命令書
それから三好は昼間は央都警察武装隊の隊長室で過ごし、午後になるとバー『楽天地』で痛飲する日々を過ごした。
日ごとに敵国、遼北人民国シンパの左派ゲリラや地球圏の工作員達の動向は書面で三好に送られるものの、それ等の多くは諜報機関勤務経験のある三好にすればどれも陳腐で遅すぎるものだった。
しかし、三好は上官の林に頼る気にはなれなかった。
遼帝国治安省にデスクを持つ林だが、三好の経験からしてこういう立場の人間は信用がおけなかった。
遼帝国と甲武国。その間でどちらともつかぬ態度をとっているだろう林が敗戦後の自分の保身のためにこれまでの悪行をすべて自分達に押し付けてくるだろうことは三好の想像に難くなかった。
遠からず訪れる敗戦。
しかし、まだ戦いは終わってはいなかった。
三好は以前知り合った遼帝国の諜報機関のメンバーと極秘裏に接触をとり、ゲリラの動向を探りつつ、林に対しては無関心を装うことで彼が持ってくるであろう『絶望的』な命令書を待つ日々を送っていた。
そして二週間後。ついにその日は来た。
朝、ぼんやりと武装隊隊長室で新聞を読んでいた三好の耳にノックの音が聞こえた。
「来やがった……」
三好は独り言を言った。
扉が開き、真っ赤な顔をした林がよたよたと部屋に入ってきた。
「これは……また女郎屋ですか?ずいぶんとお盛んなことで」
皮肉を漏らす三好の顔を見て林が満面の笑みを向けてきた。
「おい、中佐殿。仕事だ」
林はそう言うと手にしていた封筒を三好の机に叩きつけた。
「ずいぶんと原始的な方法で……」
「知るか!俺は渡したからな!内容は知らん!とっとと仕事にかかれ!」
そう言って林は三好に背を向けて部屋を出て行こうとした。
「内容は知らない……ねえ……前任者は工場の地下組合を襲撃して、野郎は皆殺し、女はレイプにした帰りにその女の中にパイロキネシスとがいて自爆テロでボカチン食らったんでしたっけ?ずいぶんと危なっかしい命令ですね……嫌だねえ……」
厭味ったらしく三好はそう言って林の背中を見つめた。
「それが治安省の依頼内容なんだ……俺のやり方にケチをつけようってのか?」
林は真っ赤に充血した目を三好に向けた。
「いえいえ、僕は現場の判断で効果的な対テロ作戦を遂行したいだけでしてね。あんたの腐った頭じゃ考えられないくらい『効果的』に連中を消したいだけなんですよ」
三好はそう言うと上目遣いに林をにらみつける。
二人はじっとにらみ合いを続けた。
「ケッ!勝手にしろ!」
林はそう捨て台詞を残して部屋を出て行った。
「はいはい、勝手にさせてもらいますよ……勝手にね」
三好はそう言いながら薄ら笑いを浮かべて林の出て行った扉に目をやった。
「脳味噌腐ってんじゃねえか?まあ、俺は好きにやるよ……アンタは手が出せないだろうからな」
そう言って笑う三好の表情は悪魔のそれに似ていた。