14.離れていても
「お前の方はどんな名前にしたんだ?」
アガットは少し何か考えるような素振りをして、
「__ロザリー、です」
そう言って切なげに微笑んだ。普段の、死んだ魚の目をしたような彼との違いに、内心驚く。
お前、そんな顔も出来たんだな。
「名付けは大体終わったようですね。では、次はアルマトゥーラの背に乗ってみましょう」
先生が次の指示をする。
先生に言われた通りにエイトに乗った。
凄い、もう2~3人くらい座れそうな広さだ。エイトの背は意外とツルツルしており、冷たくて気持ちいい。ティパーもエイトの背中ですっかりくつろいでいる。
エイトにお願いして、少し高めで飛んでもらうと、辺り一面を見渡せた。
風が頬を撫でる。空を飛ぶ感覚って、こんな感じなんだな。いつもより空が近く感じる。前世では体験できなかったことだ。
前世を思い出したばかりの頃は絶望ばかりしていたけれど…
(案外、悪いことばっかりじゃないかも)
どれくらいそうしていただろう。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「……よし、アガット。次の授業行くか」
「ええ、そうですね」
・・・
「ふー、目が疲れてきたな……」
魔法の炎が灯るランタンの近くの台座に、羽根ペンを置く。分厚い参考書をパタンと閉じた。ちなみに参考書は父親に内緒で、勝手に屋敷の書斎の隅で埃をかぶっていたのを拝借してきたのだが、今のところ何も言われていないので多分問題はない。
ひとつ背伸びをすれば、ぎい、と椅子が軋む。カーテンを捲れば、微かな月明かりが入り、星たちが空に瞬いている。
この寮生活にもだいぶ慣れてきた。前世で借りてたアパートみたいで落ち着くし、何よりここにはあの父親はいない。
気分転換に届いた手紙を手に取る。
封筒のシーリングスタンプにはアートルム家の紋様。シワがつかないように、慎重にレターナイフであけていく。子供らしい、少し丸まった字。ソワールらしい字にふっと笑みが零れる。
手紙は体調を気遣う文から始まり、近況報告やら魔法学園のことについてのことが記されている。最後には、こう添えられていた。
『使用人から聞いた話ですが、そちらではもうしばらくすると模擬試験が行われるそうですね。僕が心配するまでもないとは思いますが、お怪我に気をつけて。早く僕もお兄様と一緒に学校に行きたいです。あなたの弟ソワールより』
一字一句噛み締めるように目を通す。
(ウッ、優しさが心に染みる……)
手紙を丁寧に封筒に戻して、引き出しにほかの手紙とまとめて入れた。
備え付けのベッドに目を向ければ、既に眠りについているティパーの姿が。今日はもう夜遅いし、返事はまた明日書こう。
ティパーを起こさないようにベッドに入り、シーツを深く被る。
(そういえば……もうすぐ模擬試験の時期、か)
パレッツ学園では2種類の模擬試験がある。
ひとつはサバイバル型模擬試験。もうひとつは対戦型模擬試験だ。
近々行われるのは前者の方で、学園の所有地の森林で開催される。この試験は、基礎魔法や習得済みの特殊魔法を用いて、あらかじめ振り分けられたグループで、与えられた課題をこなすと合格らしい。自身の体力や資源などを適度に分配しなければならないため、不合格者も出ることがあるとか。不合格者は来年また開催されるサバイバル型模擬試験に参加しなければならないので結構面倒だ。
きっと明日からはその辺の内容も授業に組み込まれるのだろう。
(確か……原作の方にも、そのあたりのことが描かれてたから…気を、つけないと……)
なんてことを考えながら、俺は意識を手放した。