死亡通知
シャトルは静かに着陸態勢に入ろうとしていた。
男はそのビジネスクラスの大きめの椅子に腰を掛けて着陸前にメールのチェックをしていた。
「俺は……道化だな。まるで」
自分を卑下するような笑みが男の顔に浮かんでは消える。
男が見ていたのは二通のメールだった。
一通は彼の妻からのもの。そして、もう一通は軍からの報告書だった。
妻からのものは簡単なものだった。
内容は好きな人ができたので離婚を申し立てたい、というものだった。
男、嵯峨惟基は身重の妻を置いて戦地をめぐっていた。しかし、彼の妻、エリーゼはかつて『社交界の花』と呼ばれた情の移ろいやすい女だった。
そのことは嵯峨自身がよく知っていた。彼より5歳年上の彼女の気まぐれで情交をもって子をなした時、嵯峨の義父に押しかけるようにして妻となったのは彼の所属する甲武国軍ではジョークを交えて語られるエピソードだった。
ある意味覚悟はしていた妻からのメールを読んで苦笑いを浮かべた嵯峨の表情から突然笑いが消えたのは、軍からの報告書が目に入ったからだった。
それはテロ事件の報告書だった。
治安関係に明るい嵯峨にそのような報告書が回ってくること自体は決して珍しい話ではない。だが、その報告書に目を通す嵯峨の表情は完全に凍り付いていた。
テロ事件。しかも、軍部の戦争遂行派の勢力が介入したと思われる事件のターゲットは彼の義父である、西園寺重基元首相とその家族を狙ったものだった。
西園寺重基はこの戦争、『第二次遼州戦争』、甲武国においては『祖国再建戦争』に反対する論客として軍部からマークされている危険人物とされていた。
8年にわたり首相を務めた直後に潔く政界を引退した重基は『民派』と呼ばれる政治勢力の後見人と目される人物として知られていた。
他国の人をして『大正ロマンあふれる国』と揶揄されることもある甲武国において、『デモクラシー』を推し進めようとする重基の存在は、軍部、官僚、政治家にとっては目障りなものだった。
地球圏や中立国家『東和共和国』の求める民主化を拒否し、ファシズムに突っ走るゲルパルト帝国や遼帝国と同盟を結び、外惑星連邦と領土争い突入しようとする中、それに傾きつつある世論に真っ向から反論する彼が開戦の三年後の今まで牢獄にもつながれずにいることが不思議だったことは嵯峨にも理解できた。
重基はいつもの朝食を取るべく、宿泊先のホテルで嵯峨の妻エリーゼと娘の茜、嵯峨の兄で謹慎中の外交官義基の娘かなめと出会ったところで植え込みに隠されていた爆弾で攻撃されたと報告書には書いてあった。
結果、嵯峨の妻エリーゼは姪のかなめをかばって爆死。かなめは脳と脊髄以外のほとんどの部位を失って重体。重基も片足を失ったと報告書には記されていた。
「家族のために戦争をしているはずが……家内が先に死ぬのか……しかもその家内の心はもう俺のものじゃなかった……」
嵯峨は笑っていた。
彼は陸軍大学校の卒業式で主席として答辞を行う際に反戦演説をぶったことがあった。
そんな戦争嫌いな軍人の彼には妻の死とこれから向かう任地での非情な内容の任務が待っている。
「俺はとことんついてねえらしいや」
自分を笑い続けながら嵯峨はそう言うと静かにシートベルトを締めた。
「今回の偽名は……三好……三好大造か……まあ、名前の名乗れる仕事じゃねえのは確かだからな」
そのまま嵯峨はシートにみを沈める。シャトルはゆっくりと遼帝国の帝都である央都の空港へと降下していった。