33.反撃
いきなり仕切り始めた白猫が、精霊教会へ本物の聖遺物を返還する強攻策を口にし、実行を開始するので、クラウス以外の復古派は戸惑いを隠せない。急展開について行けず呆けている者もいる。長い時間をかけて聖遺物を探してきたのと並行して、奪回した後の入れ替え作戦も練っていたのに、それを完全に無視されて怒りを覚えた者もいる。
だが、潜伏先のすぐ近くまで敵対する連中がやって来たという事実を前に、恐怖が先に立ち、抵抗する決断は誰も出来なかった。息を潜めて成り行きを見守るしか頭にない復古派は、店で掃除をしていた三人の猫人族の女性が拷問等に遭うのを見過ごし、嵐が過ぎるのを待つのもやむなしと考えていた。暗殺に怯え、人目を避けて毎日を過ごしていた彼らに、この薄情さを非難するのは、幾分、酷である。
精霊に「あんたは、何かと腰が重いから、見ているとイライラするの」と言われて、正直言って腹が立ったクラウスだが、決断も行動も出来ないイライラは自分自身に対しても日頃抱いていた感情であったので、痛いところを突かれたのは事実。挙げ句に、女性を見捨てるのかと詰られたので、壁の結界解除を即断する。
普段は慎重なクラウスの、らしからぬ行動に、置いてきぼりを食った仲間達は顔を見合わせるが、一人の青年が立ち上がってローブから短刀を取り出すと、彼の抵抗する姿を目にした仲間は、次々と腰を上げ、隠し持っていた武器を手にした。敵が白猫を排除して突入してきた最悪の事態に、全員で抵抗するためだ。
クラウスは扉を開け、宙を飛んで先に行く白猫の後ろを、階段を一段飛ばしで軽やかに駆け上がる。壁に近づくと、三人の女性の悲鳴と男の怒号が聞こえるので、結界を解除する手に力がこもる。
壁の向こうで、ガタガタと音を立てて棚が沈む音がする。同時に、男が「おっ?」と驚く声が近くで聞こえる。
「ここに隠れていやがったな」
壁越しに聞こえる男の声で相手の姿を想像するクラウスは、唾を飲む。おそらく、門の外でワンドを手にした巨躯の男のはずだ。
まだ棚が完全に沈まないうちに、エルザは壁をすり抜けた。
「貴様! あの時の猫――」
そんな男の叫び声が途絶え、苦鳴が聞こえたかと思うと、床に重い物が倒れ込む音がした。何が起きたのか確認しようと、慌てたクラウスが壁を抜けると、二十センチメートルほど床から出ている棚に足を取られて前のめりに倒れてしまった。苦痛に顔を歪めて立ち上がった彼は、金色に輝く槍が三本、垂直に立っているのを見た。厨房の入り口からの光を頼りに床をよく見ると、それは仰向けに倒れた白ローブの巨体に突き刺さっている槍だった。
問答無用で容赦の無い殺戮。四肢の血の気が引くクラウスは、今度は店内で響く二人の男の悲鳴と、遅れて聞こえてきた女性の悲鳴に顔を上げる。宙に浮く白猫の姿はない。もしやと思ったクラウスは、全力で入り口を駆け抜けた。
「な、なんてことを……」
一人の男が壁まで貫く三本の槍に胸を射貫かれ、槍を留め具に立ったままの姿勢を保ち、白ローブを鮮血で染めていく。もう一人の男も、三本の槍で胸を射貫かれて床に転がり、右手で拷問の途中だった女性の左手を固く握りしめている。さらに、店の出入り口近くに、逃げようとした男の頭と四肢が飛び散り、風の刃の攻撃を受けたことを示していた。
肉塊の真上で宙に浮くエルザは、腰を抜かして尻餅を突くクラウスを睨み付ける。
「これで全員始末したわ。さあ、教会の中を案内してもらうわよ」
「――――」
「早く!」
「ちょ、ちょっと待て! 何もここまでしなくても」
「しなくても? あんたのその考えが甘いのよ」
「だが――」
「あんた達を平気で殺す相手でしょう? 同じことをして何がいけないの?」
「君は精霊だから分からないんだ」
「ああ、分からないわよ、人間の考えなんか。あんた達みたいに、自分の甘い考えで自分を縛っているほど、精霊は馬鹿じゃないわよ」
「――――」
「地下室に突入されて仲間が死んでいくのを見ながら、あんたも死ぬ。それが、あんたの選択なら、付き合いきれないわ。――ほら、レイア! 行くわよ! その前に、そこのあんた! 扉の結界を解除して!」
頭越しに指示する白猫の声にクラウスが後ろを振り返ると、黒くて細長い物を抱えたレイアが立っていて、ちょうど駆け出すところだった。同時に、まだ死体に左手を掴まれたままの女性が、右手で扉の結界を解除した。
「あっ、待って――」
力なく声を上げて右手を伸ばすクラウス。だが、レイアは彼を顧みることなく、風の魔法で乱暴に扉を開けて店の外に飛んでいったエルザを、全力で追いかけた。
白猫と少女の姿が消え、揺れる扉を見つめるクラウスは、やっとの思いで死体が握りしめる手から自分の手を解放した猫人族の女性が、痛そうに指を動かしながら語るのを聞いた。
「この人達、黒くて細長い物を持った少女を捜しに来たのだけれど、持っている物が聖遺物だと知っていたわ」
「――――」
「精霊に聞いたんですって」
その精霊とは、おそらく、姿を消して患者を治療している黒い煙の姿をした精霊だろう。
「あそこで精霊に気付かれたのか……」
クラウスは、精霊教会前での一悶着を見ていた野次馬にたまたま紛れていたのだが、あの時、自分が感じた聖遺物の存在を、教会内部の精霊も気付いたのだろうと推測した。
「この人が『どこへ行った?』って言うから、『知らない』って答えたら、『嘘を言うと、ただでは済まないぞ』って」
「それは聞いた。壁の裏側で微精霊が見張ってくれていてね。会話も聞いてくれたお陰で駆けつけたのさ」
彼の言葉に、女性は目を丸くするも、「だからなのね」と納得する。
「で、騒ぎが起きて通行人に気付かれるといけないので、私、窓と扉に結界を張ったの。そうしたら、『魔法が使えるなら、隠し扉とかあるだろう? 言うんだ!』って。結界を張ったのを良いことに、散々締め上げられたわ」
「それは悪いことをした。申し訳ない」
頭を下げるクラウスに、女性は「もういいの」と優しく声をかける。
「で、どうするの?」
「死体の始末をかい?」
「いや。さっきの白猫と少女。追いかけるの?」
「そうだった!」
血相を変えてバネ仕掛けの人形の如く立ち上がったクラウスは、後ろから武器を持って恐る恐る現れた仲間に対して、「あの猫と少女に加勢したい者は、僕に付いてきてくれ。無理しなくて良いから、残りたい者は地下室へ隠れているように」と指示して、扉を急いで開けて店外に飛び出した。




