4.おくりもの
「ノーチェ様、フォンセ様がお呼びです」
……え?
まさか、もう勘当?
いやいや、だとしても早すぎる。本編で勘当されていたのは、学園で問題を起こしたのが原因のはず。じゃあ、一体なんなんだ…?
一抹の不安を抱えたまま、ノーチェの父である彼の部屋へと足を運んだ。
・・・
光沢のある黒い扉を数回ノックすると、中からイラついた声が聞こえてくる。唾を飲んで、震える手でドアノブをまわした。
大層立派な書斎の真ん中の席、黒い革張りの大きな椅子に、白髪が混じった黒髪の彫刻のような男が足を組み座っている。筋骨隆々とまではいかないが、それなりにがっしりした体つきのようで、大きな椅子によく映えていた。
もしノーチェが大人になったとしたら、こんな見た目なのかもしれない。
「ただいま参りました、お父様」
俺が口を開くと、男はその底の見えない黒々とした目でギロリと睨みつけた。
「出来損ないは、呼び出しに早く応じることすら満足に出来ないのだな」
「…申し訳ありません」
「お前の謝罪などいらん、聞く価値も無い」
椅子から立ち上がった彼は、その長い足を動かして俺の真正面に来ると、ピタリと歩みをとめた。背の高い彼の前にいると、威圧感で息がしづらくなる。この小さい子供の体だと、なおさら彼が強大な存在のように思えて仕方がない。たとえ中身が変わったとしても、体は覚えているのだろう。今まで味わった恐怖を。
「全く…どうしてお前のような愚図が、この私の子なのか。不思議で仕方ないな」
彼はハッ、と嘲るような笑みを浮べる。
隙を見せてはダメだ。雰囲気に呑まれてしまう。
笑顔を貼り付け、できるだけ声が震えないように。弱みを見せないように。
目の前の彼を、お父様と呼んだ。
「私を呼び出したご要件は、何でしょうか」
きっと俺が話の流れを切ったのが気に食わなかったのだろう、蛇のような鋭い眼差しでこちらを見やる。が、さっさと済ませてしまおうと思ったのか、要件を話し始めた。
「お前のような出来損ないでも、一応アートルム家の長男だ。誠に憎たらしいことにな。まともな護衛すらつけられない程度の家だと思われるのも、私にとっては癪でね」
「せっかく築き上げてきたイメージやらが、お前のせいで台無しになってしまってはかなわんだろう?」
彼の口からすらすらと出てくる言葉。その一つ一つから、俺を道具としか見ていないことは容易く想像できた。
「だから、用意してやったぞ。お前専用の護衛兼執事を」
この私からのプレゼントなのだから、有難く受け取れ。彼はそう言い、手を2回ほど叩いた。乾いた音が響く。
何か変わったのだろうかと辺りを見渡すと、ちょうど俺が入ってきた扉の前、赤い髪のつり眉の少年が音も立てずにそこにいた。生気のない瞳からは感情が感じ取りづらく、より一層不安を煽る。
「先程やって見せたように、手を2回叩けばそれをすぐに呼べる。それも魔力量が多いわけではないが…まあ、お前にはお似合いだろう?」
これは、護衛と言うより…
(監視されているみたいだ)
「せいぜい役に立て。私をこれ以上失望させてくれるなよ、ノーチェ」
耳元でそう囁くと、目の前の彼は歪に嗤う。
皮肉にもそれは、義弟を脅して主人公を襲わせた悪役、ノーチェの表情にそっくりだった。
・・・
「まじ、こわぁ……」
退室して、なんとか自分の部屋に戻ってきた。
扉を閉めて、ぺたんと床に座り込んだ。息をゆっくり吐いて、体の震えを落ち着かせる。
少し時間が経ち、他のことを考えられるくらいには冷静になってきた。
(そういえば、さっきの護衛の人の名前を聞いてなかったな)
今は執事長達のところに行っているらしいし、今度会ったらちゃんと名前を聞いておこう。
「ムキュムキュ!」
うんうん、やっぱ呼ぶ時に手を叩くのはちょっと味気ないもんな。……ん?むきゅ?
顔を上げると、そこには謎の生き物がいた。
サッカーボールくらいの大きさで、背中には小さな天使の羽みたいなものが生えた、4本足の白黒の生物。耳らしきのもは見当たらず、象のような少し長めの鼻のあるそれが、つぶらな瞳でこちらをじっと見つめている。
「ムキュゥ?」
「いや、何コレ!?!?!!!?」