11.側近見習い
その後、レオは未来の母親――アメリア――の自慢話を語り始める。
「アメリアって、つよいんだよ。だから、あこがれているんだ」
「そうなんだ。憧れているのね」
まだこの段階で、自分がアメリアと行動を共にした事があるとは、言っていいのか判断が付かず、レイアは、レオの憧れの方に相槌を打って返事をする。
「だからね。ぼく、せいれいつかいになるんだ。だから――」
レオが、自分の話に耳を傾けてくれる精霊の声の方へ顔を近づける。
「けいやくしてほしいんだ」
「――――」
「ねえ。さきに、ぼくと、けいやくできないの?」
「何故、私と?」
「そうしたほうが、いいって、かんじるから」
精霊使いの素質がある少年の直感なのか。
レイアが、これに対してどう回答しようかと悩んでいると――、
『レイア。今すぐ、精霊界へ戻りなさい』
大精霊ヒルデガルトの念話がレイアの頭の中に鳴り響く。まるで、真後ろから語りかけられたようで、ギョッとした彼女は、ただならぬ雰囲気を感じて即答する。
『はい』
うっかり、レオへ「いいわよ」と返事するとでも大精霊は思ったのか。会話を打ち切るように念話で語りかけてきたのは、何か理由があるのだろう。レイアは、そろそろ怒りを爆発させそうな大精霊に寒気を覚えて、
「ごめんなさい。今、大精霊様に呼ばれたので、帰るわね」
「えっ? だいせいれいさまに、よばれたって? でも、こえは、しなかったよ」
「精霊同士は、声を使わないで会話することもあるの」
「そうなんだ。ざんねんだなぁ……」
レオは、一旦目を閉じて悔しさを噛み締め、また目を開けてレイアの声がする方向を見つめる。
「また、くるよね?」
「ええ」
「ぜったいだよ!」
「――――」
「やくそくだよ!」
「アメリアさんが起きてしまうから、大きな声を出さないで」
「ごめんなさい」
「じゃあ、またね。ゆっくりお休みなさい」
目を潤ませるレオに背を向けて、レイアは部屋を出た。
それから、ヘルマン達にレオが目覚めたことを伝えてから、精霊界へ戻ることを告げたレイアは、屋敷を出て、クリストフ達が待っている所へ急ぐ。
アメリアの家の裏手へ行くと、ドラゴンが地面に伏せて羽を休めていた。レイアの登場に、暇そうに草の上で座っていたエルザと、結界に包まれたフリーダを肩に乗せたシュミットが顔を上げる。
「遅いわよ、何してたの?」
「大精霊ヒルデガルト様に呼ばれた?」
「はい」
「じゃ、急ごう」
魔法でレイアとエルザを浮き上がらせてクリストフの背中に乗せるシュミットは、フワッと跳躍して自分も背中に乗って胡座を掻く。それから、透明の結界で自分を含めて三人を包み込み、クリストフに全力で飛行するように指示を出し、一行は精霊界へ急いだ。
まだ夜が明けないうちに精霊の森の近くへ到着したレイアとエルザとシュミットは、シュミットの魔法で、一気に精霊界の門――実際は、門番のミノタウロスが立っている場所――へ移動する。瞠目するレイアは、シュミットへ振り返った。
「こんな一瞬で、ミノタウロスさんの所まで移動できるのですか?」
「ま、自分を入れて、五人までだけどね」
エルザ、レイア、フリーダがいるから、あと一人までは大丈夫そうだ。ニヤッと笑うシュミットの顔に自慢げな様子を見たレイアは、微笑んだ。
それから、門番が精霊の門を開き、三度目でもう慣れた漆黒の闇の通路を歩く。その足取りは、大精霊から何を言われるか、気が気でないレイアの歩く速度が遅いので、みんなも遅れがち。
「さっさと歩きなさいよ」
「ご、ごめんなさい」
エルザに急かされて早歩きになるも、向かう先に見えてきた丸い光が徐々に大きくなってきて緊張し、また遅くなった。
光の向こうで、我慢の限界だと言わんばかりに、怒った顔の大精霊が草原で仁王立ちして待ち受けているのだろうか。
そう思うと、足が止まる。
寄り道も甚だしいと叱責されるのは必須だろう。
実際、勝手な行動をしたのは、この自分だから、やむを得ないが。
「ほらほら、行くよ」
シュミットに背中を押されて、蹌踉けるようにレイアは歩み出す。
そして、大きな丸い光の中へ足を踏み入れた途端――、
「――――?」
レイアは、草原ではなく、見覚えのある部屋にいることに気付いた。山小屋の中のようで、床は板が何枚も張られ、壁と天井は丸太で、木枠の窓から明るい日差しが斜めに差し込んでいる。
大精霊ヒルデガルトの部屋だ。でも、机も椅子もない。がらんとして、空き家のよう。
辺りを見渡すレイアは、エルザとシュミットの姿がないことに気付く。
自分だけ、大精霊の部屋に瞬間移動させられた。
と言うことは、それだけ急用なのだ。
全身に緊張が走ったレイアは、部屋の真ん中に、突然、人が現れたので、気が動転し、後退りした。
その人は、背が高く、羽衣のようなドレスを纏い、亜麻色のロングヘアで丸顔、知的に輝く緑眼の女性。
大精霊ヒルデガルトだ。
いつもなら、桜色の唇に微笑みを湛えているのだが、今は真顔。
これだけで、背筋が凍り付く。
「レイア」
「は、はい!」
アルトの声で自分を呼ぶ大精霊。いよいよ怒られると思って、目をつぶるレイアだったが、大精霊が何も言わないので、ソッと目を開ける。
すると、桜色の唇が綻んでいる。なぜここで微笑むのか理解できないレイアは、「ちゃんと言うことを聞きなさい」、「寄り道をしない」、「真っ直ぐ精霊界に帰りなさい」と優しく叱るのだろうかと思っていると、
「お願いがあります」
お願いって、「ちゃんと言うことを聞きなさい」とかだろう。ああ、やっぱり、怒られる。覚悟したレイアは、大精霊の次の言葉を震えながら待つ。
だが、室内に響いた声は、全くの想定外だった。
「私の側近の見習いになりなさい」




