17.聖遺物の正体
レイアは、聖遺物が何か、何故それを探すのか、探した後でどうするのかをエルザに問い質したが、金庫の奥にある物を探す以外に何も知らないの一点張りなので途方に暮れた。聖遺物が何かも知らないのに、どうやって探すのか。金庫の中に聖遺物だけがぽつんと置かれているとでも思っているのだろうか。エルザの回答は疑問だらけだ。
『なら、今から銀行へ忍び込んで金庫の奥にその聖遺物――らしい物を見つけたとして、白のエルザさんはそれを持ち歩くだけなのですか?』
『そうよ』
つまり、金庫の奥に隠されている物を聖遺物と信じて持ち出すらしい。彼女のミッションがそこまでなら、どうやら、キルヒアイスはエルザを使って聖遺物を探させて、見つかったら自分がそれをどこかへ持ち去ろうとしていたのではないか。だから、エルザは探す目的も知らないし、その後のことも知らない。秘密保持のために知らされていなかったのだろう。
大精霊ヒルデガルトは、複数の商会に出入りする精霊や、役所に出入りする精霊がいると言っていた。もちろん、それらはエルザと同じ人造精霊のはず。さらに、人造精霊を作っている場所に情報が集まっているようだとも言っていた。おそらく、他の人造精霊達も目的を知らされずに聖遺物を探していて、操っている精霊使いがそれを手にした後、人造精霊を作っている場所へ持ち込む。――この推理は、成り立ちそうだ。
『白のエルザさんには、その聖遺物を一緒に探している仲間がいますね?』
レイアは大精霊ヒルデガルトから「仲間と頻繁に接触していた」と聞いていたので、ここまで貴方の事を知っているのよという得意顔で問いかけると、案の定、エルザは瞠目する。
『どうしてそこまで知っているの? あんたって、本当に恐ろしいわね』
『その仲間と頻繁に接触して、情報交換をしていましたね?』
『そんなことまで? 憶測で物を言っている気がしないわね。あんた、どこで見ていたの?』
『いいえ。とある大精霊から聞きました』
『その大精霊が見たとでも?』
『ええ。ずっと動きを監視していたそうです』
『そうなの……。なら、観念するしかないわね。そうよ。お互いの持ち場で聖遺物があったかどうか、確認し合っていたの』
そんなことで、頻繁に会うのだろうかと気になるレイアは、さらに深掘りする。
『他の情報もあるのではないですか? 例えば、商会と役所の裏取引みたいな情報とか』
『うらとりひきって何?』
『あ、じゃあ、言い方を変えます。聖遺物があったかどうか以外の情報をお互いに交換していましたか?』
『そんな事、していないわよ』
それにしてもおかしい。聖遺物が何かを知らない人造精霊達が、お互いの持ち場で見つかったかどうかを確認し合うなんて。きっと、聖遺物の形は分からずとも、特徴を知っているはずだ。レイアは、質問の角度を変えてみた。
『ところで、聖遺物ってどんな物なのですか? 金庫の中に入ればすぐにでも分かる物なのですか?』
『金色の物よ。精霊が近づけば光り出すから、すぐに分かるってキルヒアイスが言っていたわ』
『その形とか大きさとかは?』
『知らない。でも、近づけば光るのだから、行けば分かると思うけど』
なんともアバウトな話で、キルヒアイスも秘密保持とは言え、雑な指示を出したものだ。レイアは、今度は念話でシュミットに、エルザが探しているのは聖遺物である事を伝え、詳細を知っているか問いかけた。だが、何でも知っていそうなシュミットは『聖遺物そのものを知らない』と即答してレイアを落胆させた。彼は俯くレイアに対し、任せてくれと自分の胸を叩き、ここは人間界にも詳しい大精霊ヒルデガルト様に聞いてみると提案した。
精霊の森から遠く離れたところにいる大精霊と念話が出来るのは便利だと羨むレイアは、感心したり驚いたりするシュミットの顔を見て詳細な情報を得られていることを確信する。一方、三者が念話で何を話しているのか知らされず、蚊帳の外で苛立っていたシュタルクは、今は落ち着いた様子になったので、エルザから念話で話の途中経過――レイアに話した内容――でも聞いたのだろう。
一通り、大精霊ヒルデガルトから話を聞き終えたシュミットは、振り返るレイアに向かって微笑みながら念話を開始した。
『これは面白いことになってきたぞ』
『面白い? 聖遺物が、ですか?』
『そう。レイアなら、大精霊ヒルデガルト様からの情報で、また新たな推理を働かせるだろうね』
『勿体振らないで教えてください』
『これは勿体振らずにいられないね。凄い話になってきたから』
頬を膨らますレイアを見て笑うシュミットは、彼女を散々じらした後、大精霊ヒルデガルトの話を伝えた。その内容は、以下の通り。
ローテンベルゲン公国の中に精霊を崇拝する信者が集まる精霊教会ハイリゲフェーデルンキルヒがある。そこには大昔に実在したと言われている金色の大鷲の姿をした大精霊が残した一枚の羽が聖遺物として箱に収められている。
その羽は大鷲の右翼から落ちた羽で、精霊にしか触れることが出来ない。羽に近づく精霊は全身が金色に輝き、触れた精霊は羽の力で能力が格段に上昇するか、消滅するかのどちらかである。そのどちらになるかは、実は羽に意志があって、自分との相性の善し悪しで決めているとも言われている。
信者は精霊教会に金品を差し出して、この金の羽を拝むことによって加護を得られ、奇跡も起こると信じられている。
『どうだい? そんな聖遺物を、白のエルザは金庫の奥にあると教え込まれて、隙を窺って手にしようとしている。他の精霊もそれぞれの持ち場に隠されていると思い込んでいる。おかしくないかい?』
『ええ。何となく、犯罪の臭いがしてきました』
『君の推理は?』
『今、精霊教会にある聖遺物は、実は偽物で、本物は金庫の奥か別の場所にある。人々は、精霊以外に触れることが出来ないと信じているので、羽を手に取って確かめる者はいない。それをいいことに、教会は偽物を信者に拝ませて金品を得ている』
『なるほど。じゃあ、何故、教会は聖遺物を偽物にする必要があるのかな?』
『――――』
『本物じゃ何故いけないの、って考えた?』
確かにそうだ。
偽物を拝ませて金品を集める事が目的なら、人は触れることは出来ず、精霊によっては触れるだけで消滅するという危険な羽をわざわざ教会から持ち出す必要はない。本物でも良いからだ。
ここは、教会の外へ持ち出す真の理由を考えねばならない。金色に着色した羽を箱に入れるというすり替えは、持ち出しを実行した後で行う偽装工作に過ぎないのだ。
なら、何故持ち出す必要があったのか。
レイアは、ふとヨーコの身の上話を思い出した。異世界転移したヨーコとその仲間は、ローテンベルゲン公国で魔法使いにさせられたが、実は精霊が憑依していた。もしかして、聖遺物は、憑依させる精霊の能力を高めるために悪用されているのではないか。
まだこれは仮説の段階だが、キルヒアイスが惨殺されてエルザも狙われているとなれば、悪巧みをしている連中にとって知られては困る所にエルザが近づいていることは間違いないはず。
これで聖遺物の悪用についてレイアの中では腑に落ちたが、ロケーションが異なる銀行と役所と商会との繋がりが謎として残った。これを解決するには、人造精霊達がどうしてそこを監視していて、どこまで情報を掴んでいるのか、知る必要がある。手っ取り早いのは、情報を集めている先へ乗り込むことだが、闇雲に突進するのは危険だ。
『そうそう。大精霊ヒルデガルト様は、こんな事も仰っていたよ。精霊は人間界のごたごたに関わってはいけない。関わるなら、それ相応の覚悟がいるって』
『でも、そう仰る方が白のエルザさんの行動を監視していたのは、結果的に人間界のごたごたに間接的に関わっていたのではないでしょうか?』
『それ、ご本人の前で言える?』
『私なら言います』
シュミットは呆れ顔で肩を竦めて天を仰ぐ。
『恐れ入ったよ。君がいずれ大精霊になったら、大精霊ヒルデガルト様の競争相手になりそうだね』
『面と向かって言うくらいで、ですか?』
『そう。僕なら言えないね』
そう言って、シュミットは右手の指の爪を立てて、頭をポリポリと掻く。
『……僕は、言えないから、未だに側近止まりなんだろうけどさ』
と、その時、腕組みをしたエルザが声を上げた。
「結局、話はどうなったの? もう時間がないから、私達は行くけど」
「僕に訊いているのかい?」
「そっちのレイアにもよ」
レイアとシュミットは顔を見合わせ、どちらが答えるかを顔の表情と身振りでやり取りした結果、レイアがエルザの方へ顔を向けた。
「一緒に行きます」
「前に同じ」
レイアは振り返って、前ではなくて右に同じでしょうってツッコミを入れようと思ったが、異世界では自分の前世で使っていた慣用句が通じない事を思い出し、この振り返った姿勢の意味づけを笑顔で誤魔化してエルザの方へ向き直った。
「ふーん。好きにしたら? 邪魔だけはして欲しくないけど」
「白のエルザさん。一緒に行きませんか? 亜麻色のシュタルクさんも。このドラゴンさんはとても速いですよ」
「ドラゴンさんは、茶色のクリストフって名前だけどね」
頭の後ろからシュミットに補足されて、レイアは苦笑する。エルザは目を見開いてレイアを見つめた後、シュタルクと顔を見合わせた。
「どうする?」
「どっちでも。俺は、付いていくだけだから」
エルザとシュタルクは同意し、レイアの前にやって来てクリストフの背中へ着地した。
「折角乗り込んでくれたところを悪いけど、夜が明けると、上空にドラゴンが飛んでいると言って地上では騒ぎが起こるから、夜明け前には降りてもらうよ」
「なんて不便な乗り物ね。姿を消して飛べないの?」
「そっちの方が怪しまれるだろう?」
「気が利かないわね」
「文句を言うなら、今ここで降りてもらうよ」
「……仕方ないわ。行ってちょうだい」
エルザの言葉に苦笑して結界を張ったシュミットは、クリストフの背中を叩きながら再出発を指示した。




