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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第3章 準精霊

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35.利用された精霊

 天使像の頭の後ろから立ち上る煙に仰天した信者達は、(あと)退(ずさ)りをする。彼らは何か良からぬ事の予兆かと思ったのだが、それが精霊である事は、煙が集まって球体となり、フワフワと浮きながら白猫相手に語り出したことで気付いた。


「よく居場所がわかったな?」

「部屋の外まで自分の気配を()()らしているのが分からないとは、精霊失格ね」

「そうか。俺様はそんなに(すご)いのか?」

「恥ずかしいからって、自慢で()()()すんじゃないわよ。――で、あんた、誰に雇われて羽の身代わりになっていたのよ?」

「身代わりなんかしていないぞ。羽は、そこにあっただろう? 偽物だけど」

「そういう身代わりじゃなくて、治療の()()

「真似じゃないぞ。ちゃんとした治療だ。ただし、この格好じゃ、みんなが逃げるから、姿を隠していたけどな」


 不気味な黒煙の精霊が治療を告白したので、今いる患者達は逃げ腰になった。


「そんなのいいから、雇い主は誰なのよ? そこで腰を抜かしている教会の関係者?」

「言えないね。言うと、騒ぎが起こる」

「い、言うな! 絶対に言うな!」


 顔面(そう)(はく)の司祭が、尻餅をついたまま()(ろた)える。


「騒ぎが起きる? そんなに偉い人? 教会の関係者が慌てるところを見ると、まさか、ローテンベルゲン公じゃないわよね?」


 エルザの言葉に、礼拝堂の空気が凍り付いた。


「おいおい。とんでもない名前を出すなよ。不敬罪だって理由で消されるぞ」

「バレたって理由で、あんたも消されるんじゃない?」

「――――」

「さっき、ここのみんなにバラしたじゃない。羽は偽物で、自分が患者を治療していたって」

「――――」


 と、その時、礼拝堂の半開きになっていた扉が大きく開かれ、得物を手にしたクラウス達を先頭に()()(うま)が礼拝堂の中にゾロゾロと入ってきた。ギャラリーが増えたことに気付いたエルザが振り返って、聖遺物が偽物であった事とここにいる精霊が偽物の代わりに治療していたことを(ばく)()すると、騒めきが礼拝堂の中に響き渡った。


 腕組みをしたエルザが黒煙の精霊に向き直る。


「さてと。いい加減、あんたの雇い主を吐きなさいよ」

「だから言ったろ? 言うと、騒ぎが起こるって」

「もう十分騒ぎが起きているじゃない? ここに何人いると思って?」

「そうか?」

「そうよ。隠したところで、あんたのためにならないわよ。人間(ヒユーマン)に義理なんかないでしょう? 言ってしまいなさいよ」

「うーん。言っていいのか、まだ迷うが……」


 強引に吐かせるエルザに誘導された黒煙の精霊が雇い主の名前を言いそうになっていると、司祭が両手を伸ばして短く詠唱し、手の先に現れた魔方陣から精霊に向かって強い光が放たれた。


「何すんだよ」

「な、何故(なぜ)効かぬ!?」

「俺を消そうとしたな?」


 光を吸収した精霊が司祭に向かってスーッと近づいた。


「ほら、見なさい。都合が悪くなると精霊を抹殺する。それが人間よ」


 得意顔のエルザがフンと笑い、司祭の方へ鋭い視線を送る。当の司祭は「ひいっ!」と悲鳴を上げ、顔面まで近づく精霊を避けるため、尻を床に擦りながら後方へ逃れた。


「お前の上の奴から、『治療だけやってろ』と言われたから、言われたとおり、真面目に治療してやってたんだぜ。何か悪い事をしたのかよ?」

「名前を言おうとしただろう!?」

「言わねえよ、名前なんか。そういう約束だろ? 精霊は約束を守る」

「だったら――」

「名前は言わねえけど、『お前の上の奴』だったら別にいいだろ? ()()()()()()()


 精霊の言葉を聞いたクラウスが、辺りを見渡しながら全員に聞こえるように補足する。


「そこにいらっしゃるハンス・クレメンス司祭の上の方は、トーマス・フランケン司教だ。みんなも知っての通り、ローテンベルゲン公の側近中の側近だよ」

「ほら、バレたじゃないか!」


 右手の拳を振り上げて怒る司祭に、黒煙の精霊は「知ったこっちゃないぜ」と受け流す。


「そのトーマスなにがしに指示されて、偽物にすり替えたって事ね」


 そう言って、今度はエルザが司祭に向かってスーッと近づいていく。


「じゃあ、本物は何に利用していたの?」

「知らん!」

「へー。知らないんだ。なら、教えてあげる。本物は、精霊に力を与える効果があるの。その精霊が精霊使いや魔法使いに(ひよう)()すると――」


 エルザは、司祭の鼻先に顔を近づける。


()(ちや)()(ちや)強くなるのよ」

「――――」

「だったら、利用したくなるわよね? 人間は底知れぬほど欲深いから」


 エルザが突きつけた聖遺物の悪用方法に、信者も野次馬も大いにどよめく。


 そんな中、輝く聖遺物の入った容器を天使像の足下に置いたレイアが、「聞いてください」と言葉を発すると、潮が引くように静まり返った。


「私は、この国の軍隊に所属していた魔法使いで、精霊に憑依させられた人を知っています。憑依させられて軍隊に入ったそうです」


 礼拝堂にいる全員の目が自分を向くので、たじろいだレイアだが、勇気を出して言葉を続ける。


「その人は相当な力を持っていました。でも、憑依していた精霊が消えた途端、その人は元の優しい人に戻りました。強い魔法使いを増やそうとして、憑依させる精霊をさらに強化するために聖遺物を使ったのだとしたら、とても悲しいことです。治療の役に立っていないのですから」


 (うなず)く者もいる。拳を握りしめる患者もいる。


 司祭は両手で頭を抱えて「それをバラすなぁ! ああ、破滅だぁ!」と嘆き、固く目を閉じて(うつむ)いた。


「このようなことを、二度と繰り返してはいけません。聖遺物はここにあるべきで、正しい使い方――人々の治療に役立てるべきです」


 そう言い切ったレイアは、司祭を横目に一歩前へ踏み出して、クラウスの方へ視線を送る。


「クラウスさん。それと、仲間の皆さん。どうか、この聖遺物が悪用されないように守ってください」

「……いや、それは」

「聖遺物が偽物だと知って、信者の方に拝ませるのを、あの司祭にやめさせそうとしたら、追い出されたのですよね? だったら、本物が戻ってきたのですから、皆さんも堂々と戻ってくれば良いのではないですか?」

「――――」

「ここまで事実を突きつけられて、誰が悪いかは、ここにいる全員が分かっています」

「――――」

「本物の聖遺物を守るべきは、皆さんです!」


 レイアは、今の自分が――エルザに感化されたとはいえ――堂々としているのが不思議だった。昔だったら、誰かの背中の裏に隠れて成り行きを見守っていただろう。それがどうだ。何十人もの熱気に満ちた礼拝堂の中で、響き渡る自分の声を心地よく聞いている。


 ――異世界に来て、こうも自分が変わっていく。


 弱い自分が(ひと)(かわ)()けた感じがするレイアは、言葉に力を込めた。


「正しい行いをしてきたのに追い出された復古派の皆さんは、今ここに、精霊教会の聖職者として復活します。これに意義のある人は反対の声を上げてください。なければ、拍手をお願いします」


 まず、信者と患者が拍手をし、次に野次馬が拍手をしながら歓声を上げたり指笛を鳴らしたりする。


 拍手に包まれた復古派の人々は、互いに笑顔を向けて拍手をし、最後にクラウスが頷き(うなずき)ながら拍手をした。


「貴様ら! どうなっても知らないぞ!」


 司祭が立ち上がって、巨体を揺らしながら左の扉へ向かって駆けていく。


「あ、逃がすな!」

「待て!」

「謝罪しろ!」


 若い信者の三人が司祭を追って、扉に手をかけた彼を取り押さえた。だが、怪力の司祭は、三人を次々と殴り倒す。そこへ、巨体の信者が加勢してきて、司祭の背後に回って太い足で尻を蹴った。これには、さすがの司祭もうつ伏せに倒れ込む。


「どうなっても知らないって言葉、そっくりそっちに返してやるぜ! この詐欺師野郎!」

「私を蹴ったな!? この不届き者めが!」

「蹴られて当然のことをしてきただろうが!」

「なんだと!」

「お前が司祭になってから、急に寄進が増えて、何かおかしいって思っていたんだが、これで良く分かったぜ。偽物拝ませて、それじゃバレるから精霊を利用して、ガッツリと金を巻き上げていたって事が」

「――――」

「全員が知っちまった以上、司祭の化けの皮が()がれて、もう終わりだな。これがみんなの気持ちだ、受け取れ!」


 そう言って、彼は左手で司祭の襟首を(つか)んで上半身を起き上がらせ、固く握りしめた右の拳を司祭の顔面に三発お見舞いした。

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