人心掌握術
央都西警察署の体育館はそれほど広いモノでは無かった。そこに重武装の武装隊員が並ぶさまはある意味目立つはずのモノだったが、深夜の戒厳令下にあってその姿を見ることができるものは誰もいなかった。
居並ぶ武装隊員の中央にはひときわ大柄で太った楠木の姿があった。
彼等はじっと彼等の部隊長、三好大造中佐の姿を待っていた。
「おう、待たせたね」
そう言うと遼帝国首都警察隊のロングコートを着て、腰に日本刀を下げた三好が現れた。
全員が軍靴を鳴らし彼に敬礼した。
「ああ、いいよそんなの……形式なんて俺は意味を認めてねえから」
三好はそのまま手に何かを隠し持ちながら武装隊隊員の正面に歩み出る。
「緊張させんなよ……俺はこんなにたくさんの部下に一度にお目にかかったことねえんだからさ」
そう言って三好は手にしていたどんぶりを部下達にかざした。
「隊長?何を?」
呆れた調子で楠木が三好に尋ねた。
「知らねえの?ちんちろりん」
三好は右手にどんぶり、左手にさいころを持っていた。
「知ってますけど……俺達はこれから人殺しに行くんですよ」
「そりゃあ俺がそう命令する予定だからな。でもまあ、時間はまだあるんだ。ちょっと遊んでこうや」
そう言って三好はそのままその場に胡坐をかいて座り込んだ。
「おう!これから俺達はちょっと人様には顔向けできねえようなひでえことをするんだ!だからと言ってお前さん達が恥じ入ることはねえ!こいつは上の何にも知らねえ馬鹿の決めたことだ!それより……俺のさいころがどうなるか!興味がねえか!」
三好はそう嬉しそうに叫んだ。
「気でも触れたか?」
作戦指示を担当していたやせぎすの下士官が思わずそう漏らした。
「おう、俺はとうにイカレてるよ!こんな戦争なんざイカレてなんぼ!それより楠木!」
「へえ」
矢面に立った楠木が明らかに嫌そうにそう言いながら三好の前に立った。
「お前さんが名代で振りな。俺とどっちが勝つか……お前さんが勝ったら今回の出動は無しだ」
「え?」
楠木ばかりでなく隊員全員が三好の言葉に驚きのため息を吐いた。
「代わりに俺が勝ったら出動だ……どうする?」
三好はニヤニヤ笑いながら楠木の膨れた顔をのぞき見た。
「やらせてください」
そう言うと楠木は三好の手からどんぶりと三つのさいころを奪い取った。
「ちんちろりん!」
楠木はそう言ってさいころを振る。
出た目は5と6と6。
「へっへっへ……隊長。勝てます?」
そう言って笑う楠木の顔を一瞥した後、三好は静かにさいころを手にした。
「まあ、俺は強運が売りでね……」
三好は素早くさいころを振った。
出た目は6のぞろ目だった。
「……と言うわけだ。出撃だな」
三好はそれだけ言うと立ち上がった。
「お前さん達!ついてんぞ!今回はこれしかない出目での出撃ってわけだ!死ぬなよ!」
快活な三好の叫び声に武装隊員は歓喜の声を上げて銃を掲げると体育館の出口に置かれたトラックの荷台へと走っていった。
「隊長、本当にこれは……」
取り残された楠木が不思議そうな顔をして三好を見つめていた。
「なあに、イカサマだよ。それだけで士気が上がるならそれでいいじゃねえの」
そう言って笑う三好を見つめつつ。楠木は静かに敬礼をした。