12.新たな教官
大精霊ヒルデガルトの言葉に理解が追いつかないレイアは、大きく目を見開き、口をぽかんと開けた。
自分は、大精霊からの帰還命令に対して、途中で道草を繰り返した。人助けとは言え、寄り道の許可をもらわずに勝手な行動を取ったのだから、間違いなく叱られるはず。でなければ、精霊界へ足を踏み入れた途端に、自分だけが大精霊の部屋へワープさせられた意味が分からない。
なのに、「側近の見習いになれ」と、何の説明もなく言い渡される。
「時は急ぎます。今から、訓練です」
そうは言われても、何を急いでいるのか、何故訓練をするのかが分からない。そのくらいは察しろ、とでも言うのだろうか。
レイアは忙しく頭を回転させて推測し、念話を思い返して大精霊が急ぐ理由を聞き漏らしたのではないかと思ったが、理由を聞いた記憶が無い。
ますます不可解だ。レイアは、大精霊の意図が理解不能な状態に陥って石像のように固まっていると、
「嫌ですか?」
嫌も何もない。思わず、そう口走りそうになったレイアだが、
「い、いいえ。いきなり、そう言われても――」
「まあ、驚くでしょうね」
大精霊が、悪戯っぽく笑う。いきなり想定外の命令を受けて困惑しているのを、楽しんでいるかのようだ。レイアのリアクションを待っていた大精霊ヒルデガルトだが、相手が沈黙するのを見て、小さく息を吐く。
「実は、側近の一人――桃色のヘレナがグローベの連中にやられて、消滅したのです」
「――――」
「レイアは、かなり実力を上げました。さらに訓練を積めば、もっと強くなるでしょう。それでも、いきなり側近では荷が重いでしょうから、見習いと言うことで、私に仕えるのをお願いしたいのです」
――そういうことか。
側近の欠員を埋めたいのだ。やっと腑に落ちたレイアは、精霊界で側近達に訓練を施された時の事を思い浮かべた。
あの時は、目の前に、コボルトの「灰色のシュミット」、ドラゴンの「金のジークムント」、熊の「茶色のヘルマン」、美少女の「群青のアドルフ」がいた。これで四人。今は人間界にいる美少女「紅のエルリカ」、猫というより毛玉になっている「白のクルツ」、そして兎人族の姿をした「栗色のランゲ」。これで七人。あと二人は紹介されていなかったし、名前も聞いていなかった。
その二人のうちの一人――桃色のヘレナが消滅したと言うのだ。
「桃色のヘレナさんって、どんな姿をしていたのですか?」
「それを訊いて、どうするのですか?」
確かにそうだ。消滅した精霊、しかも見たこともない精霊の事を訊く自分は、単なる好奇心しか持ち合わせていなくて、相手に対する同情心が湧いたわけでもない。今は、色の感じから、人型なら女性、さもなくば可愛らしい動物でも想像しておこう。
「確か、側近は九人いると聞きました」
そう言って、レイアは七人の名前を挙げて、最後にヘレナを付け加えた。
「あと一人は、誰なのでしょうか?」
これには、さすがに「それを訊いて、どうするのですか?」とは言ってこないだろうと思っていると、
「後ろにいます」
「――――」
反射的に振り返ったレイアは、いつの間にか真後ろに気配もなく立っている甲冑姿の小人に驚いて飛び上がった。
身長が一メートルにも満たない小人は、銀色に輝くプレートメイルのような鎧を身に纏っている。アーメットに似た兜がレイアを見上げ、嘴のように尖った部分が顔に近づいて来たので、彼女は思わず後退りした。
「こいつか? 見習い精霊から、一気に精霊へのし上がった奴は?」
「ええ、そうです」
嗄れ声の小人の問いに対して、大精霊が自慢げに答える声を背中に聞きながら、レイアはこの小人がドワーフの姿の精霊ではないかと想像した。
「名前は?」
「レイア・マキシマです」
「人間みたいな名前だな。色はないのか?」
「はい」
「精霊っぽくないな。黒のレイアでいいと思うが、……まあ、いい。訓練は好きか?」
「物に寄りますが」
「正直で良い」
笑いながら話しているのか、兜の中で愉快そうな声がする。全身が甲冑姿なので、気難しそうな感じがしたが、案外親しみやすいのかも知れない。そんな小人が、両手で兜を脱ぐと、皺が深く刻まれた赤銅色の老人の顔が現れた。頭髪はもじゃもじゃの銀色で、長めの口髭も顎髭も銀色。
「儂は、銀のヴァルター。よろしくな、レイア」




