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除外したもの倉庫

婿がほしい魔女様の相談室

作者: わやこな

 名無しの森に住む魔女がいる。

 人の倍を生きる魔女は、様々な知恵を持って暮らしを助けてくれるという。


 人から人へと噂で伝えられる魔女の存在は、大して珍しいわけではない。

 大体一地域に数人はいると思う。かといって、魔女というのも色々である。あるものは薬を主とし、ある者は占いをする、またあるものは学問に秀でる、とまあ実に様々だ。雑種多様な知恵者と纏めるのが一番無難だろう。

 そしてこの、名無しの森に住む魔女もそうだ。

 まあ、その、私である。

 気づいたら、そう呼ばれていた。


 フロウ・マジョリナブリッジ。

 私の名前だ。

 苗字は、貴族の証であるけど、もう1つ違う場合がある。

 その土地を象徴する存在、もしくは地位であるか否か。

 ちなみにこの名無しの森がある地域を、マジョリナブリッジという。元々魔女一族が暮らしていた村があったのだが、なくなって久しく、名前だけ残っている地域だ。無論今暮らしている人々は善良なる一般市民だ。

 何を隠そう私は、その昔ここで暮らしていた魔女一族の末裔である。どうやら私たち一族は人との交流や子孫繁栄の交渉といった諸々の活動不精がたたり、じわじわと一族は減り、気づけば若い世代は私のみ。大体自分の知識欲を極めれば満足という一族だったから、独りで研究や職人街道突っ走る人が多かったようだ。私の父母も漏れずそうだった。

 他の魔女一族の男性と連絡を取ろうにも交流がないので、手ごろな男性を捕まえるべく、住みなれた地域へ再び根を下ろし交流し始めて早五十年。五十年である。

 そもそも、魔女一族同士は警戒心が強くてやたらめったら交流はしない。仲良しこよしの一族たちがいるのは稀なのだ。そして誤解を避けるよう言うが、魔女一族は他と比べて寿命が長い。だから長い年月がすぎても、行き遅れではない。断じて違う。本当だ。断じて違う。

 熱が入ってしまった。

 話を戻そう。

 私は、このマジョリナブリッジで、ごく普通に農耕しながら時にお薬をおすそ分けしたり、ちょっとした魔術を用いて人を手助けして生活している。

 おかげさまで、マジョリナブリッジの魔女といえば私、という扱いになった。なぜか噂では、強欲婆、行かず後家、なんでも相談所という話になっている。甚だ遺憾である。相談所はともかくとして、お金は必要だし、私はまだ若いし。

 まあ、そんなこんなとここで暮らして半世紀。問題が発生した。

 暮らし始めているうちに、完全に対象外の烙印を押されてしまった。つまり、ここの地域では私はどうあがいても、異性対象ではないということだ。ちなみにこのことはつい最近分かったことだ。判明した日の夜は飲み明かしましたけどね。

 けれど希望を捨てたわけではない。魔女に会いに来る外の人々もいるのだから!

 お茶を用意して一服。今日も今日とて、私はマジョリナブリッジの名無しの森で楚々と暮らしているのである。






 カランコロン。


 そうこうしていると、家のベルが鳴って人が入ってきた。

 村人かと思ってドアのほうへ向かうが、そこに佇んでいたのは片田舎にいるような容貌の人物ではなかった。

 小奇麗な衣服に身を包んだ、これまた垢抜けた奇麗な少年だった。

 推定年齢15前後と見た。守備範囲……うん、成長したらいけるいける。この先が楽しみな少年だ。稲穂のような薄金色の襟足眺めの髪に薄茶の瞳。顔立ちは優しげで将来は柔和な美青年と見た。

 少年はローブをはらって、私を見上げた。やや緊張した顔できりりとしている。うむうむ、目の保養である。

 私はわざとらしく咳払いして少年の前に立った。


「んんっ。我が家に何か御用かしら?」

「魔女殿ですか?あの、貴女があの?」


 少年が吃驚した顔をして私をまじまじと見る。

 半世紀ここに住んでいる魔女と聞いていて、実際に見た私と想像が違ったのだろう。外から来る人々は大抵その反応をする。酷い場合は勝手に勘違いして勝手に切れて勝手に帰るのだ。


「そうよ。フロウ・マジョリナブリッジ。ここに住む魔女と言ったら私くらいでしょうね」

「あ、えと、申し遅れました。お、いや、私はアルディオ・ロウランドといいます。魔女殿に頼みたいことがあって尋ねにきました」


 アルディオは綺麗な礼をすると、はきはきと答えた。


「ロウランド……あらまあ、大分遠くの御落胤がこんなとこまで」


 ロウランド皇国といえばここから離れた大陸にある国のはず。名前にロウランドとつくことは、国名を名乗れるほどの身分。つまりは、皇国の皇族である。身をただしたほうがいいかしら。

 私の言葉に、アルディオは首を振って苦笑いをした。


「名はそうでも、大した者じゃ……魔女殿だから話しますが、その、数ある庶子の中の一人で」

「ああ、現皇王殿は子沢山だったわねえ。何人だったかしら。まあ、入りなさいな」


 家の一室に招いて椅子に座らせる。アルディオは皇族ながらも庶民的で好感度が高い。これは話とやらを聞いて好感度を上げて……庶子の皇子様ゲットできるチャンスではないだろうか。

 うきうきとする顔がばれないように、にこやかに笑んで向かいに座る。愛想も2割り増しである。


「それで、頼みたいことって?」


 お茶を渡して尋ねると、小さく礼を言ってからアルディオは顔を俯かせた。


「その、お……私は庶子なので国で飼い殺しになるより、働きたくて。ですが、国ではまともに職業を見つけるのは難しく、一念発起して冒険者になろうと思ったのです」

「ほお。あ、かしこまらなくて結構よ。さっきから言葉もつっかえつっかえでまどろっこしいわ」

「すいません。わた、いや俺、ちゃんとした皇族教育は受けていなくって。最低限だったっていうか」


 気まずそうに言葉遣いを直したアルディオは、話を続けた。


「国をわたってここで冒険者となろうと思ったんだけど、そこで、その、会った人がいて……」


 ほんのりと頬を染める美少年は眼福だが、私の思惑が崩れていきそうだ。


「そのとき会った子がどうしても、忘れられないんだ! ああ、シュトーシアっ」

「シュトーシア?」

「知っているのか魔女殿!」


 その子ならば知っている。

 というより、私の成長した美青年確保計画が今完全に消えた。

 やる気減退しつつも、彼の言うシュトーシアを思い出す。

 シュトーシア。苗字はないので一般人だ。年は17歳ながらも期待の若手として冒険者の宿で働いている娘だ。この家にも何回か薬と魔法を求めに来ている。

 見た目は儚げな色素の薄い子で、青灰色の瞳と銀色の髪をしている。妖精のよう、と喩えに出せるくらい、まあ、綺麗な子だ。そういえば、僅かにその血が混じっているとか。なんでも、遠い祖先に龍と水の精霊がいるという眉唾物の話を聞いた。それが本当ならば、とんでもない血筋なのだが、いかんせん彼女はおっとりとしているので信憑性は低い。そして隙が多い。

 けれど、冒険者のマスターが後ろ盾にいるから、このあたりで彼女にちょっかい出せる輩はそうはいないはずだ。


「うちの顧客の一人ね。たまに来るわよ彼女」

「えっ、ということはこの椅子にも彼女は座っていたり……」


 ぽっと更に顔を赤くするんじゃない。思春期少年に呆れた目を向けつつ、私は息をついた。


「それで、そのシュトーシアが忘れられなくて、どうしたいの?」

「あ、とその……魔女殿は顔が広いと聞いて。シュトーシアを紹介してくれないかなって……」


 もじもじするアルディオに、一旦困った顔をして見せる。

 自分の恋路がまだなのに、何ゆえ人の恋路を手助けする苦行を犯さねばならないのか。

 冷め行く心を抱えながら、とん、と指でテーブルを叩く。


「紹介したとして、貴方は私にどれくらい支払ってくれるのかしら?」


 ちょっとやそっとじゃ頷いてやらないんだからな!

 言ってねめつけてみると、アルディオは持ってきた荷袋の中から本を数冊取り出した。


「俺のいた国にあった、魔術書と薬草学の本です。一部ですが、それを報酬にしたいと思っている」


 取り出された本に目を奪われる。

 他国の魔術書は、余程世に出回る有名な本でない限り、日の目を見ないものばかり。こんな片田舎にいたら、滅多にそういう本には出会わない技術の塊だ。

 大枚の現金を支払われるのと同等の価値だ。私にとっては。

 私はゆっくりと頷いてみせる。


「いいわ。紹介と、それからちょっとした手助けをしてあげましょう」


 さらば美少年、こんにちは新たな技術!

 結局は私に相手が見つからないのも、我が身に流れる、研究者気質の魔女の血があるからかもしれない。先に貰った報酬片手に私は笑うのだった。






シュトーシア → 竜と精霊の子孫とうわさされている。不思議なパワーのご加護があるもよう。


アルディオ → 某国王家の庶子。愛が重いし思い込んだら一直線。遡れば他国の王家の血筋でもあるので、血筋ハイブリッドではある。


フロウ → 云百年かけて魔力が大地に染みこんだ結果生まれだした長命の人種。魔力吸収の素養が高い一族が魔女や魔法使いとなる模様。


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