった。
「しまった、今日は炊き出しがあるじゃないか」
そう呟いた男は、少し悩みながらも、本を元あった場所に戻し足早にその場から消えていった。
それから少し時間が経ち、辺りが燃えるような赤に染められた頃、あの男女が戻ってきた。
「あった!あったぞ!」
「だから私!最初に言ったじゃないですか!どうせあのベンチに置きっぱなしにしたんでしょって!」
少し怒っている女のことを無視して男は続ける。
「良かった、見つかってよかった。」
安堵している男を他所に女は質問をする。
「もう、別に好きな作家の本ってわけじゃないのに、どうしてそんなに必死に探しているんです?」
男は少し悩むような顔を見せてから答えた
「あぁ、母方のじじばばがくれたやつでさ、普段は持ち出さないんだけど、昨日読んでから続きが気になって仕方なくて、だから休憩の間に読もうと思ってな。」
女は不思議そうな顔をしてさらに質問をする。
「でも、この作家好きじゃないんでしょう?」
迷わず男は続ける。
「まあな。でも、この本自体はすごく面白いんだぞ。だけどな、まだ途中までしか読んでないが、出てくる主人公がだいぶクズでな...」
「どういうことです?」
不思議そうな顔をする女に男は女と一緒にベンチに座り、本に書かれている文章を読ませる。
「例えばこことかかな」
『「だから!全ての人間が惹かれる美というものこそが!君たちをこの事故に巻き込んだ最たるものである!私はそう言いたい。」その言葉に多くの人たちは賛同し、彼について行くことを決めた。』
「この部分がなんなんです?」
「こいつらはツアーのために皆同じ船に乗ってたんだ。だけどこの主人公が船に細工をして自分以外全員殺そうとしたんだよ。」
めちゃくちゃな設定と、めちゃくちゃな説明に女は困惑する
「ごめんなさい。頭が追いつかない、どういうことです?何故主人公は船を沈没させようとしたんです?」
「それはよく分からないけど主人公は自分だけはライフジャケットで生き残って帰るつもりだったらしいぞ。」
「そんなハイリスクな...」
この本のどこが面白いのか理解ができていない女
「それがこの本の題材なんだろうな。美だよ。美」
「美?」
「そう。美。美しいってことな。」
「それはわかりますけど...。それとこれがなんの関係があるんです?」
「この男は大きなリスクを背負いながら何かを達成することこそが美しいと思ってるらしい。」
「あぁ、だから船を沈めるという大きな目的に、自分も死ぬ可能性があるっていうリスクを背負ってこんなことをしたってことですか?」
りかい
「違う違う。こいつは、助かった後に自分が捕まるかもしれないっていうリスクを背負ってるらしいぞ。」
「はぁ?普通に考えて、船が沈んでるんだから自分も死ぬかもっていうのがリスクじゃないんですか?」
意味がわからないと言わんばかりの女に男は説明を続ける。
「いやぁ、ほんとによく分からないんだが、この男は、何かを成し遂げる途中で死ぬのは、自分の名誉だと思ってるらしい。」
「...えぇっと、つまりこの話の中では、船を沈めた時に自分が死ぬことはそれはそれでこの人にとってはいいことってことなんです?」
「ああ。逆に捕まることに対しては、生きて捕虜の辱めを受けず、的な感じで嫌いならしいぞ。」
「はぇ〜。意味がわからないですね...」
「俺もそれには同感だ。」
「ところで話戻しますけど、なんでこの作者のこと嫌いなんです?」
「単純だよ。美という言葉を後ろ盾にして、こんな行為をするキャラを作るやつなんてまともなわけないだろ?」
「あぁ、そういうタイプですか。」
「そういうこと。」
「でも、こういうやつって一見まともそうな人の方が多かったりしません?」
「有り得るな。」