17.折れない心
ヴァルターの登場は、怪我の治療のための小休止を意味するはずだが、レイアは「訓練の中断」と聞いていないので、治療に専念して油断しているところを襲ってくるのではないかと警戒を強めた。
「さっさと、治療せい」
「離れてください」
「気が散るか?」
「いえ。訓練中ですから」
ヴァルターは、腕組みをして背中を向ける。至近距離を保つ彼の行動が気になるレイアは、右手を突き出して風の魔法を発動すると、彼は突風を躱して空を飛んだ。
「やれやれ。嫌われたか」
五メートル上空でフワフワと浮く甲冑姿のヴァルターは、背中を向けたまま肩を竦めるが、レイアは容赦なく突風をお見舞いする。だが、これも軽々と躱された。
ならば、これはどうだとばかり、風の攻撃を連発するが、宙を飛ぶ銀色の甲冑は嘲笑うように悉く避けて、擦りもしない。しかも、背中を向けたままだから、憎たらしい。
そろそろ目眩が酷くなってきて、レイアが魔法の限界を感じていると、
「呆れた量だな、お前のマナは」
ヴァルターはそう言って、二十メートルほど離れた場所に着地し、クルッと体をこちらに向けた。レイアは、自分の限界を悟られないように毅然とした態度を保ち、彼が反撃に出るのを待ち構える。だが、教官は鬼ではなかった。
「訓練は一時中断。いくらお前でも、マナは無尽蔵にないだろうから、早く治せ」
「――――」
「儂は治療中のお前に手を出さん。――と言えば、納得するか?」
そうは言われても安心できないレイアは、腕組みするヴァルターの様子を窺いながら、地面に転がっている自分の左腕へ右手を伸ばすが、視界がぼやけてしまう。
傷口から流出するマナの量を甘く見ていた。
魔法の連続発動で、マナ不足は尋常ならぬ状態のようだ。急がねば。
気力を振り絞って左腕を拾い上げる。鋭利な刃物で切り落とされた自分の腕の切断面が、鶏肉みたいな薄いピンク色に見えたが、それはもう色の塊でしかない。
視覚がヤバいことになっている。このまま倒れ込んでしまうのではないかと思うと、ゾッとする。
感覚を頼りに、腕の切断面と肩の切断面を合わせて、いざ治癒魔法を発動と思ったが、右手は左腕の真ん中を掴んでいることに、今更ながら気付く。
やむなく、右を下にして横向きに寝転がり、左腕のずれを直して、体の揺れで腕が転がらないように注意しつつ、右手で治癒魔法を発動。
こんな不格好な治療を見て、兜の中でヴァルターは笑っているのだろうか。でも、遠くで銀色の光の塊でしかない彼の姿は、腕組みしていることすら分からない。
『これも、訓練の一環なんだろうなぁ……』
もし敵に襲われて、腕が切り落とされたとか引きちぎられたとしたら、どう対処するか。敵は、今のヴァルターみたいに、待ってはくれない。反撃している暇はないから、とにかく逃げて治療に専念すべきだろう。
――きっと、こんな格好で。
腕を切り落とされたが、出血はしなかった。アドルフから治癒魔法の訓練を受けた際に、アドルフが自分の腕を引きちぎった時は、切断面から出血していた。あれは演出だったのだろうなと回想していると、徐々に視界が鮮明になってきた。
マナが補充されて、回復してきたようだ。さすがに、精霊界のマナの量は半端ない。マナの海の中にどっぷり浸かっているようなものか。
上半身を起こして、左手の指を動かしてみると、意図した通りに動く。治癒魔法を停止して右手で肩を触ると、左腕がしっかり繋がった感じがする。
改めてヴァルターの方を向くと、いつの間にか彼はサーベルを手にしていた。いつでも訓練再開の様子だ。
レイアは、スッと立ち上がり、白いドレスの土埃を両手で払う。
「治ったようだな」
「はい。今度は負けません」
言っておきながら、こうも自信たっぷりな自分に、レイアは驚いた。
――なぜだろう。
今までのシュミット達の訓練が、生ぬるく思える。
――どうしてだろう。
ヴァルターが擬態したはずの偽アドルフ相手に、大敗を喫しても、心が折れなかった。
いつもの気弱な性格も、怖れも迷いも、訓練中に全部吹き飛んだのか。
緊張感のある訓練が、心地よい。
「その意気込み、本番でも忘れるなよ」
「はい」
レイアの返事が訓練再開の合図となり、ヴァルターはサーベルを頭の右側に持ち上げる。そして、切っ先を牛の角のようにレイアへ向けて、突進を開始した。




