7.居場所
「……実は、お母様が先日、息を引き取ったそうです」
息を、引き取った……?
思わず「えっ」と出かけた声をすんでのところで飲み込む。
元々病弱な人で、別邸で生活していたとは使用人たちの風の噂で知っているが、亡くなったなんて情報は聞いていない。……いや、もしくは父に秘匿されていた、か。利用価値の低いものに、わざわざ情報を与える人でもなさそうだしな。っと今はそんなこと考えてる場合じゃないか。
俺は、彼の消え入りそうな声に必死に耳を傾けた。
Soir___
「近頃流行っていた、不治の病にかかってしまったのが原因らしくて……」
病気がうつるといけないから、と言われてしまって看取ることさえできなかった。せめて、最期に母の声を聞けたなら、どれほど良かっただろう。
せっかくおさまっていた涙がまた溢れてくる。
僕の母は、身体は弱かったが、心は気丈な人だった。僕が弱音を吐いても、優しく接し、最後には元気を与えてくれた。僕の心の支えだった。だけど、僕にはもう、母はいない。
母がいたから、義父の期待に応えられるよう、プレッシャーに耐えることだって出来たのに。
『ああ、愛しい化け物。私の期待に応えておくれ』
耳に張り付くような猫撫で声。値踏みするような視線。
『いいか、おまえはあの出来損ないとは違うのだ。おまえならばわかるだろう?』
あれは信頼ではない。ただ、期待を押し付けているだけ。
過度な期待は毒だ。じわじわと身体を蝕んで、最後には指先さえ動かせなくなる。
怖い。期待に応えられなくなるのが怖い。失望されるのが怖い。居場所がなくなるのが怖い。
そう本音を零している間も、お義兄様は相槌をうち、おぼつかない手つきで頭をぽんぽんと撫でてくれた。やっぱり、彼は優しい人だ。
「…俺は、ソワールのお母さんの代わりにはなれない。でもさ、こうやって話を聞くことは何度でも、幾らでもできるから」
だから、いつでもお兄ちゃんを頼るんだぞ。
いつもの彼と違う口調に少し戸惑ったが、そう言う彼は優しい表情をしていて、またちょっとだけ泣きたくなった。
「ありがとうございます」
ノーチェお兄様。
Noche___
彼の瞳は先程までとはうってかわって、憑き物が落ちたみたいに、瞳に光が宿っていた。
辺りがノーチェを中心に明るくなっていき、ソワールのいるベッドは新品かのように綺麗になった。足元の草は青々としていて、赤い彼岸花もいつの間にか黄色に染っている。欠けていたはずの聖母の像も新品みたいだ。
何だこれ、これも魔法の力なのか?
「ふふ、こんなにいい夢みたの、いつぶりだろう…」
ソワールが独り言でも言うようにぽつりと呟く。
「夢?」
「ええ、ここは僕の夢の中なんです。明晰夢なんて、初めて見ました」
彼の中では俺は夢の世界の住人ということになっているらしい。
成程、彼の夢の中ならこの不思議な現象もある程度辻褄が合う。まあ、魔法がある時点で俺の中の常識なんて役には立たないが。
「都合のいい夢だなあ……現実のお兄様も、こんなこと言ってくれたらいいのに、なんて」
ソワールが寂しさを含んだ笑みを浮かべる。
「……きっと、現実の俺も、同じことを言うよ」
「ふふ、そうだといいのですが。……そろそろ、起きようと思います」
それでは、と彼が言うと視界がまた眩しくなって____