8.少年レオ
いくら名医レイアが治癒魔法を使えるとは言え、回復に向かった病人にハンスが煎じ薬を飲ませてしまった事は、ヘルマンとゲオルグにとって、新たな心配の種になった。こうして話をしている間に、容体が急変するかも知れない。かと言って、レイアとアデリナの二精霊を含めて五人がスタンバイするには、あの部屋は窮屈だ。
そこで、ハンス、ヘルマン、ゲオルグの三人が交代で二人の様子を覗きに部屋へ行き、残った二人が仮眠を取る事で話がまとまりかけた。だが、レイアは、挙手をして、自ら寝ずの番をする事を宣言する。
「私は精霊で、眠ることはありませんから。朝まであの部屋にいます」
名医が朝まで付きっきりの看護を買って出た事で、三人が安堵すると、ヘルマンが家の外から人の声がする事に気付いて、耳を澄ました。
「僕の名前を呼んでいる気がする」
「あれは、俺のマリアの声だ」
「何があったのだろう?」
マリアとは、アメリアの母親の名前。ゲオルグは、自分の不在の間に家で何かあったと思って不安になり、ヘルマンと一緒に戸口へ向かう。だが、しばらくすると、ガヤガヤと声が聞こえて、笑顔のヘルマンとゲオルグが部屋へ戻ってきた。
「そう言えば、見舞客が後から来ると聞いていたね。すっかり、忘れていた」
頭を掻くヘルマンは後ろを振り返り「ドラゴンはどこに置いてきた?」と尋ねる。
「川に近い空き地です」
「川の向こうに着地させれば良かったのに」
「あっちは、グリューンブリュン大公国だから、騒ぎが大きくなるよ」
シュミットとエルザの声だ。やっと、到着したらしい。にっこりと笑ったレイアが立ち上がる。
「うちの裏の空き地だけど、いいわよね?」
「ああ、構わない。それより、マリア、あの子――あの精霊がアメリアを治してくれたんだよ」
ゲオルグの後ろから、熟睡する赤ん坊を背負ったマリアが現れた。彼女は、正面に立つレイアを紹介されると、数秒間驚きの顔になっていたが、一転して笑顔になり、目が潤んで頭を深々と下げた。
「薬はどうなったの?」
「まあ、その話は後だ。アメリアの様子を見に行こう」
ゲオルグは、皺を深くして苦笑するハンスを一瞥してから、マリアを奥の部屋へ案内する。
「何、ボーッとしているのよ? 一緒に行くわよ」
「いや、レイアと話をしようかと思って――」
「見舞いが先。何しに来たのかを考えなさい」
レイアは、シュミットの話とは大精霊ヒルデガルトの事だと察しが付いてギクッとしたが、気付かない振りをして、エルザに急かされて奥の部屋へ向かうシュミットを追いかけた。
アメリアもレオも無事である事を一同が確認して、室内は安堵の溜め息が漂う。ここで、レイアは、シュミットへ先手を打った。
「灰色のシュミットさん。私は、アメリアさんとレオさんの経過を観察するため、しばらくここに残る事になりました」
「しばらくって、どのくらい?」
朝までとは言ったものの、もっとここにいたいレイアが考え込むと、シュミットが困った顔をする。
「大精霊ヒルデガルト様から、レイアの事を、また頼まれてね」
「でも、私が寄り道をしている理由は――全てご存じかと思っていました」
「全てお見通しだけど、早く来てくれって事。急ぎの用事があるんだよ」
困惑して眉間の皺を揉むレイアは、
「でしたら、朝まで待ってください。朝になれば、精霊界へ帰ります」
両手を合わせて頼み込むレイアに、シュミットが嘆息する。そこへ、エルザが加勢する。
「あんたが、大精霊を説得させれば良いのよ。この状況で、何を優先すべきか、分かるでしょう?」
「まあ、そりゃそうだけどさぁ」
「こう言う奴なんだよ、灰色のシュミットは」
クルツの声が背後から聞こえて振り返ったシュミットが、苦笑いする。
結局、レイアは、朝まで寝ずに看病――と言っても、ほぼ経過観察――した後で精霊界へ帰還することになった。クルツはレイアと部屋に残り、結界に包まれたフリーダを連れたシュミット、エルザはドラゴンのクリストフの所へ。ハンスとヘルマンとゲオルグは、別の部屋で仮眠を取り、マリアは赤ん坊と帰宅した。
ランタンの光もなく、完全に闇となった室内で、二人の穏やかな寝顔を見て、寝息を聞きながら、アメリアの横に置かれた椅子に座るレイアは、念話でクルツと会話する。内容は、クルツと別れてからの事だが、一通り説明しても、まだ夜は明けない。
『色々あったな』
『はい。ジェットコースターに乗っている気分でした』
『じぇっとこーすたーとは何の事か分からんが――』
『すみません。私が前世で乗っていた乗り物です』
クルツにジェットコースターを身振り手振りで説明すると、何となく理解してくれたようだ。
『しかし、微精霊から、短期間で、ここまでの精霊になるとはな。それも、じぇっとこーすたーと言う訳だな』
『ええ。自分でも、幸運だったとしか思えません』
『ただし、精霊になったとは言え、準精霊の段階で精霊使いと経験を積んでいない』
『そうなんです。実は、前から気になっていまして』
『おそらく、大精霊ヒルデガルト様は、その事で何かを伝えたいのだと思う』
『分かります。でも、自分の事より、アメリアさんの事が気になって――』
『相手の気持ちを考えるのは重要だが、自分の事も考えないとな』
確かにそうだと思って俯いたレイアだが、レオのベッドで動く気配がして顔を上げた。すると、掛け布団がもぞもぞ動いて、レオが顔を上げた。闇でもはっきりと見えるレイアは、レオが目を擦りながらこちらを見ようとしている事に気付く。
「だれか、いるの?」
レオの問いかけに、なんて答えようかと迷うレイア。だが、レオが問いを繰り返したので、意を決して声をかける。
「はい。いますよ」
「えっ? だれ?」
「レイアです」
「レイア? だれ?」
「精霊です」
と、その時、レオの目が輝いた。




