表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

7.居場所

「……実は、お母様が先日、息を引き取ったそうです」


息を、引き取った……?


思わず「えっ」と出かけた声をすんでのところで飲み込む。


元々病弱な人で、別邸で生活していたとは使用人たちの風の噂で知っているが、亡くなったなんて情報は聞いていない。……いや、もしくは父に秘匿されていた、か。利用価値の低いものに、わざわざ情報を与える人でもなさそうだしな。っと今はそんなこと考えてる場合じゃないか。


俺は、彼の消え入りそうな声に必死に耳を傾けた。




Soir___




「近頃流行っていた、不治の病にかかってしまったのが原因らしくて……」


病気がうつるといけないから、と言われてしまって看取ることさえできなかった。せめて、最期に母の声を聞けたなら、どれほど良かっただろう。

せっかくおさまっていた涙がまた溢れてくる。


僕の母は、身体は弱かったが、心は気丈な人だった。僕が弱音を吐いても、優しく接し、最後には元気を与えてくれた。僕の心の支えだった。だけど、僕にはもう、母はいない。

母がいたから、義父の期待に応えられるよう、プレッシャーに耐えることだって出来たのに。


『ああ、愛しい化け物(我が子)。私の期待に応えておくれ』


耳に張り付くような猫撫で声。値踏みするような視線。


『いいか、おまえはあの出来損ないとは違うのだ。おまえならばわかるだろう?』


あれは信頼ではない。ただ、期待を押し付けているだけ。

過度な期待は毒だ。じわじわと身体を蝕んで、最後には指先さえ動かせなくなる。


怖い。期待に応えられなくなるのが怖い。失望されるのが怖い。居場所がなくなるのが怖い。


そう本音を零している間も、お義兄様は相槌をうち、おぼつかない手つきで頭をぽんぽんと撫でてくれた。やっぱり、彼は優しい人だ。


「…俺は、ソワールのお母さんの代わりにはなれない。でもさ、こうやって話を聞くことは何度でも、幾らでもできるから」


だから、いつでもお兄ちゃんを頼るんだぞ。

いつもの彼と違う口調に少し戸惑ったが、そう言う彼は優しい表情をしていて、またちょっとだけ泣きたくなった。


「ありがとうございます」


ノーチェお兄様。




Noche___




彼の瞳は先程までとはうってかわって、憑き物が落ちたみたいに、瞳に光が宿っていた。

辺りがノーチェを中心に明るくなっていき、ソワールのいるベッドは新品かのように綺麗になった。足元の草は青々としていて、赤い彼岸花もいつの間にか黄色に染っている。欠けていたはずの聖母の像も新品みたいだ。

何だこれ、これも魔法の力なのか?


「ふふ、こんなにいい夢みたの、いつぶりだろう…」


ソワールが独り言でも言うようにぽつりと呟く。


「夢?」


「ええ、ここは僕の夢の中なんです。明晰夢なんて、初めて見ました」


彼の中では俺は夢の世界の住人ということになっているらしい。

成程、彼の夢の中ならこの不思議な現象もある程度辻褄が合う。まあ、魔法がある時点で俺の中の常識なんて役には立たないが。


「都合のいい夢だなあ……現実のお兄様も、こんなこと言ってくれたらいいのに、なんて」


ソワールが寂しさを含んだ笑みを浮かべる。


「……きっと、現実の俺も、同じことを言うよ」


「ふふ、そうだといいのですが。……そろそろ、起きようと思います」


それでは、と彼が言うと視界がまた眩しくなって____


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ