10.転生したレオナール
異世界で聞くとは思いも寄らなかった懐かしい名前、レオナール。
それは、レイアにとっては同級生の、原島レオナールだ。
フランス生まれで金髪碧眼、在日十年で流暢な日本語を操る彼は、小説が大好きだった。
同じ趣味を持ち、同人誌即売会から仕入れてきた本で、ゆみちんと一緒によく盛り上がったもの。
記憶の引き出しから溢れてくる映像に浸っていると、彼と交わした会話まで蘇ってきた。
「ああ、転移魔法が使えたらなぁ。別の店までひとっ飛びに行けるのに」
「魔法使いになりたいんだ」
「いや、なるなら精霊使いだな」
「精霊使い? なぜ?」
「だって、精霊ってめちゃくちゃ強いんだぜ」
そうだ。この会話の後、精霊について議論を戦わせ、喫茶店を出てから少しして、前世の記憶が途絶えている。
自分とゆみちんは、交通事故で死んで、この異世界に見習い精霊として転生した。
一緒に歩いていたレオナールがどうなったかは分からなかったが、レオが思い出してくれた夢から推測して、彼も事故に遭って、転生してレオになったのだろうか。
いや、レオに乗り移ったと言った方が正しいのかも知れない。
「『れおなーるだ』っていう、ぼくがいて、『ちがうよ、レオだよ』っていう、ぼくがいて。へんだよね、こんなゆめ」
「ううん。変じゃないよ」
「そうかなぁ……」
レオは、唇を閉じて、フーッと鼻で息を吐く。
「夢は、前から見るの?」
「ちがうよ。さっき、みた」
これで、レオナールが転生して赤ん坊からスタートした可能性はなくなった。
「姫とゆみちんと、どんなお話をしたの?」
「よくわからない。ことばが、わからないから」
「例えば、どんな言葉?」
「うーん……。わすれちゃった。ごめんなさい」
「ううん。いいのよ」
笑顔から真顔になったレイアは、苦悩する。
目の前にいるレオが、原島レオナールの転生後の姿に見えるからだ。
彼とこの異世界で一緒にいたいと熱望するが、それには、二者択一を迫られることになる。
ヨーコとの契約の約束を果たすべきか。十年間待って、晴れて十五歳になったレオと契約すべきかだ。
堂々巡りから抜けられず、頭の中がジーンとしてくる。
「ねえ」
まだ話の続きがあるレオが、心ここに在らずといった体のレイアの方を向いた。勿論、レオにはレイアの姿は見えず、声がする方向を向いただけだが、彼女をドキッとさせるには十分だった。
「何?」
「なまえ、もういっかい、いって」
さっき、言ったはずなのに、もう忘れたらしい。でも、レイアは、優しさを込めて名乗る。原島レオナールへ語りかけるように。
「レイア。レイア・マキシマよ」
突然、レオが驚いた様子で、目を見開いた。この反応に、レイアまで驚愕が伝染する。
「おかおを、みせて」
「――――」
「せいれいって、ひかりをだせるよね? ねえ。おかおを、みせて」
レオの姿にレオナールを重ねるレイアは、ブルッと震えた。でも、今の自分の顔は、彼から「姫」と呼ばれていた前世の顔とまるで異なる。同じなのは、黒髪ロングヘアだけだ。
レオがレオナールの声で「逢いたかった」なんて言うはずはないが、万万一、言ったらどうしよう。そんな馬鹿な、あり得ない事だ、と笑い飛ばせない。現に、こうして異世界で奇跡的に出逢っているのだから。
「ねえ。だめ?」
「ううん。待ってね」
落ち着け自分、と言い聞かせるレイアは、火の魔法で、右の掌に蝋燭の炎に似た光を出現させた。弱い光でも、闇の中に現れた光は、顔を映すには十分な役目を果たす。
「これでいい?」
「――――」
真顔のレオが食い入るように見つめてくる。その視線が、とてもくすぐったい。数秒後、眼球が動き、視線は顔、首、肩、胸と下に降りていき、また顔に戻る。
しばらく凝視していたレオは、微かに唇を動かしたかと思うと、みるみる両目に涙を浮かべた。
「あれ? なんで?」
「――――」
「なんで、なみだが、でるの?」
「――――」
「ごめんなさい。せいれいのおねえちゃんが、こわいんじゃないよ。でもね、なみだが、とまらないんだ」
両手の甲で涙を拭くレオの姿に、レイアも貰い涙で視界が滲む。
「なんかね。ぼくのなかで、れおなーるがね、ないているんだ」
「――――」
「かなしいんじゃないんだって。うれしいんだって。それで、なみだが、でるの」
「夢の中のレオナールが?」
「ちがうよ。ゆめのなかじゃない。いま、れおなーるが、ぼくのなかに、いるの」
レオは、「ここに」と言って、右手で掛け布団の上から心臓の辺りをポンポンと叩いた。
今、レオの心の中にレオナールがいて、嬉し涙を流している。そう思っただけで、レイアの涙腺は崩壊し、涙は滂沱と流れ落ちる。
「なんで、うれしいんだろう? へんだよね? はじめて、あったのに」
「ううん。違うと思うの」
「なんで?」
頬を左手の甲で拭ったレイアは、レオに顔を近づける。
「昔、どこかで、会ったことがあるのよ」
「ほんと?」
「うん。きっと、そうよ」
「ぼく、おぼえていないよ。ごめんなさい」
「ううん。大丈夫。謝らなくていいわよ」
レオは、涙で頬を濡らすレイアが笑顔になったのを見て、手の甲で涙を拭いてニッコリと笑った。




