2.義弟との対面
まずは情報集めということで、現在地は屋敷の隅の資料室。部屋の配置的にも人が寄り付くことは少ないだろうし、ついでにここで状況を整理しよう。
パレッツ学園の図書室の奥、秘密裏に隠されていた禁忌の魔導書の負の魔力に魅入られてしまったノーチェは、暴走し、手がつけられなくなり、主人公ミディ・ソルブランに倒される。
現在の俺の年齢は12歳。一方、魔法を主に取り扱う有名校、パレッツ学園への入学年齢は13歳。ちなみに貴族は学園に通う義務があるため、登校を拒否することが出来ないし、なんなら学生の間は学園の寮で暮らすことになる。
つまり、屋敷での準備期間は1年。この1年の間に出来るだけ計画を進めておかなければならないのだ。何の計画かと聞かれれば、それはもちろん、“危機回避計画”と”自立計画“である。
ノーチェの母はノーチェを産むと同時に息を引き取った。
そしてノーチェの父、フォンセ・アートルムは体よく言えば情に流されない魔法主義者、悪く言えば、能力が高くなければ、たとえ実の息子だろうと愛情を注ぐことはしない。
俺はこの家の長男であり、珍しさでいうと上位に入る闇系の魔力を持ってはいるが、魔力量は人並み…いや、下手したら人よりも少ない。あとはもう、何となく想像がつくだろう。
俺はこの家の現主人である父親から冷遇されているのだ。魔力量が少ないという、たった1つの要素だけで。
まあ誰からも好かれるなんてことは到底無理だとわかっているし、食事などの必要最低限のものは用意してくれているらしいから、その点に関しては大して気にしてない。が、生きづらいことには変わりないので、卒業したらこの家を出て一人暮らしするつもりだ。
(どっちにしろ、デッドエンドを回避してからの話だな……)
ここらの書物や資料を手に取って見てみたが、特にめぼしい情報はなさそうだ。国立の図書館にでも行った方がいいかもしれない。
資料室を出て、廊下を歩く。
誰かが向こうから歩いてきて、目が合った。
オドオドとした自信なさげな少年。
サラサラな黒髪には艶があり、子供らしくふくふくとした頬は間違いなく大人ウケしそうだ。ノーチェのそれとはまるで違う夕焼けのような橙色の瞳は、機嫌を伺うようにこちらを覗いている。
「ごっ…ごきげんよう、ノーチェお義兄様」
そうだ、まだ言い忘れていたことがあった。
ノーチェが父親から冷遇される要因の一端である、1つ下の義理の弟ソワール・アートルム。彼は、父親の再婚相手の連れ子だ。
常人の比じゃない程の魔力量を持ち、数多の闇系魔法を操ることが出来るため、父親のフォンセ・アートルムから大層気に入られている。だが、彼は気が弱く消極的なことなかれ主義者だったので、気性の激しいノーチェから脅されては、嫌々主人公の邪魔をしていた。所謂ノーチェの取り巻きの1人で、最終的にノーチェを裏切り主人公側につくキャラ。
(そういえば、ソワールは最近この春に引越してきたばかりだったな…)
「あ、あの…お義兄様…?」
アッ。いけない、いけない。考えるのに夢中で返すのを忘れていた。
「すまない、考え事をしていた。ご機嫌よう、ソワール」
俺がそう言うと、彼は珍しいものでも見た時みたいに、まんまるな目を見開いて俺を見つめてきた。え、なに、何か間違えた?
「その、何か失礼でもしただろうか」
「へっ、い、いや!なんでも…ない、です」
ではこれで!とだけ言い、彼はそそくさと退散してしまった。
「……俺の顔になんかゴミでもついてたのか…?」
もしかしたら鼻毛とか出てたのかもしれない。
…今度から、ちゃんと家でも身だしなみには気をつけよう。ウン。
Soir___
「意外と、怖い人じゃないのかも…」
部屋の隅で、ぽつりとそう呟く。
僕の中では、義兄にあたる彼はどこか威圧的で、近寄り難い人だった。フォンセ・アートルム様の紹介で初めて出会った時、彼は僕を一瞥すると、僕には何も言わずに立ち去った。初めて会ったばかりなのに、お前など関わりたくもないと言われてるようで、怖かった。
でも、その時のあの蔑むような目は、もしかしたら僕の気のせいかもしれない。
だって、僕の名前を覚えていてくれた。名前を呼んでくれた。
人見知りな僕は、上手く会話を繋げられずに逃げてしまったけれど。
(また、話せるかな……)
今度は、逃げずにちゃんと。