6.おにいちゃん
「ソワール……?」
そこには膝を抱えたまま俯く義弟の姿があった。
なんの反応もないから心配になったが、どうやら眠っているだけらしい。
ただ…顔色が悪い。時折苦しそうに呻く様子は、悪夢に魘されている感じがする。
このまま放置するのも気が引けるので、起こそうと強く揺らしてみるが、全く起きる気配は無い。相当深く眠りについているみたいだ。
どうしようか頭を抱えていると、ティパーが何かしようとしているのが視界の端に映った。
「ムゥ〜キュっ!」
ティパーが一声鳴くと、視界が眩しくなる。あまりの眩しさに思わず目を閉じた。
・・・
「……ん、ここは…どこだ?」
気がつくと見なれぬ場所にいた。
まわりは薄暗く、目を凝らすと、ここら一帯は赤い彼岸花で覆われているのがわかる。枯れ草色の地面には彼岸花の花弁がまばらに落ちている。外のはずなのに空は見えない、夢の中のような不思議な場所。なんというか、どこかで見たような……気のせいかな。
やけに静かで、歩くとざくざくと背の低い草を踏み分ける自身の靴の音だけが響いた。
どれほど歩いただろうか。遠くにティパーがいるのがぼんやりと見えた。
「そこにいたのか、ティパー」
ティパーは俺に気づくと、その鼻でまっすぐ前を指した。
草原に不自然に白いベッドが鎮座している。後ろには頭の欠けた聖母のような像。ベッドに敷かれたシーツはぐちゃぐちゃで、ところどころに黒いシミがついている。
その上に何かが浮いていた。
黒い霧見たいなものの隙間から、時折黒い髪や足がちらちらと見え隠れする。中に誰かがいるようだ。
呼びかけてみるが何も返事は無い。このもやをどければ反応が返ってくるだろうか。
もやを掴む。綿菓子のような、ごわごわとした布のような、何とも言えない感触が手に伝わってくる。そのまま引っ張れば、それの一部が案外容易く剥がれた。
(剥いだはいいけど…これ、どうしよう)
とりあえず傍に置いておこうと屈むと、ティパーが俺の手のそれを鼻で掴んで一口含んだ。
何故だか自身の腹の底がずんと重たくなる感覚がしたが、それは一瞬のことで、その不快感は直ぐに消えた。
…気のせいだったのだろうか。
気がつけばティパーが俺の手にあったものを全て平らげていた。どうやらティパーはこれが主食らしい。
何回かそれを繰り返すうちに、もやはすっかりなくなった。
ティパーはお腹がいっぱいで眠たくなったのか、丸まって寝ている。心做しか、黒ずんだか……?いや、この空間が暗いからそう見えるだけ、か。
気を取り直して正面に目を向ける。
「ソワール」
もやがとれてやっと全身が見える。隙間から見えた髪や状況から薄々勘づいていたが、やはり中にいたのは義弟のソワールだった。
ゆったりと下降して、下のベッドに着地した。
「っう……」
ソワールはモゾモゾと動き、何度か瞬きをした。瞳はうつろで表情もどこか暗い。黒い髪に艶はなく、肌は青白くなっていて、初めの頃にあった彼の印象とはまるで程遠い。
「ソワール、大丈夫か?」
「おにい、さま……?」
その声は酷く掠れた声だった。瞳にじわっと涙が浮かび、やがて頬を伝って流れだした。
もしかしたら、俺の知らない間に辛いことや苦しいことがあったのかもしれない。
手を伸ばしたのは、彼をこの家に置いて出ていく罪悪感からか、それとも彼の姿が前世の弟と妹に重なったからか。
一定のリズムで、なるべく優しい力で頭を撫でる。弟や妹はこれをするとよく嬉しそうにしてくれたっけ。
彼の涙がちょっとずつおさまってきたのをみて、間違いじゃなかったのだとほっと胸をなでおろした。
「お義兄様は、聞かないんですか」
「んー?」
「なんで泣いてるのか、とか」
彼の声は、まだ少し震えている。
「…聞いて欲しかった?」
前世の弟や妹と話す時みたいに優しく聞き返すと、「あ、いえ、そうじゃなくて……」と彼は口ごもる。
「別に、無理に話さなくてもいーよ。誰にでも話したくないことくらいあるだろ。そういうのは、話したくなったら話せばいいさ」
撫でながらそんなことを話せば、彼はまた静かになって俯く。
鼻をすする音だけがしばらくこの空間に響いていた。
・・・
何分、何十分くらいそうしていただろう。
彼が口を開いて、ぽつぽつと話し始めた。
「……実は───」