3.アメリアの安否
クルツと三メートルの距離まで接近したレイアは減速し、毛玉を抱きしめようとした両腕を降ろし、笑顔が消えた。精霊が一人でこんな遠方の土地にいると言うことは、まさか、精霊使いとの契約が切れたのかと不安になったのだ。
精霊使いは、死ぬまで契約を破棄できない。だから、精霊が自由の身になるのは、精霊使いの死を意味する。
「白のクルツさん。アメリアさんは――あれからどうなったのですか?」
「ああ……」
クルツが言い淀むので、レイアは血の気が引いた気分になる。勿論、心臓がないので、気分だけだが。
「毒が抜けきらないので、まだ寝込んでいる」
「――――」
「それで、この紫色の花の球根を探して、ここまで来たのだ」
そう言って、スミレ色の花の方へ目を落とす。
クルツの話によると、この花の球根を焼いて、煎じて飲ませると毒消しの効果があるらしく、アメリアを診ている医者に頼まれて取りに来たそうだ。毒消しの薬草は他にもあるが、使ってみてもアメリアがなかなか回復しないので、ここに群生している強力な薬草を使うことになったとのこと。
「これで治るんですよね!?」
「俺は医者じゃない。本物の医者がそう言うから信じているが、実際のところは分からん」
項垂れるレイアを見たクルツは、雑草の中へ潜っていった。すると、桃色の花が大きく揺れた。
「スミレ色の花の球根を採るのではないですか?」
「すみれ?」
「その紫の」
雑草の隙間から顔を出したクルツに、レイアは中腰になってスミレ色の花を指し示す。
「ああ。そっちはもう手に入れた。こっちも頼まれていてな」
「桃色の方は、何に使うのですか?」
「熱を下げるのだ。かなり強力なやつだぞ」
レイアは、熱に浮かされるアメリアを想像して、大いに焦った。
「嘘!? アメリアさんは熱も酷いのですか!?」
「違う。これは別の患者のだ」
安堵したレイアを見て、クルツはまた雑草の中に潜り、作業を続行する。桃色の花が雑草の中に消え、土で汚れたクルツが浮かび上がった。球根を持っていないが、何処かに入れたのだろう。クルツの体には、四次元バッグみたいなものがあるのだろうか。
「別の患者って、あの暗殺者に狙われた人がいたのですか?」
「全然違う。そうそう、レイア。聞いて驚け」
「はい?」
「アメリアは結婚を決めたらしいぞ」
「えええええっ!?」
レイアの驚きの声が、草原の向こうへ消えていく。
「その結婚相手の、レオという五歳の息子が酷い熱を出しているのだ」
「ってことは、お相手は再婚――」
クルツは、レイアの驚き顔が面白くて、目だけで笑う。
「相手は、プフェルトラ村の次期村長と言われている男。人望が厚く、正義感も強く、おまけに男前だ」
それから、クルツは、レオの薬も一緒に探すことになった顛末を語り始める。
アメリアに求婚したのは、ヘルマン・リンデンバウム。妻を流行病で亡くし、喪が明けてからアメリアに猛アタックして、長い時間がかかったが、ようやくアメリアを口説き落とした。彼女が除隊して田舎に帰る話は、これが背景にあったのだ。なお、この国では結婚は十五歳からなので、十五の彼女は問題ない。
ところが、アメリアは、精霊の森の近くでエルザの暗殺者の襲撃に巻き込まれて負傷する。彼女は、刃先に塗られた毒が体に回り、クルツが魔法でヴァインベルガーの宿舎へ運んでいる最中に熱が上がってきたので、途中にあるプフェルトラ村の実家に運んでもらった。
アメリアの両親は、娘の体に毒が回っているとクルツから聞いて気が動転し、深夜にも拘わらず、ヘルマン・リンデンバウムの家の扉を叩く。少しは医療の知識がある彼を頼ったためだ。
しかし、彼は困惑する。ちょうど息子のレオが高熱でうなされていて、息子のために手持ちの薬――解毒と解熱の両方に効く薬――を使おうとしていたのだが、子供一人分しかない。そこで、レオとアメリアに半分ずつ分け与え、クルツと一緒にヴァインベルガーの宿舎へ軍医を呼びに行った。
移動は、クルツが結界の中にヘルマンを入れて、魔法で空を飛んで運ぶ事により行われた。実は、アメリアも同じ方法で行っていた。
ところが、軍医は民間人を治療できないと言うし、除隊希望のアメリアも診ないと融通が利かない事を言う。呆れたヘルマンは、今度はクラインベルゲンの医者を当たる。
クルツが、ヘルマンと眠そうな医者を結界に入れてクラインベルゲンの町から村へ戻ると、アメリアとレオの容体は悪化していた。医者が手持ちの解毒剤と解熱剤で一時的に治まったが、なかなか回復する様子が見られない。
「狼の連中と結託した国で癪だが、あそこに強力な薬草が二種類ある。採ってきてくれ」
医者に依頼されたクルツが、この湖の畔にやって来た。
「とまあ、こんなところだ」
「では、急ぎますね?」
「ああ。瞬間移動なんか出来ないから、飛んでいくしかないが、結構時間が掛かる。夜中になるのは間違いない」
「私と一緒に行きますか? 今、灰色のシュミットさんと白のエルザさんが、ここからちょっと離れた所にいて、おそらく、みんなで茶色のクリストフさんというドラゴンに乗って精霊界へ帰ることになると思いますが、途中までなら」
「茶色のクリストフか。奴なら速いな」
「ただ、問題があって、二人とも今、充電中なのです」
「じゅうでんちゅう?」
宙に浮いたクルツが、首を傾げる代わりに左へ傾く。
「マナの補充中です」
レイアは、眉をハの字にして笑った。




