13.漂う呼び声
「今回の授業は使い魔の歴史についてだ。まず、ライド種だが、一般的なのはアルマトゥーラで、恐らく君たちも近いうちに召喚する機会があるだろう。アルマトゥーラの特徴はなんと言ってもその大きさで……」
なんてことない、昼過ぎの授業。
先生の声が遠くで聞こえるが、眠気で頭に何も入ってこない。子守唄のような声に、瞼がだんだん重たくなる。きっと昨日遅くまで試験勉強してたせいだな。いや、その前に宛てがわれた寮の部屋で荷物の整理整頓やらしてたせいか。
だって勉強する気ってなかなか出ないし。俺(身体的には)まだ12歳だぞ??(見た目は)遊び盛りの子供だぞ??
まあ、やらなきゃ未来はないのでするしかないんだがな。はは……。(乾いた笑い)
こんなに眠たくなるのなら、他の授業を選択していればよかった。まあ、どっちにしろ、いつかはこの授業も取らないといけないがな。
ああ、もうダメだ、これ寝る……。
「ノーチェ様、起きてください」
小声で注意されながらアガットに強めに揺すられ、ようやく閉じかけていた瞼が開く。
「んぁ…ああ、すまない。ありがとうアガット」
起こしてくれたアガットに礼を言って、また黒板と向き合う。机の上にいるティパーはまだ夢の世界にいるようで、大変気持ちよさそうだ。くう、羨ましい。
「いえ、大したことでは」
アガットとは相変わらず敬語だ。
アガットには1度ミディと同じようにタメ口でも構わないと言ったことがあるのだが、その時は「それ以前に、自分は被雇用者で、ノーチェ様は雇用主の血縁者ですので」と間髪入れずに断られてしまった。切ない。
しばらくしてチャイムが鳴る。
「次はなんの授業取ってたっけ」
「魔法学です。中庭に集合だったかと」
魔法学、か……。
自身の魔導書を手に取る。あの日からずっと引き出しの奥にしまいこんでいた、黒い魔導書。
7歳の頃の記憶が、嫌でも蘇る。
・・・
今世の父に連れてこられ、訪れた教会。
まだこの頃の父は優しくて、私はアートルム家の一人息子だったから沢山甘やかされていた。
この日までは。
教会の神父に告げられた、「この子は闇系魔法に適していますが、他の子よりは魔力量が少ないようです」という一言。
それがきっかけで、屋敷に帰ってから父の態度は大きく変わった。
手塩にかけていた唯一の子が欠陥品だと分かって、わざわざ投資する必要がなくなったのだろう。あの日から向けられるのは、愛情ではなく落胆の眼差し。
「魔力あってこそのアートルム家の者がコレとはな」
ある時は居ないものとして扱われ。
ある時は憂さ晴らしに腹を蹴られ。
ある時はただひたすら罵られ。
そんな歪な日々が続いていた。
それから父が再婚して、俺は前世を思い出して、それで。
・・・
「____様?ノーチェ様?」
「っ!…何だ、何かあったか?」
「それはこちらのセリフです」
「何も無いならいいんですが、そろそろ実践型の授業が始まりますよ」とアガットが告げる。どうやら心配をかけていたようだ。
……もうやめよう、あんなことを思い出すのは。過去は過去、今は今だ。
魔法学専門の先生が説明を始める。
「では、基礎魔法の1つである浮遊魔法と、ライド種の使い魔の召喚を行います」
先生が手本を見せ、真似をするよう指示する。
魔法を使うなんて、前世でも今世でも初めての体験だ。緊張しながらも、手元の魔導書を開き、書かれた呪文を唱える。
「__浮遊__」
先程まで手元にあった魔導書が、ぼんやりと暗い紫色に光って、重力がなくなったみたいに宙に浮いた。
「__我に応えよ。召喚、アルマトゥーラ__」
瞬間、それは現れた。
車ほどの大きさの半透明の生き物が、海の中を泳ぐように、陸でゆったりと漂っている。あまりの大きさに感嘆して言葉が出ない。
エイやマンタと似ているが、魚みたく一対のヒレがある。元の世界のどの生き物とも違うそれを見て、改めてここは違う世界なのだと突きつけられたようで寂しくなった。
ある程度他の生徒もそれが出来ている様子を見て、先生が続ける。
「召喚したアルマトゥーラの前に手をかざしながら、頭にいちばん最初に浮かんだその子の名前を唱えてください」
は、急にネーミングセンス試されるやつじゃん。ええ……どうしよ……。
悩んでいる間に、他の生徒は続々と名前を唱え始めている。うっそだろ。名前考えんの早すぎないか??
どうすればいいか分からず、隣でぷかぷか浮いているティパーの方を見れば、何してんだコイツみたいな目で見られた。俺は心が折れそうになった。
ううん…ええい、ままよ!
「__エイト!」
あっ、やべ。いくら見た目がエイっぽいからエイトって俺……。
あまりのネーミングセンスに呆然としていると、目の前の半透明だったアルマトゥーラの体が黒く染まっていく。
え、待ってそんなエイみたいな名前付けられたからって色までエイに似せなくても……!
「ノーチェ様、名付けは終わったんですね」
呼ばれて振り向くと、そこにはアガットが。
エイトがエイみたいに…!と口を開こうとした時、彼の赤いアルマトゥーラが目に入った。
アガットは炎系魔法だから…あ、これ魔力の属性に対応してるだけか。
エイトがエイに似せようとしている訳ではないと知ってほっとする。
「ああ、終わったぞ…」
「何故そんなに疲れて……いえ。ノーチェ様、そのアルマトゥーラの名前は?」
「え、ああ…エイトだ」
「エイト、ですか。ビリヤードでも齧ってたんです?」
「いや、そういう訳では」
何故ビリヤード??
まあいいか。
「お前の方はどんな名前にしたんだ?」