12.動き出した歯車
間違いない、彼はこの世界の主人公。
(ミディ・ソルブラン_____)
漫画のワンシーンが、脳裏をよぎる。
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『ごめんなさい、怪我はありませんか?』
ぶつかった拍子にしりもちをついたノーチェにミディが手を差し伸べる。
ノーチェはミディをギッと睨みつけると、差し伸べられた手を虫を殺す時みたいにはたき、言い放った。
『その汚い手で触るな。お前の謝罪などいらん、聞く価値も無い』
服についた汚れを手でぱっぱと落とし、ミディを憎々しげに見やると、そのまま踵を返して取り巻き達と共に去っていく。
それが、ミディとノーチェの初対面だった。
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「…今度からは、ぼんやりせずにちゃんと歩いた方がいい」
紺に近い青色の髪をした仏頂面の青年がミディを注意する声で、現実に引き戻される。彼の空色の瞳は呆れたとでも言いたげな様子だ。
「そうだよ!あはは、ミディってばドジっ子だなー!」
ピンクの2つ結びのお団子ヘアをした、八重歯が特徴的な女の子が、青年の発言に乗っかるように緑の目を細めて笑う。
「あ、すみません……名乗ってなかったよね。僕はミディ・ソルブラン。こっちは」
「ティフォーネ・ロサード!ティフィーって呼んでくれたらうれしいな」
少女はピースをしながら会話に割り込んだ。それに続くように、青年も「……ムグラー・シーニィだ」と一言だけ言う。
「……そして、ペコラ。こいつは僕の相棒なんだ」
彼に抱き抱えられた羊のような生き物は、めぇ、と眠そうな声で返事をした。羊のようなっていうか、フォルムはもろ羊だな……。色とかがちょっと個性的なだけで。
ミディの「君たちの名前は?」という質問で、ようやく自分が名乗っていないことに気づいた。
「俺は、ノーチェ・アートルム。隣にいるのがアガット、こっちのがティパーだ」
ミディはピンと来ていないようであっけらかんとしているが、ムグラーは俺の名前を聞いた瞬間眉をひそめた。きっと俺の悪評の事とか知ってるんだろうな。前世を思い出す前までは、原作の彼みたいに散々な行いだったっぽいし。
「アートルムって……あのアートルム侯爵家!?」
ティフォーネは、すごいすごいと目を輝かせている。わあ、純粋な眼差しだあ。
「だったら敬語の方がいいかな。あ、いや、いいですか?」
ノーチェさん…違う、ノーチェ様……?とミディが不慣れな様子で敬語で聞いてくる。
「敬語も様付けも別にいい。この学園では身分の壁を越えて交流するのが望ましいとされているからな」
そう言えば、彼はほっとした後、よろしくねと微笑んだ。うっ、主人公特有の光属性スマイルだ。浄化を超えて灰になってしまう。というか、主人公と接触するのは結構マズイのでは?さっさと退散して今後主人公の記憶に残らないようなキャラになろう。うん。もしかしたら、今ならまだ初手で学園の説明してくるタイプのモブくらいには戻れるかもしれないし。
よかったら、これから一緒に……と言いかけたミディを横目に、用事があるからそれじゃ!と逃げるようにして、俺はその場を後にした。
ちなみに昼食を取り忘れていたので結局数分後には戻る羽目になったのは、ここだけの話ってことで。
Midi___
「あ、行っちゃった……」
急いだ様子で駆けていくその背を見つめる。
黒がよく似合う、不思議な雰囲気の人だった。
その纏う雰囲気は、貴族と言うより、なんというか……。
「ミディもムグラーも険しい顔になってる!もー、そんなんじゃシワが取れなくなちゃうよ!」
ティフィーが僕とムグラーの眉間をトン、と指さした。ムグラーは少し不機嫌そうに「……ああ」とだけ答える。
確かに、ちょっと考えすぎてたかも。
「うん、そうだね。今度から気をつけるよ」
ノーチェさん、いい人そうだったし、また話せたらいいな。同じ学園に所属しているし、そのうちきっと会えるよね。
そんなことを考えながら、皆と食事をとりに足を運んだ。