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週1習作

夕暮れの星

作者: 美よ十

 レトロな嵌め殺し窓から差し込むのは、柔らかな夕焼け色だ。

 男は身を起こし、寝床から降りた。寝床といっても、コロニーの空調用冷媒の循環するタンクに毛布を敷いただけの代物である。

 タンクのすぐ隣には大きな電源装置が迫り、アナログな電源盤が埃を被っている。向かいの壁は一面、空気の浄化装置に占領されていた。天井には男にも用途の分からないパイプやケーブルが這いまわっている。夕陽色の光が差し込む窓の下にも、旧式の非常用バッテリーが陣取っていた。

 男は作業着を肩に引っ掛け、薄っぺらい金属製の扉を開けた。廊下の照明は朝方用の白色光で、夕焼け色に慣れた目に眩しい。

 しばらく歩くと地表用車両の整備場があって、その隅にいくつかの屋台が出ている。コロニー中央部に行けばまともなレストランなぞもあるのだが、そちらは値が張るので、彼のような貧乏人はここでものを食べるのだった。

 男がフレンチフライを一袋買って席を探していると、知人が何か飲み物を啜っているのを見かけた。近づくと、まだ子供といってもいい年頃の少年は、愛想笑いで男を出迎える。

「やあ、どうも。最近はどうですか」

「どうもこうもない。相変わらず、かつかつだよ。ここに来てるんだから分かるだろ」

「この星に住んでるのがそもそもの間違いでしょ。稼ぎたいなら他所に行かなきゃ」

 少年は、男の袋から勝手にフレンチフライを抜き取りつつ、小生意気に言った。

「じゃあ訊くが、何か外行きの仕事は回ってきてるのか」

「出稼ぎは争奪戦なんだから、予約してくれないと回せませんよ。うちだって、もう何十人も待ってるんですよ」

「今予約を入れたら、いつ頃仕事が貰える?」

「おや興味がおありで?」

 少年はにんまり笑って空のコップをくるくる回す。

「そうだなあ、次の日食辺りじゃないですかね。軌道の具合がいいから、船も多いし。お得意様だから手数料は勉強しますよ」

 男は小さく息を吐いて、かぶりを振った。

「とりあえず、星内でまた短期の仕事が欲しい」

 少年はつまらないものを見るような目で、もう一本フレンチフライをつまむ。

「それこそ日食絡みなら、パネル整備なんてどうですか? どうせ地表じゃ数日発電できないから、一斉に点検するんだそうですけど」

「それでいい」

「はい、はい。それじゃ、また話がついたら連絡しますよ」

 男は半分ほどまで減ったフレンチフライの袋を手に、無言で立ち上がった。


 男が寝泊まりしている部屋はもともとただの整備室で、彼はそこに、管理の仕事を口実に居座っていた。近隣区画にはこのような生活をしている者も多い。大した資源のないこの星には仕事もない。男は数年前まで別の星にいたのだが、あまり自律式の機械が導入されていないここに流れてきて、今時むしろ珍しいほどの単純作業で日銭を稼いでいる。

 日食でじわじわと外が暗くなりだして初めて、男はこの部屋に明かりがないことに気付いた。この星の片面は自転周期と公転周期の具合で、常に恒星の方を向いている。このコロニーがある辺りは一年中昼なのだ。コロニー内部は人工的に昼夜が作られているが、部屋には窓があるものだから、照明がなくともずっと明るいのである。恒星が別の惑星に隠される数日間だけ、この星には夜が来る。

 男は部屋が真っ暗になる前にと、少し早く仕事に出かけた。

 屋台の並ぶ辺りを通り過ぎ、整備場を突っ切って、コロニー外へ出るためのゲートに向かう。ゲートの前には既に、今回貸し与えられた車両が佇んでいた。車体の左右にはそれぞれアームが窮屈そうに折りたたまれており、その下を見ると、多少の岩場なら乗り越えられるのだろう、男の足元から胸までもあるような、巨大な車輪が四つある。しかし一体どれほど長いこと使われているのか、ホイールはへこんだり、傷が走ったりしていた。

 車両の扉の引手に親指を押し付けると、扉は何とも不安になる異音を立てて開いた。乗り込んで扉を閉めてから、本当に密閉されているのかと窓を小突いてみる。

 車内の前の方には運転席があり、その背中側には保存食が無造作に積んであった。その隣に並んでいるのは飲料水のタンクだ。目を車両後方にやると、小さな扉がある。トイレだろう。彼は三日間、この狭い車両の中で過ごすのだ。

 この星の大気は人間の呼吸に適さない。男は化学をろくに学んでいないので詳しくないが、酸素がほとんど無く、比較的重いいくつかの気体が主成分らしい。この星の空が夕焼け色なのも気体の組成によるものだというが、今の彼にとってそんなことは重要ではなかった。要するに、コロニーの外に出るためには、一度特別なハッチを介さなければならないのである。

 男は車両を前に進め、ゲートを抜けた。整備場のゲートの先はちょうどこの車が収まるほどの小部屋で、正面にまた別のゲートがある。背後の扉を閉めてから正面の扉を開くと、整備場に外気を入れることなく、車両をコロニー外に出せる、という寸法だった。男は自分一人でここを通るのが初めてだったので、ゲートが下りたり上がったりするのを車両の窓越しに興味深く眺めた。

 車両を地表に出すと、背後で外ゲートが下りて、コロニー内からの光がゆっくりと細くなって消えた。地平線の辺りはほんのりと明るいが、辺りはかなり薄暗くなっている。男は車両のライトと、所々に並ぶ道標の青白い光を頼りに車を走らせた。ある程度予想はしていたが、比較的道が均してあるこの辺りですらひどい揺れだ。今日はさほど風もないので、純粋にタイヤが悪いのだろう。この星は砂塵がひどい日も多い。作業の効率を思えば、それがないのは幸いだった。

 ものの数分で最初のパネル群に辿りついた。この星は滅多に暗くならないので、恒星光発電で需要のほとんどを賄っているが、その分設置されているパネルは膨大だった。

 男は、整然と並ぶパネルとパネルの列の間に車両をねじ込んだ。左右のアームを広げ、ちょうどパネルの真上にアームの先端が来るよう調整する。あとは車を真っ直ぐ走らせさえすれば、機械が勝手に画像を撮ってくれるらしい。画像を見て不具合がないか確認するのは専門家の仕事だ。ひょっとすると人工知能がするのかもしれない。

 聞くところによると、もっと新しく開発された星では、このような仕事では人間が車に乗ることすらないのだという。この星は往年の惑星開発ブームで金持ちの別荘用に居住区ができたため、コロニー外の機能的な管理体制が作られなかったのだ。

 彼は気の滅入る生白いヘッドライトを頼りに、パネルの列の隙間を半日間往復し続けた。


 男は時計の音で眠りから覚め、そして目を開いても辺りが相変わらず暗いことにげんなりした。これがあと二日も続くのだと考えると、思った以上に堪える。

 稼ぎは悪くないのだ、コロニーに戻ったらまっとうなレストランで酒でも飲もうと、男は自分に言い聞かせた。

 彼は、栄養価だけは高そうなパウチドリンクを喉に流し込み、車両を次の目的地に向けた。

 次のパネル群までは飛ばしても小一時間必要だった。男はわざとのんびり車を走らせた。

 時折空に目をやると、この星に移ってきて以来見ていない星空というものが広がっている。星間船で移動している最中には気にも留めていなかったが、数年ぶりに見るとなかなか奇妙な事象に思えた。宇宙には無数の星がある。今見えている恒星のいくつかは、人間の住む惑星を抱えていることだろう。立派なコロニーがあって優雅に暮らせる星もあるだろうし、何ならコロニーなど作らなくとも、大気の中でのびのびと息を吸える星もあるだろう。そのくせ自分は、こんなところで孤独に何をしているのだろうか。ただ夕焼け空が美しいというだけの寂れた星で――しかも今は夕焼け空ですら無いのだ。

 あらぬことを考えていた男は、突然目の前でちかりと何かが光ったことにぎょっとして、緊急ブレーキを思いっきり踏みつけた。

 荒い息をなだめるように深呼吸しつつ、目をぎゅっと細めて見透かすと、何かが車のライトを反射しているようだった。男はごく慎重に車両を近づけた。

 それは木のように見えた。木といっても、いわゆるコロニー内で見るような葉の付いた、整えられた木ではなく、いびつな枯れ木の彫刻といった風情だった。しかも反射する光は、何となく金色がかっている。

 男がはっと見回すと、その辺りには似たような木がたくさん生えていた。しかし一番立派なのは、最初に見つけたものだった。他の木は枝の造形すら曖昧で、柱と呼ぶ方がふさわしいと思われるものも多かった。

 男はしばらくの間、じっと金の枯れ木林に見入っていた。目の前のひときわ立派な木は、どうやら人の背丈ほどありそうだった。幹から伸びた複数の枝は、ぐにゃりと悶えるように身を捩りながら、みな一様に天を目指している。

 彼は、はたと再び空を見上げた。先ほどと何ら変わらない星空だった。

 男は我に返ったかのように、幾度か頬を叩いてハンドルを掴んだ。木から無理やり目を引きはがし、車を切り返して目的地へと進路を戻す。物思いをしていたから、どこかで道を間違えたのだろう。早く向かわなければ、期日までに作業が終わらない。

 しかし男は、ほんの十数メートルほど進んでから、またブレーキを踏んだ。

 運転席から降り、側面の窓から背後を透かし見る。

 金色の木は今度、淡く光る地平線を背負って、影のように佇んでいた。

 男は何故だか身震いがして、慌てて運転席に戻り、一気に車を走らせた。


 例の屋台での待ち合わせに向かうと、少年は退屈そうに電子端末をもてあそんでいた。

「遅いんですよ。時間ぎりぎりじゃないですか」

「何か食べていても良かったのに」

 男が座りながら言うと、少年は頬を膨らませてそっぽを向いた。この少年もまた、安月給で何とか食いつないでいるのに変わりはなかった。

「まあとにかく、点検作業お疲れ様です。何ともなかったみたいで何より。この星には何にもないんだから、電気までなくなったら皆死んじゃいますよ」

「まあ、何にもなかったかというと、ちょっとあったんだが……」

 男がぼやくと、少年はちらりとこちらを見た。男は移動中に見かけた金の枯れ木のことを、なるべく自分の感じた衝撃が伝わるように詳しく話したが、少年はだんだん白けたような表情になっていった。

「この星に何年もいて知らなかったんですか? 結構有名なのに。あれ、大昔の溶岩ですよ」

「溶岩……には見えなかった」

「だから、昔の話。地中の割れ目に溶岩が入り込んで、そのまま固まったんだって聞きましたけど。溶岩ってただの石より硬いから、周りの地層が風化して削れても、ああやって残るんだって」

「ちょっと光って見えたのは?」

「金属がかなり混じってるんです」

「この星には金属資源はろくに無いと……」

「だから地の底にはあるんですって。掘るのが大変だし、下手したら熱々のどろどろだから使えないってだけで」

 少年はやや辟易した様子で端末に何かを打ち込むと、無造作にそれを突き出した。

「ほら、報酬との引換権限。要らないんですか」

 男は黙って身分証明書を端末に重ねた。プレゼントボックスからぴかぴかのチケットが飛び出す、安っぽいアニメーションが流れる。

「……そういえば」

「まだ何か?」

 しばらく迷ってから、男は訊ねた。

「この前、日食前後は仕事が増えると言っていなかったっけ?」

お題:SF×詩的



毎週日曜日に習作を投稿していく予定です。

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