14.訓練は突然に
「訓練は、灰色のシュミットさんが行っていたような訓練でしょうか?」
厳めしい顔付きのヴァルターからひしひしと伝わる地獄のような訓練ではなく、出来ればシュミットみたいに半ば放任主義的な、ゆるーい訓練を期待するレイアは、ついつい願望を口から漏らす。
「ん? 腑抜けの彼奴の教え方と同じにするでない。儂は儂のやり方で訓練するぞ」
「はあ……」
「ビシバシとな」
ヴァルターは、怒っているような顔をする。結果的に、シュミットとの比較を不愉快に思う相手の心に火を付けてしまい、余計なことをしたと後悔する。これが顔に出てしまったらしく、
「何か不満か?」
「――いえ、不満と言うよりは、白のエルザさんともお別れなのかなぁと思いまして」
咄嗟に思いつきで理由をこじつけると、ヴァルターは、聞き慣れない名前に首を傾げる。
「誰だ、そいつは?」
「灰色のシュミットさんと私と一緒に精霊界へやって来た、人造精霊です」
「彼奴と来た人造精霊? 人造精霊如きが何故ここへ?」
正直に答えたのだが、ますます相手の癇に障ったようで、ヴァルターは眉間の皺を揉む。
「白のエルザは清めの泉へ、灰色のシュミットは癒やしの泉へ行きましたよ」
背後から大精霊ヒルデガルトが優しく声をかけるが、レイアには彼らが自主的に行ったと言うよりは、自分と同じく、それぞれの泉へ大精霊の魔法でワープさせられたような気がしてならない。
「ついでに、レイアは心配で仕方ないと思いますが、あのアメリアは回復しましたよ」
完全に、胸中を見透かされている。アメリアの笑顔を見て彼女の元気な声を聞くことなく精霊界へ戻ったことが心残りで仕方なかったのだが、その気持ちが顔に滲み出ていたのだろうか。千里眼の能力の持ち主は、読心術も心得ているらしい。
「安心しました」
そう言っておきながら、心にまだ閊えているモヤモヤを感じつつ、レイアは体ごと振り返って大精霊に一礼した。
やはり、笑顔のアメリアを見たかった。ほんの少しでも良いので、感謝もされたかった。時間があれば、馴れ初めとか将来の夢とか聞きたかった。それらに要する時間は、側近見習いが如何に火急の用事であろうとも、割かれても問題ない程度のものだったはず。
今すぐにでもこの短時間をもらえれば消えるはずの心残りが、ムクムクと頭を擡げると、
「さあ、始めるぞ」
ヴァルターの一言で、辺りの景色が瞬時に激変する。
「――――」
大精霊も教官ヴァルターの姿も小屋ごと消え、暗雲が不気味な起伏を伴って垂れ込め、岩だらけの灰色の大地が地平線まで広がる。
吹き荒ぶ風は生暖かく、幾多の獣の臭いを運び、黒髪ロングヘアとドレスを激しく靡かせる。
と、突然、視界を埋め尽くさんばかりに、異形の魔獣の群れが空中から出現して周囲を取り囲む。
人、虎、豹、大蛇等、既知の姿も散見されるが、多くは見たこともない四つ足動物や、二足歩行の生物。いずれも、神が気まぐれに創造し、あるいはパーツをランダムに組み合わせて作った生き物達が魔獣に堕ちたのではないかと思えてくる。
彼らは一様に双眸だけが金色に目映く輝き、刃物のように鋭い牙を剥いて、喉を鳴らす声が重なり合って大地をも震わせる。
この絶望的な状況に、レイアは未練が霧散して、全身が恐怖に抱かれた。
勇気が萎み、士気が坂を転げるように低下した彼女だったが、パニックに陥る寸前で、急に閃いた。
――これが、ヴァルター式の訓練。
いきなり、一人で何十もの敵を相手にしなくてはいけない状況に投げ込み、どう対処するのか、反応を見る。
「なるほどね」
これが新教官のやり方なのだと、冷静な目で状況を捉えた途端、魔獣は「所詮は作り物」と思えてきて、全身に絡みつく恐怖を振り払うことが出来た。
ジリジリと距離を詰める魔獣の動きが画一的で、ヴァルターの操り人形に見えてくる。彼が魔法で背後から操作しているのかと思うと、鼻で笑いたくなる。
こうなると、立ち直りが早く、平常心を取り戻せた。これには、レイア自身も驚いたほど。
「さあ、覚悟はいい?」
彼女は、自分の魔法回路に意識を集中。
そして、全身全霊を打ち込んで風の魔法を発動した。




