指揮所
指揮所と呼ばれる施設はあまりに粗末なものだった。
中央にはモニターがいくつか並び、その周りに椅子が並ぶばかり。
しかし、三好にも楠木達にもそれで十分なものだった。
「下調べの方はどうだ?」
部屋に入るとすぐに手前の椅子に腰かけた三好はそう言って背の高いタートルネックのセーターを着た男に声をかけた。
「やはり、遼北の赤化工作員の指揮下にありますね。実際、北部の人民派ゲリラの支配地域から何度か通信員が派遣されています」
「ふうん……国内の統一も危ういってのに戦争なんて無理なのにな」
三好はそう言って苦笑いを浮かべた。
彼を生んだ遼帝国はもはや風前の灯だった。
確かに戦火はまだ宇宙にあった。
遼帝国と同盟を結んでいるゲルパルト帝国のコロニーが次々と地球と遼北人民国、それに外惑星連邦の同盟軍の進攻に耐えきれず、まもなく降伏するだろうという知らせは三好も耳にしていた。
その内側の第四惑星を構成する国家。彼等の所属する甲武国も日々、コロニーが爆撃を受け、多数の死者を出していることは知っていた。
だが、それら『祖国同盟』国家の中で一番崩壊に近い国は、ここ遼帝国だった。
ゲリラ、工作員、反政府デモ。すでにこの国は国家の体裁をなしていなかった。皇帝・霊帝は政治に飽きて後宮に籠り、全権を握るガルシア・ゴンザレス元帥がひそかに地球と気脈を通じているという噂もよく耳にする。
北に国境を接する遼北人民国は形骸化した国境線を超えて浸透作戦を実施し、赤化ゲリラの支配地域を拡大していた。地球の反共ゲリラもまた各地で決起し、遼帝国軍ではなく遼北の赤化ゲリラと抗争を始めていた。
もはや形骸となった国。その国の治安を守る外国人。それが三好達武装隊の姿だった。
「最近はやりの『赤ずきん』はいるのか?」
三好はセクトの戦力を説明する若い下士官の言葉をさえぎってそう言った。
『赤ずきん』とは遼州人の一部に存在する能力、『パイロキネシス』を利用しての自爆テロを図る要員を指す隠語だった。
幼い『パイロキネシスト』に因果を含めて敵中央で自爆させる。
この種のテロはこの遼帝国が地球からの独立を図った遼州独立戦争時代から続く陰湿なテロだった。
「虎の子の『赤ずきん』をそうやすやすと使いますかね……連中も遼北の動きは当然理解しているわけだし……」
楠木はそう言って苦笑いを浮かべる。
「当然、ガルシア・ゴンザレスの意向も理解しているわけか……」
三好はそう言って机の中央に投影されたセクトがアジトとしている建物の全体図に目をやった。
「まあ、RPG程度は保有していると考えるべきかと思われます。向こうも遠からず遼帝国の看板がすげ変わった後のことも考えているでしょうから」
やせぎすの下士官の言葉に三好は自虐的な笑みを浮かべた。
「そうだな……遼帝国の皇帝……長くはねえだろうね」
三好は本心からそう思っていた。彼、嵯峨惟基の実の父である遼霊帝が病床にあり、もはや心神喪失状態にあることは諜報機関勤務だった彼には当たり前の話だった。
「すべての失敗を主君に押し付けてクーデターとは……同じデブとしては腹が立つことばかりだ!」
楠木は吐き捨てるようにそう言った。
「それより、副隊長。明日の夜、仕掛ける。段取りを考えよう」
三好はそう言って苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる楠木を諭した。
「分かりました。それじゃあ、段取りは……」
男達の心のスイッチが入ったようにその目に光がともった。三好は彼の部下達が信用に足る男達であることをその様子を見て確信した。