降格者と呼ばれた死神 4
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過去に見たその景色は、爆炎と業火に包まれた地獄の果てであった。
姉と過ごしていた平穏な一時は、突如として発生した爆発と共に消え去り、一変して地獄の在り様と化す。
「―――姉、さん……」
血だらけで倒れる彼女は、青年の瞳に焼き付いて離れない。
「……どうして、こんな…」
絶望と悲観、そして己の無力を呪って焼け焦げた家が視界に映る。
鳴り響く破壊音は、止むことは無く耳をつんざいて離れない。
「――――ッ……」
そして彼は見る、その残響の向こう側で破壊を続ける、荒れ狂う白い騎士を。
―――ガァァァァァッ!!!!
獣の咆哮の如き叫びが空気を振動させ、鼓膜を震わせる。
恐怖を、畏れを身体で感じて萎縮し、少年の記憶はそこで黒く染まった―――。
「――――」
照明の光が漏れ出すと、瞼をくすぐって意識を覚醒させる。
「―――ここは……」
見慣れぬ部屋、病室と思えるこの場所を見渡して彼は目が覚める。
「お目覚めかしら、降格者さん」
「おはよう、ございます……、久しぶり…って感じじゃなさそうだな、ここは?」
「その調子だと案外元気そうね、ここは人工鋼核研究所本部、鋼鉄の施設内よ」
「――え?鋼鉄?病院じゃないのか?」
「……はぁ、貴方…、自分の置かれている立場が分かっていないようね」
白衣を翻してコーヒーを淹れる彼女は、眼鏡から瞳を覗かせて機嫌が悪そうに目を細めた。
香ばしい香りが漂い、一瞬だけ重苦しい空気が流れると寝起きでまとまらない思考の赤原は状況を察する。
「―――やっぱり、まずかったか」
「……私は研究者だから、今回の件がマズいとは思わないけど、貴方の想像通り周りは大騒ぎってところかしら」
「そう、か……ッ……いてて…」
「あーあー、まだ安静にしてなさい、人工鋼核の五つ同時使用なんて本来死んでもおかしくないんだから」
身を起こして立ち上がろうとするが、赤原は痛みで動きを止める。
その様子を心配そうに眺め、熱されたコーヒーを冷まして味わい、研究者は問う。
「―――ところで、何故人口鋼核を同時に使用しようと思ったの?」
「あぁ……、あれは賭けみたいな物だった、元々二個使用した事はあったからな…
その応用というか……あれぐらいしないと生き残れなかっただけだ」
「二個同時使用……そんな特殊な経緯を何故報告しなかったの?」
「鋼核犯罪対策課で活動していた時の事だったからな、
同じ部隊の鋼核者が虚偽の報告をしていた事が原因だったかもしれない」
「またつまらない鋼核者のプライドってやつ……かしら、
貴方も随分苦労しているのね、洋助さん?」
親しみと皮肉を込めて下の名前で呼ぶと、彼は乾いた笑みで言い返す。
「君ほど苦労はしてないよ、人工鋼核研究の第一人者であり研究所主任、楓博士」
「相変わらず嫌味な人、年下相手に本気になっちゃって」
楓博士と呼ばれる彼女は、弱冠十八にして鋼核能力の基礎理論を提唱し、独自の研究を進めては流星の欠片を兵器開発した。
その一環として装着型人工鋼核を作り出し、研究過程で人工鋼核の適応数値の高い赤原と出会った。
「年上相手に生意気なのが悪い、―――っと、俺はそろそろ離れる」
「ちょ…、洋助さん!?まだ動いちゃダメですっ!」
「自分のいない所で話をややこしくされても困るだろ、
さっさと上層部に話を通してくるから……ッつ…」
「だからってすぐ動くのは危険よ!
貴方の身体は人工鋼核の使用負荷で筋組織はズタズタ、
骨折箇所もあれば身体機能の異常も見られます、少しは自分を労わってください」
彼の身体は屑鉄が装着された五箇所を中心に黒く染まり、内出血を起こして痛々しく包帯が巻かれている。
さらに、漆黒の外装を纏った代償に装着部分は大きく腫れ、身体の自由はうまく効かない。
「―――ッ……意外と心配症だな、楓博士は」
「そんな顔色でよく言えるわ……とにかく!さっさとベッドに戻って!
洋助さんにはこれから人工鋼核の研究に貢献してもらうんですから、
死なれては困るんです!」
「わかったわかった……後でいくらでも協力するから……」
彼女の制止を振り切り、上着を適当に羽織って部屋を出ようとする赤原。
だが足取りはふらつき、明らかに無理をしている彼を止めようと慌てる楓。
「―――すみません、楓博士はいますか?」
と、そこに現れるは凛とした佇まいの女性。
腰に刀を携え、鋼核犯罪対策課特有の戦闘服を着る。
「……おっと、既に起きていたのか、話題の降格者くん」
「アンタは…?」
「私は鋼核犯罪対策課特殊部隊長、巴雪だ」
「雪さん、どうしてこの研究所に……?」
「いやなに、ちょっとそこの降格者くんに用があってね」
刀を持った鋼核者は、おもむろに赤原に近付くと顔をまじまじと眺める。
「―――申し訳ないですが、俺はちょっと用があるんで今はちょっと……」
「あぁ……自身の状況が気になるのだろう?君の処遇なんだが、
私の部隊で預かる事になったから、これからよろしく」
「………は?」
思わぬ発言に動きを止めて彼女を見返す赤原。
同様に固まる楓も、呆気に取られて巴を見つめる。