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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第3章 準精霊

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16.エルザの目的

「茶色のクリストフ! 少し、急いでくれ!」


 ドラゴンへのシュミットの指示が後頭部のすぐ後ろで聞こえたレイアは、クリストフが大きく羽ばたいて加速したので、また()()ってシュミットと衝突した。声の位置的に彼の顔へ頭がぶつかったのではないかと推測した彼女の謝罪の言葉は、強風によって一瞬にして運び去られる。彼女は振り返ろうとしたが、体のバランスを崩しそうになったので恐怖心に負けて指先に力を入れ、前傾姿勢を取った。風の勢いは想像以上で、耳に(まと)わり()(かざ)(おと)のボルテージは上がり、風圧で顔の筋肉が(ゆが)められ長髪も(もてあそ)ばれ、目も開けていられなくなる。


 この状態で追跡が続くとなるとどこまで耐えられるのか不安が募るレイアだったが、どういうわけか、突然に辺りが無風になり、その激変ぶりに理解が追いつかず、ポカンと口を開けた。風音は遠くなって耳鳴りが残り、風で後方へ押し流されて生え際から抜けそうだった前髪はパサッと額に垂れて、風圧から解放された顔面は痛みが遠ざかり、体に張り付くようになってボディラインを強調していたドレスはゆったりとなった。不思議そうな顔を後方へ向けたレイアに対して、したり顔のシュミットは腕組みをして胸を張り、彼女が問いかける前に自分が何をしたのかを披露する。


「クリストフは、これからもっと加速する(すご)い奴だから、僕らの周りに結界を張ったのさ。そうでもしないと、背中から空中へ放り出されちゃうからね」


 疑問が氷解したレイアは、感謝の意を表して笑顔で(うなず)き、進行方向へ向き直った。


 眼下に見下ろすシュヴァルツカッツェン辺境伯領は、家屋や農地がまばらで、未開拓の森林が広がっている。そんな景色が続く中、蛇行する川が見えてきた。その川沿いに農村が広がっているのを見ると、アメリアの故郷であるプフェルトラ村かと思って、身を乗り出して目を見張り、記憶にある家の形や畑の作物の生育具合と、今見えている光景を比較する。しかし、一致するものは何一つなく、期待外れに嘆息して目を閉じた。


 レイアは風の音が聞こえるのも忘れ、(まぶた)の裏に映るアメリアの姿が大写しになった。彼女の()()はクルツが治したが、まだ万全ではない様子だった事を思い出し、再び胸が痛んだ。いや、本当は心臓が動いていないので、そんな気分になるだけだが、無意識に右手で左胸を押さえている自分に気付く。開目して吐息を漏らすレイアは、顔を上げた。


 もし、プフェルトラ村が見えたら、いったん地上へ降りようか。いや、そこにアメリアがいるとは限らない。ヴァインベルガーの宿舎へ戻っているかも知れないのだ。そんな思いを巡らせていると、後ろから笑い顔で話すようなシュミットの声が聞こえてきた。


「あの子が気になるのかい?」

「えっ?」


 レイアが振り返ると、シュミットが口角を()()げている。


「クルツと一緒にいた女の子だよ」

「どうして――」

「だって、地上(した)ばかり見ているじゃないか」

「いえ。そういうわけでは……」

「精霊界から出て行った連中の心配よりも、怪我したあの子を心配しているように見えるけど、僕の気のせいかな?」

「――――」

「白のクルツの跡を追うかい?」

「いえ、今はいいです」


 レイアは言い終わらないうちに、目を伏せて前方へ向き直った。


 クリストフの()(しよう)スピードは、後方へ飛び去る景色の速さでも分かるが、シュヴァイツァーの鷲より早い。実際、鷲は平均時速が五十キロメートルだったが、このクリストフは七十キロメートルだ。エルザとシュタルクが風の魔法を使って、自分達の移動速度を増したとしても、このクリストフには勝てないだろう。(じき)に彼らの姿をフリーダが捉えるだろうと思っていると、


「師匠! 見えてきました! 前方に仲良く並んで飛んでいます!」


 人の姿をしているレイアは、(ひと)(だま)の姿をしている場合と同じ視力で、十キロメートル先のビー玉が見える。だが、フリーダはそれより遠くの物を見ることが出来るので、フリーダに指摘されてもレイアの視界には何も映っていなかった。どこにいるのだろうと、しばらく目を凝らしていると、


「こっちに気付いたみたいですよ! 止まりました! いや、こっちに近づいてきます!」


 この時に、レイアでもエルザとシュタルクの姿が初めて()()(つぶ)の大きさで確認することが出来た。双方の距離は急速に縮まり、数分後に互いが空中で(たい)()する。エルザとシュタルクは宙に浮いたまま停止し、クリストフはゆっくり羽ばたいて位置を保っていた。


「あんた、何しに来たの?」


 器用に腕組みをして浮いているエルザは、人の姿をしているのは精霊である事に気付いていたが、それがレイアである事には気付かず無視して、見知ったシュミットを(にら)んで不満げに言うと、結界を解除したシュミットも腕組みの姿勢で応じる。


「なんで精霊界を勝手に出て行ったのか、聞こうと思ってね」

「どこに行こうが、私の勝手でしょう?」

「君の勝手であっても、レイアが気になるんだって」

「レイア? ああ、あんたの肩の上にいる子ね」

「違うよ。ここ」


 シュミットが両手でレイアの肩を(たた)くと、エルザが目を見開いた。


「レイアが人間(ヒユーマン)の姿に? あんた、もう精霊に昇格したって事はないわよね? いくら何でも早過ぎるし」

「擬態の魔法です」

「ああ、なるほどね。そこまで出来るくらい訓練したのね」

「はい」


 感心するエルザの横でシュタルクが「泣いていた精霊か」と鼻で笑うので、レイアは憤慨して睨んだが、すぐにエルザの方へ向き直る。


「気になるって、何が?」

「どこへ何をしに行くのかが、です」

「それを聞いてどうするの?」

「――協力できる事があれば協力したいのです」

「必要ないわよ」


 けんもほろろに断るエルザだが、レイアは動じない。


「必要ないと言うことは、一人で、あるいはそこの亜麻色のシュタルクさんと一緒に何かをしようとしているのですね?」

「あんたに教える事なんか何もないわ」

「秘密にする理由は何ですか? まさかと思いますが、何か悪事を(たくら)んでいるのですか?」

「悪事? それは――」

「白のエルザ。それは俺から言う」


 反論しかけたエルザをシュタルクが制する。


「精霊界を一緒に出ようって持ちかけたのは俺からだ。こいつが『人間界をもっと見たい』と言うから連れ出しただけ」

「その行き先が白のエルザの生まれ故郷なんだけど、人間界をもっと見たいって理由になっているのかい?」


 シュミットの突っ込みに、シュタルクとエルザが顔を見合わせた。


「ちぇ。そこまで知っているのかよ」

「亜麻色のシュタルクが一緒に行く――いや、協力する理由は何だい?」

「気が合うからだよ」

「そんなことは()いていない。なら、言い方を変える。白のエルザが何をしに行くのか、知っているのかい?」

「知らねえよ」

「ふーん。茶色のクリストフが火を吐くけど、いいかな? クルツのより数倍強力だけど」

「ま、待った!」


 慌てたシュタルクが、羽をばたつかせて後方へ下がった。


「なあ、白のエルザ。あの位は話してもいいよな?」

「あの位って?」

「探し物をしている事」

「あんたは口が軽いわね。見損なったわよ」


 プイッとそっぽを向いたエルザに、シュタルクは肩を(すく)める格好で翼を広げた。


「探し物って何?」

「教えない」

「ドラゴンの火をお見舞いするよ」

「脅し? 最低なコボルトね」


 今度はシュミットが肩を竦めると、レイアがコホンと(せき)(ばら)いをした。


「白のエルザさん。貴方(あなた)は亡くなったキルヒアイスさんの命令を実行しようとしていますね?」

「答えない」

「否定しないのですね?」

「答えないって言っているでしょう?」

「銀行に忍び込んで、何かを盗めと言われているのですね?」

何故(なぜ)それを知っているの!」


 エルザの明らかな動揺に、レイアは手応えを感じた。


「何を盗むのですか? お金とは思えないので、何かの情報だと思うのですが」

「――ここでは口に出来ないわ」

「どうしてですか?」

「誰が聞いているか分からないし」


 地上十メートル以上の高さでの会話だが、精霊なら聞き取れるのもいる。


「なら、念話で教えてください」


 レイアに促されて短い息を吐いたエルザは、腕組みをしたまま(うつむ)いた後、観念した様子で顔を上げた。


『金庫の奥に隠されている物よ』

『それは――やっぱり、金貨とかですか?』

『んな訳ないでしょう』

『なら、何なのですか?』

『聖遺物よ』


 全く予想外の言葉に、レイアは絶句した。

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