屍人の群れ
バーは旧市街の古びたビルの地下にあった。
「ここか……『楽天地』ねえ……甲武軍人の好きそうな店だ」
三好の言うように甲武国の映画スターが和服にビールを持ったポスターが壁に飾られた通路を抜けて思い引き戸を押し開けた。
「ごめんよ」
そう言って三好は狭い店内に足を向けた。
労働者風の格好をした男達が珍しいものを見るような目で三好を迎える。その中でも奥でビールと山盛りのから揚げを食べている巨漢の男と目が合った。
「ここは一見さんお断りの店でね」
蛇のような目で大男は三好を見つめた。
「その態度……兵隊だね」
そう言いながら三好は男の隣に腰かけた。
「聞いてなかったのか、ヘタレ軍人!ここは俺等の巣窟なの!」
「軍服で出入りすんじゃねえよ!酒がまずくなる」
三好の肩越しに店にたむろするガラの悪そうな男達の罵声が響く。
「黙れ、糞野郎」
でっぷりと太った男はそう言うと笑顔を三好に向けた。
「うちの隊長が先週死んでね……アンタだろ?次の隊長は」
相変わらず眼だけは笑っていないでっぷりとした男の笑顔を見ながら三好は静かにカウンターに腰を掛けた。
「どうやらそうらしい……電気ブランを一杯」
三好はそう言うとにやりと笑って見せた。
「ずいぶんと安い酒を頼むじゃねえか……士族の出にしちゃあ面が高貴に見えるね」
太った男の言葉を笑いで聞き流すと三好はバーテンからグラスを受取る。
「どうとでも取ってくれ。俺がどうやらアンタ等の次の隊長らしいや」
そう言うと三好は一息でグラスの液体を飲み干した。
「いい飲みっぷりだな。名前は?」
太った男に問われた三好は静かな笑顔を男に向けた。
「三好……三好大造。階級は中佐だ」
「三好か……俺は楠木って名乗ってる。まあ、本名は聞かねえでくれ。うちは死人しかいねえ部隊だからな」
「死人?」
三好は怪訝な顔を楠木と名乗った太った男に向けた。
「知らねえのかよ……うちはな、軍の手違いで戦死通告が家族に送られた奴ばかりで構成されてるんだ……帰る場所もねえクズだけの部隊……使い捨てのごみクズさ」
太った男の笑みに合わせて周りの男達も下卑た笑みを浮かべる。バーテンまでもがそれに合わせるように笑っていた。
「そうか……戦況から考えれば当然か……」
三好は独り言のようにそう言うと空のグラスをバーテンに掲げた。
バーテンが次の電気ブランを三好に手渡す。三好はまた一息でそれを飲み干した。
「それより、俺達がどれほどのワルか……聞かねえのかよ」
楠木の問いに三好はあいまいな笑顔を浮かべるだけで静かに首を振った。
「知ってるよ……処刑、暗殺、強姦……まあ、最後のは止めとこうや……俺そう言うのきらいなんだ」
三好はそう言って楠木に笑いかける。
「あの林とか言う連絡将校の趣味だからな……俺達が好きでしているわけじゃねえ」
「なら、俺がどうにかする。俺達は純粋な『暴力』であるべきだ」
そう言って笑いかける三好を男達は珍しい生き物を見るような視線で見守った。
「純粋な『暴力』?」
一人、やせぎすの男がそう言って三好に詰め寄った。
「そう……純粋な『暴力』。本来治安部隊とはそうあるべきだと俺は思っている。正義をかざすモノには純粋な『暴力』で立ち向かうよりほかにない……そうでなければ俺達は人でなしになる」
「俺達が人だって?俺達は死んでるんだぜ!人になるなんざ無理な話だ!」
男の笑い声はすぐに周りに伝染した。笑い声を浴びながら三好は静かに電気ブランを傾ける。
「いいじゃねえか。純粋な『暴力』。意思は恐怖と痛みでねじ伏せる……俺等には向いた仕事だ」
楠木はそう言うとから揚げを口に運ぶ。
「おやっさん……こいつを認めるんですか?」
やせぎすの男の言葉に楠木はにやりと笑った後、静かに視線を三好に向けた。
「認めるもなにもねえな。それが軍と言うもんだ」
楠木の言葉を聞いて三好は初めて感情のこもった笑みを浮かべた。
「三好……隊長……」
男達は静かに新たな隊長の着任を確かめるような敬礼を三好に向けた。
「貴様等の二度目の死に場所は俺が決める……それまで無駄に死ぬな」
三好はそう言って電気ブランを飲み干した。