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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第4章 精霊

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7.名医となったレイア

 三十分後、白髪の医者が、煎じ薬の入った二つの器と二本の(さじ)が載る盆を左手に、ランタンを右手に、患者の部屋の扉をゆっくりと肘で押して中へ入ると、介添えしているはずのヘルマンの姿はなかった。寝ているところを起こされて、時間をかけて薬を作ったのに待っていてくれなかった、と気落ちする老医は、「まあ、よい」と(つぶや)いて短い息を吐く。


 彼の名前は、ハンス・シャッフハウゼン。そろそろ引退を考えている老医である。だが、経験豊富であるため、クラインベルゲンの人々は、なかなか彼を隠居させてくれない。


「さあ、これで治るからのう。安心せい」


 安らかな寝息を立てる二人を順に見て、(しわが)れた小声で語りかける彼は、深い(しわ)が多い顔に笑みを浮かべる。手にした物を机の上に置いて、「まずは、毒消しから」と左側の器に匙を入れて持ち上げる。だが、横たわる患者に対して、左手に器、右手に匙の状態で、どうやって彼女に飲ませるのだろうか。


「白のアデリナ、顕現せよ」


 ハンスが詠唱すると、彼の隣に白煙が立ちこめ、看護婦が着用する白衣に似たワンピース姿の小柄な女性が現れた。白髪ロングヘアで(しやく)(がん)のアデリナは、陶磁器のような白い肌で、なかなかの美人。召喚の仕方から、どうやら彼女は人型精霊で、ハンスは精霊使いでもあるようだ。


「そこの患者の体を起こしてくれ」

「承知いたしました」


 銀鈴のような声が室内に響くと、アメリアの上半身がスローモーションのように起き上がる。その際、アデリナは目を大きく見開いて患者を見つめているだけで、突っ立ったままだ。


 ハンスは、どろりとした液体を匙ですくい上げ、器を盆に戻し、患者の(そば)に立つ。それから、眠ったままの患者の唇を左手で開いて、匙から液体を口へ流し込んだ時――、


「ん?」


 ()(けん)の皺の彫りを深くしたハンスは、左手の指が唇から頬へ移動し、(てのひら)で頬に触れる。それから掌は額へと移動した。


「もう効き目が? いや、口内へ入れたばかりじゃぞ。そんな即効のはずが……」


 彼は、アメリアの平熱やや低めの体温を掌に感じながら、ブツブツと呟いて首を大いに(かし)げるが、結局、三杯飲ませた。



 今度は、レオの番だ。同じ要領でアデリナがレオの上半身を起こして、老医がねっとりとした水薬を口に流し込む。ここでも、患者の頬と額に手を触れた彼は、不可思議な現象を見たという顔をして首を傾げた。


「白のアデリナ。二人は平熱か?」

「ほぼ平熱です。呼吸も乱れてはいません。脈もほぼ平常です」


 患者に触れてもいないのに、アデリナは背筋を伸ばして患者の状態を回答する。


「これは、薬の効用とは思えぬ」

「はい。そうだと思われます」

「お前もそう思うなら……」


 ハンスは、匙を器に戻して、腕組みし、右手を顎に当てる。


「治癒魔法を使った奴がおるのじゃろう。魔力の反応は?」

(かす)かに残っています」

「やはり……。精霊の気配は?」

「割と近くにあります」

「案内してくれ」

「承知いたしました」


 アデリナを先頭に、ハンスがランタンを手にして部屋を出ると、遠くで二人の笑い声が聞こえてきた。介添えしないで何を談笑しているのだろうと思いながら声のする方へ歩いて行くと、アデリナが声の漏れ聞こえる扉の前に立って、「ここから精霊の気配がします」と言って頭だけ振り返る。


 (せき)(ばら)いをしたハンスは、精霊に開けさせた扉の向こうに、談笑を中断したヘルマンとゲオルグの姿を見た。彼らは、ランタンが真ん中に置かれた机を挟んで座っていて、こちらへ同時に顔を向ける。奥には、見たことがない女の子が座っているが、ランタンが邪魔をしていて、首から下が隠れている。


「患者の熱は平熱じゃが、誰が治癒魔法を使ったのか、ご存じかのう?」


 すると、ゲオルグがランタンを自分の方へ移動させ、そのお陰で、奥に座っていた女の子の白い袖なしドレス姿が見えた。


「このレイアです」


 ゲオルグが右手でレイアを紹介し、何故(なぜ)か胸を張る。


「信じられん。ローテンベルゲン公国の薬草がないと出来ない治療を、魔法でやってのけるとは」

「ハンス先生。それは私も同感です。実に見事ですよね。――あ、先生の薬が駄目とか、先生の腕を信用していないとかじゃないですよ」

「いや、わしの薬は、所詮は気休め。腕も引退を考えたくなるほど衰えた」

「先生。それをご自分で(おつしや)ってはいけません。いえ、(もち)(ろん)、私達もそんなことはこれっぽっちも思っていませんが」


 ゲオルグとヘルマンが同時に笑う。ハンスは笑い声に釣られて笑いながら、アデリナと一緒に女の子へ近づいた。


「名は何と申す?」

「レイア・マキシマです」

「誰かと契約しておるのか?」

「いいえ」

「ハンス先生。先生にはアデリナがいるじゃないですか?」


 ヘルマンの()(らか)いに、ハンスは苦笑で応じる。


「精霊との契約は死ぬまで消えぬ事を知っておろうに」

「おや? 精霊が消えれば、契約できることを知っているでしょう?」

「まあ、それは――」

「でも、レイアは、うちのレオと契約させますからね」

「何と! もう先約済みか!」

「もしかして、狙っていましたか?」


 意地悪な笑いを浮かべるヘルマンは、ハンスの表情の微細な変化を読んでから、ムスッとしているアデリナの方へ目だけ動かす。


「で、先生。薬はどうしました?」

「飲ませた後で、平熱に気付いたわい」

「いいんですか?」

「平熱の患者に飲ませた経験はないゆえ、どうなるかは分からぬ。今のところ、()したる反応は出ておらぬから、大丈夫じゃと思うが」

「本当に大丈夫ですか?」


 ハンスは、レイアの右肩に手を置いた。


「いざとなれば、ここに名医がおる」


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