愚痴を言っていたウサギが聖獣なんて聞いてません!
(いつになったら終わるんだ……)
はぁーと大きな息を吐きながら、箒を持つエレオノーラは虚ろな目で遠くを見つめた。
(確かに外国人っていうハンデはあると思ってたけどさぁ、やっぱり酷くない?!)
エレオノーラの出身は隣国セルスニッツ王国で、今はこの国ルベルジュ王国の王城勤めの文官として働いている、はずだ。
だが今のエレオノーラはエプロン姿で、一心不乱に廊下の掃除をしている。その姿はどう見ても、文官と言うよりも"メイド"の姿だ。
「あらぁ、エレオノーラ」
嫌みったらしい声で近付くのは、エレオノーラと同じく文官として勤務するリリヤだ。
「よくお似合いだわよぅ?やっぱりメイド姿の方が似合うんじゃないの?」
「………」
関わりたくないエレオノーラは、頭を下げてそそくさと作業に戻る。
(いや、今日も掃除しろと言ったんはあんたらだろ!!)
そう、元はと言えばリリヤが『悪いけど掃除しといて』とエレオノーラに掃除を押し付けたのだ。
確かにいくら掃除専門のメイドが居るとは言え、踏み入れて欲しくない部分は自分達で掃除するというのが城で働く者達の暗黙の了解だ。だから本来は、執務室の掃除は交代で行うはずなのだが……なぜかエレオノーラだけが掃除の担当になっているのだ。
リリヤはアマビスカ侯爵家の令嬢で、この国屈指の商会を持つアマビスカ侯爵家の影響力は大きい。
なので実質ここ部署──王子の補佐の部署 の最高権力者はリリヤで、リリヤには誰も逆らえない状況なのだ。
「ねぇ何なのその態度?」
「はい?」
「だから私に向かってその態度は何なの?」
「いや私は掃除が忙しいんで。早く終わらせて仕事に戻らなければ……」
「そうだな、そろそろ俺もエレオノーラに仕事を頼みたかったんだ」
二人の会話に割り入ったのは、この国のオリヴェル王子。
第二王子、オリヴェル・ファールクランツ・ルベルジュだ。
「殿下!でしたら私が……」
「悪いが元学友に贈る手紙なんだ。だからエレンに校正を頼みたい。勿論仕事の話ではあるんだけどね」
オリヴェルがリリヤに微笑むと、一瞬ぽっと頬を赤らめた。だがエレオノーラに視線を向けると、ギギッとどぎつい目付きで睨む。
実はオリヴェルとエレオノーラは、元学友だ。
隣にある大国セルスニッツの王立学園──成績優秀者が身分国籍関係無く通う学園 にエレオノーラは通っていて、そこにオリヴェルが留学したことがきっかけで出会ったのだ。
二人はある出来事から仲が深まり……エレオノーラの卒業後の進路としてここでの文官の道を勧めたのもオリヴェルで、オリヴェルの口添えがあったから、平民でしかも外国人であるエレオノーラが文官として働けているのだ。
実際エレオノーラは優秀で、オリヴェルが手引きしたのはあくまで試験を受けさせるまで。実力で最難関の文官試験をトップ合格したので、むしろ優秀な人材を連れてきたということで、オリヴェルの株の方が上がった。
が、いくら優秀とは言え、必要以上に王子と平民が仲の良い姿に反感を持つ者もいる。
特にリリヤはオリヴェルの婚約者の座を狙っているらしく、エレオノーラに対してすごく当たりが強い。
「悪いがエレンにこっちを先にお願いしたい。いいかな?」
「えっとリリヤにも許可を……」
「いいわ」
リリヤは精一杯苦虫を噛み潰したような顔を隠し、涼しげな表情でそう言い放った。
実は前にもこんな事があり『掃除を先に!』と言うとオリヴェルも一緒に掃除し始めてしまい、大問題になってしまったのだ。
「じゃ、借りるね」
オリヴェルはに優しい笑みをリリヤに向けると、そそくさと立ち去った。
エレオノーラも軽く頭を下げて、その後に続く。
「またイジメ?」
「殿下、からかってんのか助けてくれたのかどっちですか?」
「うん?両方かな?」
クスッと悪戯っぽく笑う顔はさっきの優しい笑みとは正反対で、若干イラッとしてしまう。
「とは言えエレンに仕事を頼みたいのは本当だから」
オリヴェルの執務室に到着すると、どさっと山のように積まれた書類をエレオノーラに差し出した。
「悪いけどこれ、元セルスニッツの学園関係者に送るやつ。よろしくね?」
うわ……っと言いたいのをぐっと堪え「わかりました」とひきつった顔で答えるのが精一杯。
オリヴェルが学園を通じて知り合った者に送る書類の校正は、最近はもっぱらエレオノーラの担当になっている。
隣国なので微妙に言い回しや言葉の意味が異なる場合があるので最適だと言うのと、エレオノーラがしっかりと文官として働いている姿を見せ付けたいらしい。
実際エレオノーラは在学中から、是非就職先に!と色々な所から誘われていたので、今からでも横取りされないようしっかりと働いているという姿勢を示したいらしい。
「悪いけど明日は居ないんだ。聖域の森周辺の視察に行ってくる。だから明後日までにお願いしたいんだけど」
「はい、わかりました」
マジか……と言いたいことを堪え、笑顔を取り繕い頭を下げる。
その様子に、オリヴェルははぁと息を吐いた。
「つまんないねぇ」
「何がですか?」
「君の殿下呼びも、敬語も」
確かに昔は彼をオリヴェルと呼び捨てで、敬語ではなくもっとフランクな話し方をしていた。
それも学園の方針──『学園内では身分より実力が全て』の方針にのっとり、トップ争いをしていたエレオノーラとオリヴェルはほぼ互角で、カーストの頂点にいたからだ。
でもそれが許されるのは、あくまで"学園内"の小さな世界だけの話だ。
「夢から覚めただけじゃないですか」
学生時代だからこそ許された特権で、夢みたいなもの。
夢が終わったのだから、エレオノーラは平民として、立場をわきまえた振る舞いをしなければいけない。
エレオノーラは深々と頭を下げると、そそくさと執務室を去る。
その後ろ姿に、オリヴェルはこう呟いた、
「君も現実を見るべきだ」と。
***
夜も更け日付が変わろうとする頃、仕事を終えたエレオノーラは城内のベンチに座っていた。
「あー疲れたぁ……」
掃除にオリヴェルからの仕事に、他の文官としての仕事も溜まっている。
残業手当てがたんまり出るので文句は無いが、さすがにこの時間まで働くのは疲れる。
エレオノーラは売店で買ったワインを、瓶のままグビグビと飲む。
さすがにこの時間に、この姿で文句を言う人は居ない。もはや日課になりかけていることは、少し焦るべきではあるのだが。
「いた!会いたかったよぉー」
木陰から茶色いウサギがひょっこりと顔を覗かせた。手招きするとぴょんぴょんと飛んで膝の上に座るので、頭をわしゃわしゃとなでくり回す。
柔らかなモフモフの肌触りに、うっとりと目が細ばる。
「リリヤはなーんでも面倒な仕事を押し付けるし、あんなリリヤが王子妃なんて無理だと思うけどねぇ。ねぇ明日は資料室全部片付けろって!リリヤも汚く使ってるのに。ほんっと身分差って何よ」
正直イジメがあることについては覚悟していたし、もっとえげつないことを予想していたが……逆に幼稚すぎる方向だったので、怒るというよりもうんざりしてしまう。
ただ本当にえげつないイジメで辞めて行った人もいるので、オリヴェルがエレオノーラを守ってくれているからこそ、この程度で済んでいるとも言える。
でもオリヴェルは王子で、本来は雲の上の人。
どうにもならないことも多い。
「帰るわけ、には行かないしなぁ……」
ふと脳裏に、家族の顔が浮かぶ。
エレオノーラは平民にしてはかなり裕福な家庭で育った。それもエレオノーラの幼い頃に両親が商会を立ち上げ、わずか一代で大きく成長させたからだ。
だから昔は常に、両親は仕事に追われていて……エレオノーラはずっと年の離れた弟達の面倒を見てきた。
だからもう手の掛かる年齢ではなくなったとは言え、エレオノーラに懐いている弟達は遠くに行くことにすごく反対している。
それに両親も、よりによってルベルジュなんて!と猛反対をくらった。
そんな家族の反対を押し切ってまでここで働いているのは、オリヴェルが居たからだ。
文官試験を受けるにあたり、なぜかオリヴェルが直々に家を訪れ家族に頭を下げた。それで家族も折れたのだった。
「明日はオリヴェルの姿は見れないのかぁ……」
大体一日一回はどこかで顔を合わせるのだが、明日彼は視察なので居ない。
はぁ……と息を漏らした所ではっとした。
「いや寂しいとかじゃなくて!またリリヤとかからめんどくさい嫌がらせが増えたら余計にめんどくさ……」
さすがに撫でる力が入りすぎたか。
ギーっとウサギが声を上げた所で、我に返る。
エレオノーラはごめんと呟くと、両手でウサギを掴んでは背中の毛に頬擦りした。
「でもオリヴェルは無駄に顔がいいんだよぉ。顔は好きなんだよぉ…………せめて王族じゃなかったらな……」
全部投げ出して逃げることもできる。
でもそれをしないのは、やっぱりオリヴェルへの思い入れがあるからだ。
さすがに恋愛に疎かったエレオノーラでさえ、あの端正な顔で迫られると首を横に振れない。
敬愛と言う言葉で片付けるには複雑で……友情と言うのにもおこがましい。そんな何とも言えない感情を抱いている。
きっと王族じゃなければ、彼に恋愛感情を抱いていたのかも知れない。
平民の自分とは土俵がまるで違う。だけどせめてオリヴェルの結婚が決まるまでは、ひっそりと見守りたいと思うのだ。
「明日あなたを拾った方面に行くんだって。帰りたいんなら連れてってもらえばいいよ」
ウサギをそのまま抱き上げては、顔を覗き込む。
言葉の意味をわかってなのか、ウサギはエレオノーラの頬にスリスリと自分の顔を擦り付ける。
柔らかな毛の感触に、ふふっと笑顔が溢れた。
実はこのウサギは数日前、仕事のお使い途中に拾ったウサギだ。
事故に遭ったのか頭から血を流して瀕死状態だったが、手当てをして密かにここに連れてきた。
王城の中は野生動物も多く、住むのに最適だと思ったからだ。
「聖域の森かぁ……次こそドラゴンに会えたらいいなぁ」
いつかオリヴェルが「聖域の森に住む野生のドラゴンに会いたい!」と言っていたことを思い出した。
聖域の森とは、この国に広がる聖獣が住まう森。
この小さなルベルジュの国土、六分の一程を占めている大きな森だ。
聖獣とは宝石を核にした生き物で──宝石を喰らう者として、人々から恐れられている。
宝石の為には、街を破壊することも厭わない。
そんな恐怖の存在として恐れられているのだ。
「野生のドラゴン……大きいのかなぁ」
かつて見たことがある、掌サイズのドラゴンを思い出してはクスッと笑みが溢れていた。
***
(あれ……?)
翌日。
出勤して早々、リリヤから言い付けられていた資料室の掃除に向かったが、なぜか綺麗に片付けられていた。
(誰かやったの、か……?)
昨日の状態からして、そんな簡単に終わるものではなかったはずだ。だが棚はきちんと整理されていて、机の上にも何もない。
何もやっていないとは言え一応は終わっているので……疑問を持ちながら、エレオノーラは自分の机に戻り、仕事を開始した。
「エレオノーラ!」
「はい?」
「資料室の片付けは?!」
リリヤはエレオノーラが机に座るところを見ると、一目散に迫ってくる。
「終わってましたよ」
「嘘!!」
「嘘じゃないです、見てきてください」
バタバタとリリヤは駆けていく。そして数分後にはこめかみに皺を寄せて戻ってきた。
「み、み、見事、だったわね……!」
分かりやすくふるふると肩を震わせている姿を見ると、正直溜飲が下がる。
でも真実を知った時に責められるのも気分が悪い。
「でも私じゃないんですよ」
「ええっ?!」
「今朝行くとあの状態でした」
「じゃぁ一体誰だって言うのよ!」
回りをキツい目付きで睨むリリヤに、皆が首を振る。
ますます憤慨する様子に、皆が『やばい……』と焦った。
「ほら落ち着いてリリヤ!あ、あら可愛いわねそのブローチ。貴方に似合うわ」
取り巻きの一人がリリヤを宥めた。
ブローチのことに触れたのが嬉しかったのだろう。リリヤはふふんと得意気に笑う。
「そうなの!お父様がプレゼントしてくれたの!この大きさは素敵でしょう?」
リリヤの胸には、ゴロンと大きな赤い宝石が輝いていた。
「こんな宝石が似合うのは私しか居ないわ」
ふんと鼻高々と笑うリリヤに、エレオノーラはひきつった表情で笑うしかなかった。
しかしオリヴェルが居ないので、もっと嫌がらせされるのかと思いきや……リリヤからも絡まれることなく、意外とその日は平和に過ごすことができた。
***
だが翌日。事件が起こった。
「ねぇエレオノーラ!!」
出勤早々、リリヤが待ち構えている。
なぜか横にはリリヤの父、ヘイズべルト・デルバジェ・アマビスカ侯爵の姿も。
「あなた、これ知らない?」
「はい?」
「だから私のこのブローチに付いていた宝石知らないかって聞いてるの!」
リリヤは空のブローチの台座を見せ付けながら迫ってくる。
詰め寄るリリヤの迫力が凄く、エレオノーラは思わず体を仰け反らせた。
「なんで私が……?」
「だって昨日嫌がらせしてきたのあなたじゃないの?!」
「はい?!」
「私が本棚の前を通ると倒したり、庭で足を引っ掻けるトラップ作って泥だらけにしてくれたわね!」
(何なのこの変な言い掛かり!)
逆に言えば、そんな事件があったから平和だったのか、とは。
「どうせ宝石を欲しがるのは平民であるあなたでしょ!ねぇ何処にやったのよ!」
身に覚えの無いことを言われても困る。
が、このヒートアップしたリリヤに聞いて貰えるとも思えない。
父親同伴と言うことは、恐らく『絶対陥れる』覚悟で来てもいるだろう。
どうやって切り抜けよう、そう考えを巡らせていた──その時だった。
「はいストップ」
不意に現れたのはオリヴェル。
そして隣には、とある人物の姿が。
「これはこれは、リルスアム大公」
アマビスカ侯爵が頭を下げ、続けて二人も深々と下げる。
オリヴェルの隣に居るのは、アルヴァー・オルレーヌ・リルスアム大公。
大公という称号の通り、国のみならず近隣諸国にも影響力のある人物だ。
なぜなら彼は──『森の番人』として、聖域の森一帯を治めている人物だからだ。
「二人にね、面白いものを見せてあげる」
オリヴェルが懐に手を入れると、あるものが差し出された。
「なぜ私のものを殿下が……」
オリヴェルの掌には──リリヤが付けていたブローチに付いていたいたであろう、赤い宝石が輝いている。
「あぁ、この子が持ってきてくれたんだ」
オリヴェルが反対の手を伸ばすと、ぴょんと肩にウサギが飛び乗る。
あのエレオノーラが深夜に愚痴を言っている、茶色いウサギだ。
(えっ?)
そして赤い宝石を宙に投げると──ウサギは高く飛び、宝石をパクりと飲み込む。
すると眩い光を放ち、ウサギの体が大きくなる。
そして額には、赤いあの飲み込んだ宝石が現れた。
普通のウサギよりも一回り大きな体に、額の大きな宝石。
その姿は──聖獣のカーバンクルだ。
「そんな……!」
アマビスカ侯爵は膝から崩れ落ち、ガクガクと体を震わせる。
「処分したと思っていただろうが……逃げ出したのをエレオノーラが保護したらしい。残念だったな」
騎士が二人を拘束し、奥へと連れて行かれる。
オリヴェルの「聖獣の密猟は重篤な犯罪だ」という言葉を聞きながら。
静けさが戻り一息つくと、カーバンクルが頭をぶんと縦に振る。するとパーンと真っ直ぐに宝石がエレオノーラに飛んでいき、咄嗟にキャッチした。
「どうやらそのウサギはエレオノーラが気に入ったようだな」
ウサギはキューキューと甘えた声で鳴きながら、頭をスリスリとエレオノーラの足に擦り付ける。
「ああ、さすがだな」
リルスアム大公はエレオノーラに向かって微笑む。
だがエレオノーラは、ひきつったような複雑な顔を二人に向ける。
「森の番人の血を引いてますからね」と少しわざとらしく、嫌みったらしく言いながら。
実はエレオノーラの実の父は──このリルスアム大公なのだ。
エレオノーラの母は、リルスアム大公に妊娠を知らせることなく行方不明に。誰にも子供の父親の正体を明かすことはなく、亡くなってしまっていた。
だからエレオノーラも家族も、実の父親については全く知らなかった。
そしてエレオノーラの父親がリルスアム大公であることを突き止めたのは──オリヴェルなのだ。
***
「お前その猫……ケット・シーじゃないのか?」
「えぇ?嘘ぉー」
森の番人の血筋は、不思議なことに動物に好かれる性質があった。
特に警戒心が強い聖獣でも、だ。
二人の初対面も、エレオノーラが学園に住み着いた野良猫を可愛がっていたら……それが聖獣のケット・シーだったことが発端。
隣国セルスニッツでは聖獣の存在は知られてはいるが、あまり一般的ではないのでちきんと見分けられる人は少なかったりするのだ。
そしてその後、エレオノーラに勝手に着いてくる掌サイズのトカゲも、聖獣のドラゴンだということも判明。
こんなミニチュアなドラゴンがあってたまるもんかと思ったのだが、子供はこんなにも小さいらしい。
そしてオリヴェルが徹底的に調べ上げた結果、エレオノーラの父がリルスアム大公であることを突き止めたのだ。
「で、リリヤはどうなるんですか?」
「うーん、何も知らないとは言え勤務態度があれじゃなぁ」
「やっぱりとっととクビにすれば良かったんじゃ……」
「まぁ悪いが見張る意味もあったし、リリヤが家族に横流ししていると俺は踏んでいたわけだけど」
「だからリリヤにあんな能力あるわけないと言ったじゃないですか」
具体的なことは避けられていたが、リリヤはアマビスカ侯爵家の監視と泳がす為の駒だと説明されていた。
だからまぁ『命の危険が無い限りはデキの悪い子を見守る気持ちで接してくれ』と言われていた。
実際リリヤは頭は良いのだが……性格の残念さが完全に良い所を打ち消していたので、本当に残念な結果になってしまった。
それにオリヴェルがエレオノーラに協力させていたのは──もう一つ理由があった。
「そしてもう一つ朗報だ。アマビスカ侯爵家と繋がっていたのは、やはりイドフェルト商会だった。聖獣の密猟の手引きを行っていた形跡を押えた」
「……そうです、か」
「今強制捜査に踏み切った所だ。直に代表は逮捕される見込みだ」
エレオノーラは一瞬だけ微笑むが、すぐに目を伏せては、複雑な表情になる。
「複雑かい?」
「ええ。陥れたいと思ってましたけど」
「縁を切ったとは言え、君の実の祖父母だ。そうなるのも無理はない」
もう一つ、リリヤを泳がせるのに協力していた理由。
それはエレオノーラの実の祖父母達──イドフェルト商会の代表、イドフェルト夫妻がアマビスカ侯爵家と組んで何かを企んでいる形跡があったからだ。
いつか陥れたいと思っていたエレオノーラは、イドフェルト商会の不正を掴むために協力していたのだ。
エレオノーラの実の母の名は、ルジスナ・イドフェルトと言い、この国ルベルジュ最大級の商会、イドフェルト商会を営んでいた家に産まれた。
両親は強欲で社交界入りを狙っていたが、古いしきたりが残るルベルジュでは無理だと判断したのだろう。自分達の子供を徹底的に教育し、隣の大国にある"完全実力主義"の学園──のちにエレオノーラも通うことになる学園 に放り込んだ。
勿論目的は、どこの国でもいいから貴族の結婚相手を見つけさせることであった。
両親に反発するルジスナは、絶対に貴族と結婚しないと決めていたが……予想外にリルスアム大公ことアルヴァーと恋に落ちてしまった。
ルジスナはアルヴァーを突き放すがアルヴァーは粘り続け──隠れて逢瀬を重ねた結果、ルジスナは子供を身籠ってしまったのだ。
妊娠発覚後、ルジスナはイドフェルト家を追い出された。子供の父親について口を割らないので、相手は『下錢の者』だと判断されたのだろう。両親はあっさりとルジスナを捨てた。
その後は『落ちこぼれ』の烙印を押されて家を追い出された、セルスニッツに住む兄の元に身を寄せた。
その後エレオノーラが産まれ、出産の事故でルジスナが亡くなると、そのまま兄はエレオノーラを引き取った。引っ越しし、学生時代から付き合っていた恋人と結婚して商会も立ち上げた。だからエレオノーラの今の両親は、正確に言えば伯父夫婦に当たる。
ちなみにエレオノーラが本当は実の子供ではないということは、学園の受験に猛反対した際に初めて聞かされたことだったりするのだ。
「これでイドフェルト商会は解体されるだろう」
ある意味、両親と──実の母の"復讐の代行"は終わった。
「これでもう、君を認知しリルスアム家に迎え入れる障害は無くなるわけだけど」
アルヴァーは微笑むと、エレオノーラの肩にポンと手を置いた。
彼はエレオノーラを一目見た時から、ルジスナの子供だと言うことがわかったらしい。
色濃くルジスナの面影が見えるエレオノーラを、アルヴァーはどうしても傍に置いておきたい。そして罪を償わせて欲しいとも。
だからリルスアム家に迎え入れ、後ろ楯になることを望んでいる。
「いや、でもイドフェルト夫妻が逮捕されると、私は犯罪者の孫になってしまうし……そうなるとリルスアム大公の名を傷つけることに……」
「それより大公閣下の同性愛者疑惑が晴れた衝撃の方が絶対に大きいから問題ないと思うけど?」
オリヴェルの発言に、アルヴァーは苦笑いするが……目は完全に殺人者の目をしていた。
アルヴァーは五年ほど前に身内から後継ぎとして養子を迎えているが……どうやらその養子との間で、良からぬ噂が流れているというのをちらほら耳にする。
それもアルヴァーは結婚もせず、浮わついた噂一つも無いので……ぶっちゃけ昔から同性愛者だと言うのが、社交界で暗黙の了解並に浸透していたからだ。二人にとっては大迷惑だろう。
アルヴァーははぁーと息を吐いて、次はオリヴェルの肩をボンっと叩く。
「それよりもこの出来事は、殿下の『愛する人を手に入れる為の奮闘記』に脚色した方がウケると思うんですが」
「え゛っ」
「それは本当の話ですけど」
「え゛っ」
思わぬ言葉に後退りするが、オリヴェルは優しい表情で目を細めては、エレオノーラの手を握る。
「私は君との結婚を望んでいる……だから早くリルスアム大公家の一員となることを望んでいるわけだけど?」
「いやいやいや、嫌です。貴族なんて……王族に嫁ぐなんて……」
首をぶんぶんと振るわせるエレオノーラに、オリヴェルはクスりと笑う。
「でもエレンは俺が平民だったら良かったって言ってたよね?それに無駄に顔は好きなんでしょ?」
「えっ……」
「その子が教えてくれたんだけど」
オリヴェルか指差すのは……あの茶色いウサギこと、カーバンクルだ。
(ちょっとぉ!)
赤面するエレオノーラに向かって、ウサギは丸い尻尾をフリフリと振っていた。
煽られているようだ。
「俺は諦めないからね?まずは君が大公閣下の実子であることを証明しなければ」
「あの、いや……」
「あぁ、でも問題ないな。この状況じゃ言い逃れられないだろう」
エレオノーラの足元に、ゴツっとした何かが当たる。
「ぎ、ぎぁー!!」
下を向くと、黒い岩のような物体。
それはくるりと回転してこっちを向いて……大きな口と長い髭を表す。
その姿は紛れもなく──ドラゴンだ。
ドラゴンがエレオノーラの足を、すりすりと甘えて
纏わり付いていた。
「聖獣の森で拾ったんだ、カッコいいだろう?」
「か、勘弁してぇー!」
逃げるエレオノーラを、ドラゴンは甘えた声を出しながら追いかけていく。
その姿は瞬く間に噂になってしまい……結局すぐにエレオノーラはリルスアム家の一員として迎えられることになった。
勿論、ルジスナとアルヴァーの(かなり脚色された)悲愛の物語と共に。
そこからオリヴェルとの愛が深まるのは、随分と時間が経ってから。
エレオノーラの文官としての実力が、しっかりと認められるようになってからの話だ。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価していただけると嬉しいです。