15.追跡開始
エルザもシュタルクも風の魔法を操る精霊だ。人間界で接点のない二人――と言うより二匹――が一緒に精霊界を出たということは、シュタルクが清めの泉で気の合う奴がいたと言っていたのはエルザの事であったようだ。
新たな精霊使いと契約する次の半月の日が来るまで単独行動をしていたシュタルクが、まだ半月にならないのに何の目的で人間界へ行ったのか。好奇心から精霊界へ足を踏み入れた人造精霊エルザが、もう飽きたから生まれ故郷の人間界へ戻ったという推測は、シュタルクの目的を考えるよりも明快な答えを導き出せそうだ。
「きっと、白のエルザさんは生前のキルヒアイスさんに何かを託されていて人間界へ戻ったのだと思います。暗殺者に狙われて危険ですから、精霊界へ帰るように言いに行かないと――」
「やっぱり、大精霊ヒルデガルト様の仰る通りだ」
「――――」
「レイアはそう言うだろうって。それでも伝えろと言われたから伝えたけど、正直、気乗りはしなかったんだよ」
「大精霊ヒルデガルト様は、私にそうして欲しいから――」
「いいかい、レイア。白のエルザは、所詮、人間が作った人造精霊なんだよ。それには何らかの作られた目的がある。その目的を果たすためだけの道具に過ぎないんだ。道具だから、道具の役目を果たす。キルヒアイスだっけ、白のエルザを契約無しで使っていた精霊使いは? そいつが死んでもなお、やらなければいけない何かがあるのだから人間界へ戻ったのだとしたらどうする? 君はそれでも止めるのかい?」
人造精霊と言っても、精霊は精霊。仲間みたいなものだ。それを道具扱いされて納得がいかないレイアだったが、雇い主が死んでも成し遂げる何かがあるというシュミットの仮説に対して反論の言葉が浮かばない。
「やりたいようにやらせればいいじゃないか? 精霊は元々、自己責任で行動するんだから」
全責任は自分の判断にあるというシュミットの言葉に納得せざるを得ない雰囲気になったレイアだが、突破口が閃いてシュミットにグッと近づいた。
「でも、危険が迫っている精霊には手助けが必要なのではないですか?」
「急にどうしたんだい?」
「相手の目的達成のために協力するという行動もありだと思いますが」
「おや? ここへ引き戻す話をしていなかったっけ?」
「――――」
論破されかけて動揺するレイアだったが、少女の姿なら顔に出てしまっていたはずだけれど、人魂の姿でラッキーだったと安堵する。
「つまり、君は、放っておけない性質って事か」
「はい」
「やれやれ。大精霊ヒルデガルト様から『最終的にエルザの事はレイアに一任し、協力しろ』とも言われていてね……」
「――――」
「協力するよ。跡を追うんだろ?」
「はい!」
渋々ながらも承諾が下りたので安心したレイアは、ふと思った。
自分はなぜ、エルザの事が気になるのだろう。どうして、危険な目に遭わないように助けなくてはいけないと思ったのだろう。別に優しくされたのでも恩義を感じる何かをされたわけでもなく、一緒に行動したのは暗殺者と戦った時だけだ。その時の不甲斐ない自分がまた思い出されて苛立ちを覚えるが、どうしてエルザと関わろうとするのかは、自分でもシュミットと同じく理解できない。
だが、よく考えてみると、思い当たることが見つかった。それはおそらく、大精霊ヒルデガルトから聞いたエルザの行動の裏に大きな犯罪の臭いがするからだ。もちろん、エルザが悪人側ではなく善人側である事を期待しているが。それを明らかにして、出来ることなら解決に微力ながら貢献したいという思いが背中を押している気がするのである。
「なんかあれば俺達を呼べよ」
「いつでも駆けつけるよぅ」
「出来れば君達を呼ばなくて済むようにしたいよ。何せ、君達みんなして人間界に来て暴れたら、住み処を失う人間が大量発生するから」
「暴れる前提で言って欲しくないわ」
「君が一番危険だよ。すぐにカッとなるしね」
ジークムントとヘルマンの申し出に肩を竦めるシュミットへ苦情を申し立てたアドルフは、シュミットに切り返されて苦笑する。すぐにカッとなるという意外な一面を知らされたレイアは、男の姿になったアドルフの壮絶な剣術を思い出して、一番危険である事に激しく同意した。
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シュミットに連れられて精霊界の門を出た人魂姿のレイアは、もう片時もそばにいて離れない微精霊フリーダを後ろに見つつ、クルツと一緒に出た時と同じ方角へ歩いて行くのかと思っていると、深い森の景色が一変した。瞬間移動が得意のシュミットと行動していると、景色の激変が日常茶飯事だが、未だに慣れないレイアは嘆息して周囲を見渡す。
人間界はすっかり夜の帳が下りていて、厚い雲が空を覆い、辺りは漆黒の闇と化していたが、記憶に残る戦闘の跡が夜目でもはっきりと分かって戦慄した。
ここは、精霊の森の外だった。しかも、あの暗殺者達がまだ葬られておらず、肉片となった遺体がそこかしこに散乱している。
「今、人間界では何時なのでしょう?」
「さあね」
レイアに背中を見せているシュミットは、振り向かずに肩を竦める。
「なら、森に入って精霊界へ行ってからどのくらい時間が経ったのでしょうか?」
「精霊は人間と違って、時間感覚がないから分からないよ。ほんと、アドルフが言ってたように、君は人間に近い精霊だね。感覚がだけど」
「精霊界でずっと魔法の訓練をしていたのに、その間、遺体が埋葬されていないということは酷い話です。敵でも可愛そうです」
「そっか。なら――」
シュミットが右手を突き出すと、バラバラになった遺体の横に丸い穴が開き、見えない手で肉塊が無造作に投げ込まれると、土が被せられて少しこんもりとした土饅頭のようになった。
「これで気が済んだかい?」
「はい」
レイアは擬態の魔法で白いロングドレスの少女の姿になり、即席の墓に向かって合掌した。魔法の発動に気付いて振り返ったシュミットは、そんなレイアを見て不思議そうな顔をした。
「エルザを消そうとした奴らだよ。そんな奴らに情けをかけるなんて、考えられないよ」
「でも、人間ならこうします」
「いや。人間界の連中は、仲間ならそうするけど、敵ならしないよ。君が言う人間って誰なのかな?」
「――――」
「まあいい。とりあえず、奴らの跡を追うよ」
「はい。灰色のシュミットさんは、白のエルザさん達がどこへ行ったのか、分かるのでしょうか?」
「分からない」
シュミットの即答を聞いたレイアは、膝をカクンと折ってずっこける。追跡者が行き先を分からないでどうする、闇雲に探すのかと不安になると、
「そこで、大精霊ヒルデガルト様にお伺いを立てるのさ」
結局、千里眼の大精霊頼みである事が発覚して、レイアは苦笑する。シュミットがしばし無言になり、念話で長いやり取りをしているのを見守っていると、彼が何かに気付いて自分を見たので彼女は首を傾げた。
「どうしました?」
「いつまでもその格好をしていると、マナ不足になるよ」
「あっ……」
「どのくらいその姿を保っていられるか試しているならいいけど」
それもいいなぁと思っていると、念話が終わったらしく、シュミットがフーッと息を吐く。
「連中はローテンベルゲン公国のある方角へ、飛びながら移動中らしいよ。まだ、シュヴァルツカッツェン辺境伯領の上空にいるみたいだけど」
「そう言えば、精霊の森ってどの国の土地にあるのですか?」
「どの国のでもない」
シュミットが語気を強くして、そう言い切る。精霊の森は精霊の物だという主張の表れだ。
「なら、ここはどの国の土地でしょうか?」
「今僕らが立っている場所? シュヴァルツカッツェン辺境伯領の東の果て、ってとこかな。それはいいから、さあ、急ごう」
「急ごうって、歩いて行くのですか?」
「まさか。おーい! 茶色のクリストフ!」
シュミットが空に向かって大声を上げると、何処からともなく鳥が大きな羽を羽ばたかせて飛んでくるような音が近づいてきた。その音の方向へ目を向けたレイアは瞠目した。なんと、空から茶色の大型のドラゴンが舞い降りてきたのだ。サイズ的にはジークムントを遥かに超える大きさで、目測で背丈は四メートル、羽の端から端までは十メートルは下らないだろう。
風圧で蹌踉めくレイアと飛ばされるフリーダに笑うシュミットも、しっかり踏ん張って立っているように見える。
「そこにいてくれ! 今行くから!」
「え? あの高さまでどうやって?」
羽ばたきながら地上十メートルの高さで停止しているクリストフに向かって叫ぶシュミットが、地面からどうやってあの高さまで飛び移ることが出来るのか。しかも、自分もフリーダもいるのだ。そんな不安を抱くレイアにシュミットは笑顔を向け「任せて」と言い、フリーダを左手で掴み、レイアを右手で抱き寄せると、軽く膝を折ってから跳躍した。
「それ!」
「きゃっ!」
みるみるうちに上昇するシュミットは、クリストフの背中に着地すると「よいしょ」と腰を下ろした。それからレイアを自分の前に座らせ、フリーダを透明な球体の結界で包み込むと、右肩の上に球体を乗せた。不思議なことに、これで球体が固定され、風を受けても飛ばされなくなった。
「さてさて、奴らを追いかけるぞ! レイア、しっかり掴まって!」
掴まってと言われても、目を落とした先にあるドラゴンのゴツゴツした鱗に指を掛けるしかなく、塩梅の良い場所を両手で探して掴んだ後、座り心地が極端に悪いドラゴンの背中にお尻が安定する場所を探しているうちにドラゴンが飛翔を開始した。
「あっ! ごめんなさい!」
「大丈夫だって」
バランスを崩して仰け反った途端、背中をシュミットにぶつけたレイアは、頭だけ振り返って謝罪するが、彼は笑顔で答えた。
初めて乗るドラゴンの背中。風が強くて時々上下するので、波打つコースのジェットコースターに乗っている感覚に近いが、異世界に来て初めての体験にレイアは心がときめいた。
これが夜ではなく昼間だったら、どんなに爽快だったであろう。
夜目が眼下に捉える田園風景や街道を昼間の光景に置き換えて想像するレイアは、目を細めて前方に視線を移した。いずれ、自分より遠くが見えるフリーダが、飛翔する二匹の精霊達の姿を発見して知らせてくれるはずだ。心臓は動いていないが、鼓動が高鳴る感覚は人魂の時と同じ。前のめりになって指先に力が入るレイアは、フリーダの報告を待ちながら、自分も闇の中にミミズクと白猫の姿を探し続けていた。




