25.奪われた聖遺物
ついに、人魂の姿から少女の姿を手に入れた。もう擬態の魔法を使う必要はなく、デフォルトがこの姿なのだ。精霊エルリカの姿に憧れて、いつかはああなりたいと願っていた事が、こんなに早く訪れるとは想像だにしなかった。フリーダが、師匠の成長を祝福して結界の中ではしゃぎ回るのを見て、思わず微笑んでしまう。
本来なら、経験を積んで準精霊から精霊になって、さらに経験を積んで人の姿を手に入れるのだが、聖遺物のお陰で経験無しに達成してしまった。事情を知らないクルツやアメリアやヨーコが見たら飛び級のような成長ぶりだが、幸運でこうなっただけに胸を張れない。実績を積んでいない精霊なのだから、実力も伴わないのではないかと不安が心の中で膨れ上がる。
「さあ、行くよ」
空中から縄を取り出して、前屈みになって容器を背中に背負い、縄で体ごと縛り付けたシュミットは、膝の屈伸を生かして勢いよく飛び上がる。曇天を背景に飛翔する彼を見上げるレイアは、躊躇いがちに風の魔法を使って浮上した。
シュミットは放出される魔力を頼りに、迷うことなく目的地へ向かう。シュミットを追うレイアも、同じく魔力を感じていて、その強さと間断なく続く様に心がかき乱される。向こうに見える林の中で戦闘が起きている。この推測はおそらく正しいだろう。
林の上空に差し掛かると、魔力が一段と強い場所がはっきりしてきた。と同時に、その手前の木々の間から竜の姿を何匹も確認できた。あれは、兵士が乗って移動するための竜。それがあそこに集まっていると言うことは、当然、守備隊が駆けつけたのだ。これは最悪の事態だ。
エルザ達の身に災難が降りかかっているのなら、それは自分がマナ不足で地上に落下して遅れたせいだ。トラブルに巻き込まれているのなら、加勢しよう。少女の姿になった今の実力は分からないが、それを確かめるチャンスでもある。握る拳に力を入れるレイアだったが、
「これは派手にやらかしているなぁ」
減速したシュミットが空中で立った姿勢になって止まり、斜め下を見下ろして腕組みする。その左横に近づいたレイアは、腹ばいの姿勢のまま彼の視線の先を追うと、思わず吐き気を催す感覚になった。少女の姿に固定されると、より人の感覚に近づくのだろうか。
木々の枝葉の隙間から見えるのは、堆積した落ち葉の上に転がる首、両手両足、切り刻まれて複数の肉塊となった胴体。それらが広範囲に散らばっている。肉塊が纏う服はどれも同じ軍服っぽいので、守備隊隊員の哀れな姿に間違いない。
「手を貸す必要はなさそうだよ」
シュミットがそう言うと、無数の金色の槍に貫かれた血染めの白ローブ姿の男が、一人、また一人と仰向けに倒れ込んで、転がる肉塊の上に覆い被さる。あれは、白のエルザの攻撃だ。レイアがそう確信していると、目を背けたくなる光景の中へ加わった男達の口から、黒い煙のような物が現れた。
「あいつら、精霊に憑依されていたみたいだね。ってことは、ヨーコだったっけ、あの女と同じ魔法使いだね」
牢獄の中のヨーコが口から黒い煙を吐いた光景を思い出したレイアは、怖気を震った。
黒い煙は枝葉を掻き分けて、まるで蛇のようにクネクネと揺れながら上昇する。その数、四つ。それらは、宙に浮くコボルトと少女の姿を見つけると、大胆にも近づいてきた。
「君達みたいな邪精霊は、人間に憑依する資格なんかないよ」
そう言って、シュミットが右手を四筋の煙の方へ突き出すと、
「私にやらせてください」
レイアもシュミットと同じく立った姿勢になって、右手を邪精霊達へ突き出した。自分のせいで招いた事態だけに、エルザ達を助けたい気持ちが強い彼女は、言葉に力を込めた。
「任せた」
笑顔で右腕を降ろした彼は、レイアの全身から漏れる魔力の尋常ならぬ強さに仰天し、思わず右方向へ逃げた。これは相当強力な魔法を繰り出そうとしているに違いない。「何もそこまでしなくても」と声をかけようとしたが、もう遅かった。
彼女の手の先に自分の背丈の倍もある金色の魔方陣が出現したかと思うと、轟音を伴う疾風が放出され、その直撃を受けた四匹の邪精霊は瞬時に光の粒となって霧散し、勢いが衰えない風は林の木々をなぎ倒して、落ち葉と遺体の残骸と土塊を噴き上げ、地面に直径二十メートル深さ五メートルのすり鉢状の穴を開けた。
「ご、ごめんなさい!」
「気をつけた方がいいよ。能力が上がっているんだから」
「はい」
「白のエルザも吹き飛んでいなければいいけどね」
まだ土煙が漂う林に向かってシュミットとレイアが急降下すると、穴の縁で土を被った白のエルザが空を見上げている姿が見えた。
「あんた! どこ狙っているのよ!」
「ごめんなさい!」
「黒のエルザと灰色のエルザは、どこだい?」
レイアの謝罪とほぼ同時に、シュミットは猫達の安否を気遣う。
「灰色のエルザは、奴らに真っ先に狙われて消滅したわ。黒のエルザは、逃げた一人を追いかけて、あっちへ行ったわよ」
そう言い残して白のエルザは矢のように駆けていく。仲間に犠牲が出たことに対して心を痛めたレイアは、白猫を追うシュミットの背中を見つめたまま動けない。エルザのクラスの人造精霊を消滅させる魔法使いは、相当な実力だと思われる。邪精霊が憑依することで力を増幅させていたのだろう。呆然と立つレイアは、いったんは木の幹の陰に隠れたシュミットが姿を現して手招きしたので、ようやく駆けだした。
林の木々を抜けて一分間ほど走ったところで、シュミットが立ち止まったのでレイアも止まる。すると、白のエルザが黒のエルザを気遣うようにしながらこちらへ近づいてくるのが見えた。黒のエルザの話によると、逃げた男と戦闘状態になったが、何とか切り刻んで殺害したらしい。レイアは、死んだ男の口から黒い煙が出ていなかったか尋ねたが、そこまで見ていなかったとのことだった。
「で、聖遺物はどこ?」
「これだよ」
黒のエルザがコボルトと少女を順に睨み付けて問い質すと、シュミットがクルッと背中を向けた。すると、白のエルザが「どこ道草してたのよ?」と言って鼻を鳴らすので、レイアは反射的に頭を下げて、マナ不足により途中で落下したことを謝罪した。
「じゃあ、行くわよ」
レイアは、マナ不足で落下したのに、あれだけ巨大な穴を開けるほどの魔法が使えた矛盾を突っ込まれるのかと思ってヒヤヒヤしていたが、それには無関心の白のエルザは右方向へ歩いて行く。
「行くって、どこへ?」
「ご主人様の所よ」
立ち止まって頭だけ振り返る白のエルザは、冷たい声でシュミットの問いに答えた。
「ご主人様?」
「あら嫌だ。私達が聖遺物を探していたのは、ご主人様のためよ」
「ご主人様って、キルヒアイスの事かい? 彼は死んだんじゃないのか?」
「あれは単なる精霊使い。ご主人様でも何でもないわ」
「じゃあ、誰なんだい、そのご主人様って?」
そんな事も分からないのかと呆れ顔の白のエルザは、前を向いてさっさと歩いて行く。無言の彼女の代わりに答えたのは、黒のエルザだった。
「ご主人様は、私達の共通のご主人様よ」
「だから、それは誰なんだい?」
と、その時、白のエルザが立ち止まり、クルッと振り返った。今度こそ答えてくれるのかと思ったシュミットは、急に背後で何者かの気配を感じ、背中が軽くなって縄が解けたのでギョッとして振り返った。同じく、気配を感じたレイアも彼に続く。
「あら、もう来ていたの?」
背中で白のエルザの声を聞くシュミットとレイアは、聖遺物の容器を大事そうに両腕で抱える黒ローブ姿の人物を見て体が固まった。骸骨に服を着せたのかと思うほど痩せ細り、頬がこけて目が飛び出た男だ。
「外が騒がしいから、様子を見に来たのだよ。そうしたら、愛おしいエルザ達が見事に戦ってくれているではないか。よくやった。こんなに嬉しいことはないよ」
ゾッとする笑みを浮かべる男は、低い声で満足そうに語る。まるで、冥界から現れた死者が話しているかのようだ。
「お褒めにあずかり、光栄ですわ。そうそう、それが聖遺物です、ご主人様」
「ご苦労。これを手に入れるまで、どれだけ首を長くして待っていたことか」
「ちょっと待った!」
突如現れたご主人様がエルザ達を労う中、間に挟まれたシュミットが会話を妨げた。
「コボルト風情が――いや、コボルトもどきの精霊が聖遺物を背負うとは不敬極まりない。消える前に何か言いたいのなら、一つだけ質問を許可しよう」
「その聖遺物をどうするんだい?」
「使うのさ」
「何のために?」
「質問は一つだけ。今の問いには答えないよ」
卑怯な男に唇を噛むシュミットの横で、レイアが一歩前に出た。
「その聖遺物は、私達があるべき所に返します。ですから、今は、一時的に私達の物です。返してください」
「あるべき所? ああ、あのえせ教会のことか。信者から金を巻き上げる道具に使う教会があるべき所とは笑止。今のように、偽物で十分だよ」
この男は、精霊教会ハイリゲフェーデルンキルヒに祭られている聖遺物が偽物である事を知っている。商会の中年男と目の前の男がグルなのかどうかは分からないが、少なくとも聖遺物を悪用する人物としては、同じ穴の狢の連中だろう。憤慨するレイアは、声を荒らげる。
「なら、貴方はそれを何に使うのですか!?」
「質問は一つだけだよ」
どうせ曖昧な答えしか返さず、シュミットの二の舞になるのが確定したレイアは歯がみするも、質問でなければ良いだろうと「明確に答えてください」と付け加える。そんな彼女を見て、男は唇をキューッと三日月の形に歪めた。
「これで人造精霊を作るのだよ。猫ではなく、人間の形をした精霊を」




