5.迷子
「ムキュゥ?」
「いや、何コレ!?!?!!!?」
一体どこから入ってきたのだろう。
迷子だろうか。いかにも魔法の世界の生物ですという感じの見た目だ。首輪とかタグとかはついていないが、手入れされているかのような毛並みはとても野生のものとは思えない。もしかしたらこいつの飼い主が探しているかも。仕方ない、家で保護するか……。
「おまえ、名前は……って流石に人の言葉は話せないか」
話せなくとも言葉自体はわかるようで、俺の言葉を聞くとしゅんと落ち込み、か細い声で鳴いた。
「でも名前がないと不便だしな。ん〜……」
RPGなどで主人公の名前を「あ」にするような俺にいい名前の案など思いつくはずもなく。
うんうんと悩んでいると、そのアメジスト色の瞳と視線があった。
あれ、こいつの目って、こんな色だったっけ。
それに、なんだか頭が少しぼーっとして……。
「……てぃ、ぱー…」
俺の意思に反して、声が出る。
なんだこれ、何が起きて…。びっくりして思わず口を両手で塞いだが、それ以上俺の体が言うことを聞かなくなることは特に無かったため、肩をなでおろした。もしかしたら疲れが溜まっていたのかもしれない。
それにしても…ティパー、か。
それがこの生き物の名前なんだろうか。何だが妙にしっくり来るんだよな。
「おまえの名前はティパー、そうか?」
その生き物、否ティパーはムキュっ!と元気よく返事をした。背中の小さな羽を器用に動かして、ふわふわと飛んでいる。魔法ってすげー。
ティパーが俺の傍まで飛んできた。前世の子犬に近い親近感を感じる。
その姿が可愛らしいもんだから、頭を撫でようと手を伸ばすと、手の甲に熱いものに触ったような痛みが走った。
手の甲には見覚えのない模様のタトゥーのような赤黒い痣があったが、こんな痣になるほどの怪我をした覚えは無い。
「ムキュ?」
撫でないの?という目でティパーはこちらを見つめる。そっと触れると、もっとして欲しいと言わんばかりに擦り寄ってきた。
(痣のことは今はいいか。この世界には相談出来るような相手もいないし……)
痣ならきっとほおっておけば治るだろう。せめて穴あき手袋でもして見えないようにしておこう。
ティパーについては、また今度図書館とかで調べてみるか。
・・・
あの日から少し経って、俺はとぼとぼと来た道を戻っていた。
仮にも侯爵家の子供だ。図書館に1人でこっそりと行くのさえ、バレないよう変装しなければならない。しかも図書館までの道のりは少々長く、歩いて向かったからなおさら大変だった。
それなのに。
(うぅ……なんの収穫もなかった……)
そう、ティパーについての記述がほとんどなかったのだ。もしかしたらこの子はあまりメジャーな生き物ではないのかもしれない。
(あと記載されているとしたら…学園の図書室、か)
学園に入るには入学しなきゃだから、調べるのは当分先になりそうだ。
正面の入口から入ると使用人たちに見つかってしまうと思い、裏庭から中へ入ることにした。
木を伝って慎重に塀の向こうへ行こうとしたのだが。
「ムキュ!」
「っわ、ちょ、痛ァ!?」
ティパーに引っ張られて派手に木から落っこちてしまった。まあ、中に入れたからいいけども。俺が転げてもなお、ティパーは服を引っ張り続ける。
「なになに、なんかこっちにあんのか?」
そうだと言わんばかりにティパーはムキュムキュと鳴く。
…今日は父親も帰ってこないし、遅くなってもいっか。ティパーがあまりにも強く引っ張るものだから、俺は大人しくついて行くことにした。
・・・
数分ほど歩いていると、他より開けた場所に出る。流石貴族。持ってる庭の大きさも常人とは違うんだなあ……。
ティパーがそこでぴたりと止まる。
「ソワール……?」
そこには膝を抱えたまま俯く義弟の姿があった。