「また会いましたね、お嬢様」と言われましたがそもそもあなたと会った記憶なんか無「そんなっ、俺との記憶を失ってしまっているんですか⁉」いや、本当に初対面です!!!
伯爵令嬢ジュリエットは運命の恋に憧れている。
厳格に育てられたジュリエットは、十五歳になるというのにまだデビュタントもしていなかった。身体が弱いという理由で家族とは離れ、田舎にあるのどかな別荘で静養させられているのだ。
確かに空気は綺麗だし、静かな良い場所だが――若い娘にとっては退屈でならない。
バルコニーに肘をついたジュリエットは翡翠色の瞳を伏せて溜息をついた。
「ねえ、ロマノ。馬車を出して頂戴。街に買い物に行きたいわ」
遠くに見える時計台を指して言えば、「旦那様の許可が必要です」と執事に断られ。
「エマ、散歩に行かない? 天気がいいからピクニックをしましょうよ」
侍女を誘えば、「構いませんがもちろん護衛も同行させますよ?」と脱走計画を見越して釘を刺される。
ジュリエットは頬を膨らませてしまう。
「もうっ! これでは鳥籠の鳥だわ。それに、皆、わたしが病弱だと言うけれど……倒れたことなんてないわよ⁉」
「何をおっしゃいますか。そんな白い肌に、折れそうに細い腰……。か弱き令嬢そのものでございます」
「それに、お父上はお嬢様を溺愛していらっしゃいますからね。どこの馬の骨ともわからない悪い虫に言い寄られでもしたら大変だと思っているのでしょう」
宥められるセリフももう聞き飽きてしまった。
「花の時間は短いのよ⁉ いつまでも閉じこもっていたら出会いだってない。わたしは素敵な男性と恋がしたいの!」
力説したジュリエットの耳に、くすくすと笑い声が聞こえた。
「――なるほど。では俺と恋をしませんか、お嬢様?」
「えっ⁉ きゃあああああ!」
ジュリエットは叫んだ。
いつの間にかバルコニーには若い男性がいたのだ。
それも、薔薇の花束を抱え、手すりに寄りかかり、アンニュイな感じで謎ポーズを決めている男性だった。見るからに怪しい人物だ。
「ロマノ! エマ! この者をつまみ出しなさい!」
しかし、あっという間にジュリエットの腰を抱いた男は悲しげな眼をしていた。
美しい琥珀色の瞳を伏せ、まるで恋人に向けるような視線をジュリエットに送る。
「待ってください、ジュリエット。俺のことを覚えていないのですか? エドワードです、幼い頃にあなたを守る騎士になると誓った、エドワード・モリスです」
「……エドワード・モリス……?」
ジュリエットは若い男の顔をまじまじと見た。
柔らかそうな赤毛に琥珀色の瞳。体つきはしっかりしているのに、男くさくはなく、柔和な美青年だった。年はジュリエットよりも少し上……、二十歳くらいだろうか。
「思い出しましたか……?」
不安そうに見上げてくる姿は子犬のようで、なぜだがきゅんとしてしまう。
だがジュリエットはきっぱりと否定した。
「ごめんなさい。覚えていないわ」
思い返してみても、こんな青年と出会ったことなどない。
「あいにくですけれど、人違いだと思います。今なら勝手に入ってきたことは許して差し上げますから速やかに出てお行きなさい」
ジュリエットがそう言うと、エドワードは悲しそうに肩を落とした。
そして――ガシッ! とジュリエットの手を握った。
「なんてことだジュリエット! 俺との記憶を失ってしまったんだね⁉」
「はい⁉」
「大丈夫だよ! 何度記憶を失おうとも、俺はきみを愛しているからね!」
「ちょっ、なっ、なんですか、あなたっ」
エドワードの暴走は止まらない。
まるで恋に酔った青年のように涙を浮かべ、ジュリエットへの愛を口にするが……。
「人違いですったら! あなたとのことなんて知りません!」
「だから、記憶を失ってしまったんだろう⁉」
「記憶喪失はあなたのほうではなくて⁉」
「ふふっ、こんな言い合いは前にもしたなぁ……」
「勝手に思い出を捏造しないで!」
なんなんだろう、この人は。
新手の変質者だろうか。それともジュリエットのストーカー?
揉み合うジュリエットを軽くいなし、エドワードは跪くと手の甲にキスを落としてきた。
「……運命の恋、してみたいんでしょう? 俺があなたの運命の相手ですよ」
「え……」
まさに夢見ていた物語のようなセリフだ。
ジュリエットの胸がどきんと高鳴る……「――わけがないでしょう! いくらなんでも、そこまで夢見がちな世間知らずでもないわっ」
「まあまあまあ。ものは試しと言いますし」
「きゃあっ!」
ジュリエットの手を取ったエドワードはいとも簡単に横抱きにしてきた。
「デートに行きましょう。今日はいい天気ですし、景色がきれいな場所を知っているんです」
「離してっ!」
「大丈夫。日暮れ前にお返ししますから」
「ちょ、ちょっと! ロマノ、エマぁぁああああ!」
ジュリエットを抱いたまま、エドワードは颯爽と屋敷を出ていってしまう。
(どうしてこの男の暴挙を誰も止めてくれないのよ!)
叫んでも暴れても下ろしてもらえず、ジュリエットはそのまま初対面の怪しげな男に拉致されてしまうのだった。
◇
「ああ、素晴らしい気分です。ジュリエットとこうして並んで歩けるなんて」
「わたしは自分の足で歩いていないわ」
「できれば首にギュッ! と密着するように手を回していただけるとありがたいのですが」
「するわけないわ。下ろして頂戴。というか、屋敷に帰して頂戴」
「この先には花畑があるんですよ~。俺だけが知っている秘密の場所で~」
「人の話を聞いてる⁉」
楽しそうに歩くおかしな男にげんなりしながら、ジュリエットは諦めて身を任せていた。
(いくらなんでも伯爵家から誰かついてきているでしょう。きっとわたしを助けるタイミングを伺っているだけのはず……)
はず、よね?
いつまでたっても助けが来ないことを不安に感じつつ、ジュリエットは改めて男の顔を眺めた。
(本当に初対面のはずよね?)
それなのに大人しく抱かれてしまうのはなぜだろう。
無茶苦茶な理論で拉致されているはずなのに嫌悪感はあまりなかった。
(顔が良いからかしら? 美形だから許されてしまうとか、そういう……)
「そんなに見つめられると照れますね……」
「いや、見つめてませんから!」
前言撤回。
やっぱり妄想癖のあるおかしな人だ。
「ジュリエット、申し訳ないのですが一度下ろしても構いませんか」
「やっと帰してくれる気になったのね」
「いえ。あなたの髪のリボンがほどけかけているので」
優しくジュリエットを下ろしたエドワードは、ごく自然な動作でリボンを結び直した。ジュリエットの柔らかな巻き毛に、今朝エマが後ろでまとめてくれたものだ。
「この青いリボン、あなたの髪によく似合っていますね」
「ええ。お母さまが十五歳の誕生日にって贈ってくださったものなの」
「そうなんですね。そんな大切なものを落としてしまわなくて本当に良かった」
「……ええ。そう、ね」
誘拐犯ならリボン一本くらい落としても気にしなさそうなものなのに……。
(意外と気が付く方なのね)
大切なものを失くさなくて良かっただなんて、身勝手にジュリエットを連れ出した人物にしては優しすぎるセリフだと思っていると手を繋がれた。
「あと少しなんですが、歩けますか?」
「…………」
ジュリエットは導かれるままに歩き出した。
(……もういいか。害はなさそうだし、この男の気が済むまで付き合ってあげても……)
呆れながら従う。
それに――外出許可が下りないジュリエットにとって、ただの森を歩くことすら冒険だった。
しっとりとした空気、木々の間を差し込む陽光、時折チチッと聞こえる小動物の声――得体の知れない男と一緒にいることよりも、好奇心の方が勝ってしまう。こんな機会はもう与えられないかもしれないのだ。
「この道を進むと街まで行けるの?」
「ええ、そうです。ですが残念ながら、ジュリエットの歩く速度では丸一日かかりますね」
「丸一日⁉ そんなに遠いの?」
「屋敷からだと近くにあるように見えるんでしょう? ですが、先日の雨で橋が流されてしまいましてね。今は迂回しないといけなくなってしまったんです。……ですから、『街までこっそり出かけてみよう』とお考えでしたらやめておいた方が良いです」
「うっ。そ、そう……」
いつの間にか普通に会話を楽しんでしまっている。
やがて二人は開けた場所に出た。
「わあ……! 綺麗!」
そこは色とりどりの花が一面に咲く、なだらかな場所だった。お弁当を持ってくればさぞかし素敵なピクニックができるに違いない。
「花冠を作って差し上げましょう」
「え? い、いいの?」
「もちろんです」
「でも、わたしも作ってみたいわ。作り方を教えてくれる?」
「いいですよ」
エドワードの手つきは慣れたもので、教え方も上手だった。あの花も入れたい、この花も入れたい、というジュリエットのわがままも聞いてくれる。
出来上がった冠は、エドワードは薄青の花を基調にしたシンプルなものに対し、ジュリエットの方は盛り込みすぎてやや不格好な物だった。
「あなたが作ると簡単そうに見えるのに……、やってみると難しいのね」
「じゅうぶんお上手ですよ。さ、どうぞ」
エドワードが花冠をジュリエットの頭に乗せる。
誂えたかのようにピッタリだった。
「あ、ありがとう……。あ、それなら、わたしのはあなたにあげるわ」
「いいんですか⁉」
「え、ええ。不格好で申し訳ないけど……」
「とんでもない! 嬉しいです!」
満面の笑みを向けられたジュリエットは戸惑った。
「……でも、男性のあなたには似合わないわよね。ほら、これでどう?」
ジュリエットは薄青の花を摘んでボタンホールに差してやった。
エドワードが作ってくれた花冠を被る自分と揃えた形になる。
「まるで結婚式の新郎新婦のようですね」
へらっと笑われてジュリエットは真っ赤になった。
「調子に乗らないでちょうだいっ!」
結婚だなんて図々しいとむくれて睨むも、エドワードはどこ吹く風だ。
(結局、助けは来なかったな……)
もしや、ジュリエットが「運命の恋がしたい!」なんて口にしていたから、貴重なデート相手が現れたと思って放置されているのだろうか。エドワードは小綺麗な格好をしているし、ある程度裕福な階級の人物かもしれない。
(もしくは調べたら我が家よりも爵位が上のご子息だってことがわかって、横やりを入れるのを遠慮してしまっているとか)
それならありうる。
本人に直接聞いてみようか? エドワードのお父上はどんな方なの? と。
(でも、興味を持っているって思われたら嫌だわ)
無理矢理連れ出された相手に簡単に好意を抱くようなチョロい女だとは思われたくない。
「……思い出しませんか? 俺の事」
切なげな瞳で問われたジュリエットは、悩みながらも首を振った。
「ええ。どう考えてもやっぱりあなたとは初対面だわ」
「……」
エドワードはうつむく。
泣き出してしまうのではないかと不安になった。
しかし、顔を上げた彼は――……
「まあ、覚えていないとおっしゃるのなら上書きしてしまえばいいですよね! 今日、俺と会ったことは忘れないでいてもらえますか?」
「結局、あなたとは初対面なんでしょう⁉」
運命の再会みたいに声を掛けてきたくせに茶番だったと白状しているようなものだ。
「忘れたくても忘れません。あなたみたいな変な人っ!」
でも……。
「……まあ、……友達になってあげなくもないですけどっ」
「え?」
「で、ですからっ、今度からはちゃんと玄関からいらしたら?」
退屈な日々を紛らわしてくれる相手としては確かに「運命の相手」だった。
驚いた顔をしたエドワードはくすくすと笑っている。
「いけませんよ、ジュリエット。初対面の人間にそんなに簡単に心を許しては。いい人の振りをして、あなたを襲うチャンスを待っているのかもしれませんから」
「わたしを襲うの?」
「襲いたいです。ですがまあ――今日はこのくらいで」
手の甲に口づけられた。
「戻りましょうか。ロマノさんやエマが待っていますよ」
「え、ええ……」
差し出された手を取りながらジュリエットはうつむいた。
誘拐犯で、人の話を聞かない変な人だと思ったのに――ときめいてしまったなんて不覚だ、と思いながら。
◇
結局、エドワードは日暮れ前に紳士的にジュリエットを送り届けて帰っていった。
ロマノやエマに「どうして助けにきてくれなかったのよ」とお小言を言いながらも、エドワードに作ってもらった花冠は水に生けてもらうように頼んでしまう。
ジュリエットの髪を梳かしながら、エマはくすくすと笑っていた。
「デートは楽しかったですか、お嬢様」
「べ、別に、楽しくなんて……。はっ、まさか、ロマノやエマがあの人にわたしの相手をしてくれって頼んだんじゃないでしょうね⁉」
「なんのことです?」
「だって助けに来てくれないなんておかしいもの! それに、朝、バルコニーにいたことだって変だし……」
「何をおっしゃっているんですか。わたしもロマノさんも、お嬢様に悪い虫が付かないようにせよと旦那様から命じられているんですよ。お嬢様が連れ去られた後にあの者を調べたら、ちゃんと身元のしっかりした青年だったので、こっそり護衛に見張らせるだけにとどめたのです」
用意されていたかのような反論に口ごもってしまうと、エマは女の子同士の内緒話を迫った。
「それで? いったいお二人でどこへ行かれたんです? もちろん旦那様には内緒に致しますから、こっそり教えてくださいませんか?」
「……っ、エマが期待しているような話は何もないわよ⁉ ただ、花畑に行って、それだけっ」
「じゃあ、どうしてお顔が赤くなっていらっしゃるんです~? うっかりキスとかされちゃったんじゃ……」
「もうっ、からかわないでったら」
ジュリエットは逃げるように立ち上がる。
エマが櫛とリボンをしまう姿がちらりと見えた。
お母さまから十五歳の誕生日に貰ったばかりのリボン。――あんなに色が褪せていたかしら?
◇
美しい朝がやってきた。
カーテンからきらきら差し込む朝日が眩しい。
「おはようございます、ジュリエットお嬢様」
「おはよう、エマ。今日もいい朝ね。……あら? いつの間にかお花が生けてあるわ。可愛い」
サイドテーブルに飾ってある花冠を見たジュリエットは目を細めた。少し萎れてはいるが,野花で作ったとみられるそれはいかにも「力作」だった。
「これは誰が作ったものなの? エマが?」
「いいえ。この花冠を作ったのは……、お嬢様の運命の相手ですよ」
「えっ、運命の相手⁉ ……ってもう、朝からからかわないでくれる?」
朝の身支度を整えたジュリエットの耳にノックの音が響く。
執事のロマノだ。
そして背後には赤毛の青年が立っていた。
「おはようございます、ジュリエットお嬢様。今日から新しい使用人を雇うことになりましたので、ご挨拶に伺わせていただきました」
「はじめまして、ジュリエットお嬢様。エドワードと申します」
すっと前に出た青年は、迷いのない洗練された身のこなしで一礼した。
そして――あっという間にジュリエットの手を取ると手の甲に口づけた。
「ずっとあなたに恋焦がれておりました。お側に仕えさせていただけて光栄です」
いきなり距離を詰められたジュリエットは激しく動揺した。
許可も与えていないのに手に口づけるなんて――大慌てで振り払うと、お嬢様らしい威厳を見せた。
「っ、な、なんて無礼なの⁉ 初対面のくせに……」
「お嬢様、初対面ではありませんよ」
「え?」
「何度も何度もお会いしたことがあります。どんなに愛を囁いても、あなたは振り向いてくださらなかった……」
「は? あなたと会ったことなんて……」
「……という、俺の妄想です」
「やっぱり初対面なんじゃないの! からかわないで!」
憤慨したジュリエットは無礼者を追い出すようにと命じようかと思った。
しかし、こういう時に味方になってくれるエマはなぜか一言も発しない。振り返ると、彼女は目を押さえて泣いていた。
「ど、どうしたの⁉ エマ」
「……申し訳ありません、お嬢様。目にゴミが入ってしまったようで……」
目にゴミが。
それにしてはあまりにも痛そうだと思っていると、ロマノがさっとエマを連れ出す。
「私が診ましょう。エドワード、お嬢様をお願いします」
「かしこまりました」
「ええっ⁉」
エマは心配だ。でも――この無礼者といきなり二人きりにされてしまうの⁉
慌てるジュリエットを置いて部屋の扉は閉まってしまう。
◇ ◇ ◇
「……エマ。お嬢様に気づかれるそぶりをしてはいけないと、エドワード様から命じられているでしょう」
部屋を出てすぐ、ロマノから叱責を受けたエマは俯いた。
「はい。……申し訳ありません、ロマノ様。ですが、これではあまりにもエドワード様が報われません」
ジュリエットお嬢様は十五歳の誕生日の夜、その身に呪いを受けた。
毎日、眠る度に記憶を失ってしまうという呪い。
彼女の身体が弱いのは本当だ。十五歳までは病弱だったが、今ではすっかり元気になっている。しかし、ジュリエットお嬢様はそのことも忘れてしまった。
十五歳の誕生日、静養しているこの屋敷に両親がやってきて、誕生日を祝ってくれた。
ジュリエットお嬢様は毎日楽しい気分のまま、目が覚める。
昨日は誕生日だった。お父様とお母様が来てくれたの。
今のジュリエットお嬢様の年齢は十七歳だ。
心は十五歳の日のままで、三年間近くも同じ日をやり直し続けている。
古い文献によると、この呪いは千日後に真実の恋をした相手とキスをすると溶けるらしい。
毎日記憶を失くす人間に「真実の恋」をするなんて酷な話だ。
千日目の朝に目覚めたジュリエットお嬢様はその日の朝に出会った人物と恋に落ちねばならないということになるのだから。
そんなジュリエットお嬢様に求婚してきたのはエドワード様だった。
幼い頃に会ったジュリエットお嬢様のことが忘れられずに結婚を申し込み、何もかもを承知の上で旦那様から結婚を申し込む許しを得た。
「どんなシチュエーションならジュリエットは恋に落ちてくれると思う?」と言って、エドワードは毎日ジュリエットの元にやって来る。
ある時はベランダからナルシスト風に。
ある時は嫁探しをする王子様のふりをして。
ある時はなんでも言い当てる占い師のふり。
ある時は――新しい執事として。
扉の向こう側では、初対面の男と二人きりにされたジュリエットお嬢様が抗議の声を上げていた。
「いきなり抱きしめてくるなんて無礼だわ!」
「すみません。でも、俺のことを覚えていたりしません?」
「知らないわ、初対面でしょうっ! あら、そのポケットに差している青い花……」
「この花が何か?」
「いえ……。なんだか見たような記憶が……。気のせいかしら?」
「お嬢様が俺にくださった花ですよ」
「そんなわけがないでしょう。人の記憶を勝手に捏造しないでくれるっ!」
ぷんぷん怒るジュリエットお嬢様にエドワード様は楽しそうだ。
エマとロマノはどのタイミングで部屋に戻ろうかと悩んでしまう。
そしていつも――何もかもを打ち明けてしまいたい衝動に駆られるのをこらえている。
ジュリエットお嬢様、その方はあなたに毎日愛を囁きにきているお方ですよ、と教えて差し上げたい。
そんなエマの衝動を知ってか知らずか、扉の向こうのエドワード様は力強く愛を囁いた。
「――いつか思い出す日が来ますよ。大丈夫。何回会っても、俺はきみに恋をしています」
大丈夫ですよ、エドワード様。ジュリエットお嬢様も会うたびにあなたに恋をしています。
顔を覆って泣いてしまったエマの肩をロマノが優しく叩いた。
どうかこのお二人の恋が幸せなものになりますように。
呪いが解ける千日目まで、あと三十日余り。