16.敗北
――そう来たか。
身内だと思って、完全に騙された。
迂闊の典型。笑うしかない。
人間なら精霊界にいるはずがないから、偽物だと即座に気付いたけれど、微精霊のフリーダがいつものように喜びながら近づいてきたので、疑いもしなかった。
その結果がこれだ。
まさかの偽物登場で一本取られたという訳。
突き抜けた槍で胸に穴が開いたレイアは、仰向けに倒れながら、自分の不甲斐なさに臍を噛む。
大地の上で弾む自分の身体に伝わる硬い岩の感触。竜巻の影響が残っているのか、部分的に渦巻きを緩やかに描く黒雲を見ながら、無意識のうちに右手を胸に当てて治癒魔法を発動した。
緑色に輝く魔方陣が、右手と胸との間で、柔らかくて暖かい光を放つ。
胸を槍で貫かれたのだが、出血はない。だが、クラクラする。おそらく、傷口からマナが漏れ出ているのだろう。早くしないと、マナ不足で意識が朦朧になりそうだ。簡単には傷口が塞がらないので、右手に力が籠もる。
敗北による訓練終了の宣言が出ていないから、まだ訓練中のはず。ならば、この無残な姿を晒している隙に、新たな敵が出現する可能性がある。なので、治療は最優先だ。
寝転んだまま頭を動かして辺りを確認したが、偽フリーダが擬態した槍は見えない。本当に消えたのか確認するため、胸に手を当てたまま上半身を少し起こして背後を見る。
すると、五メートルほど先で、不意に青い人影が空中から湧き出てきた。
群青色のミディアムヘアに同じ色の瞳を持った、面長で雪肌の美少女。青色で長袖のワンピースが、風もないのに靡いている。彼女は、バレエのトーシューズに似た形の青い靴で、近くにあった高さが五十センチメートルほどの岩を蹴って、粉々に砕く。
「何、のんびり寝ているの? この岩みたいになりたい?」
銀鈴の声で物騒な問いかけをするのは、大精霊ヒルデガルトの側近の一人、群青のアドルフだ。
きっと、変身して、紺色のマントを羽織る白い軍服姿の美丈夫になり、剣を振り回すのだろう。氷の剣で応戦することになるが、勝てる相手とは思えない。
本物のアドルフかどうか迷うところだが、訓練が継続中である事と、偽フリーダにやられた直後でもあるので、目の前のアドルフは偽物だと判断し、即座に立ち上がる。
だが、偽アドルフの変身は、レイアが体を起こしたのと同時だった。
変身の直後、空中に光の粒を纏う銀色のサーベルが出現。
冷酷な光を放つ得物を手にした男アドルフは、口角を吊り上げ、目にも留まらぬ速さで接近して突きを繰り出す。
治療を中断したレイアは、左へ五メートル跳躍してアドルフの突剣技を回避。氷の剣を手にして戦う選択肢は捨てていたので、得意の風の魔法を両手で繰り出そうと構えたが、目の前を通過するはずのアドルフは、完全に動きを読んでいたのか、地面を蹴ってこちらへ向かって跳んでくる。
宙に浮いた彼は、両手でサーベルの柄を握って、振りかぶった。
彼の剣捌きは尋常ではない速さだったのを記憶している。巨木を一瞬にして無数の木片に切断したのを、目の前で見たのだ。
でも、そんなのは関係ない。こちらの魔法の方が早い。
レイアは、轟音を伴う突風を偽物にぶつけた――はずだった。
「――っ!」
アドルフは、空中で見えない板を蹴るようにして、上方へ回避。
これは、相手の読みを讃える必要は無い。当たり前だ。両腕を突き出して、風の魔法を使うぞと体が宣言していたのだから、モロバレである。
慌てたレイアは、両腕を斜め上に伸ばして、透明の結界を展開。
放物線を描くアドルフが、落下しながら剣を振り下ろす。
ギーン!
鋭利な刃の圧力を結界が受け止めて、金属音が鳴り響く。
だが、アドルフは不敵の笑いを浮かべた。
ピシピシッ!
結界越しに彼の顔を見るレイアは、ひび割れの音にゾッとする。
バリン!
結界が砕け散る。
レイアは右へ回避。だが、剣は振り下ろされた。
「――――!」
声にならない悲鳴。
肩から切断された左腕が、ドサッと音を立てて地面へ落下した。
目眩で膝を折るレイアは、地面に転がる自分の左腕を放心状態で見つめた。
「早くしないと、消滅するぞ」
「――――」
「儂は治さん。自分で治療しろ」
嗄れた声が頭の上に降り注ぐので、レイアが顔を上げる。
そこには、甲冑の尖った鼻先をこちらに向けるヴァルターの姿があった。




