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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第3章 準精霊

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13.治癒魔法

 目の前に大精霊ヒルデガルトの側近九名のうち、コボルトの「灰色のシュミット」、ドラゴンの「金のジークムント」、熊の「茶色のヘルマン」、美少女の「群青(ぐんじよう)のアドルフ」がいる。今は人間界にいる美少女「(くれない)のエルリカ」、猫というかほぼ毛玉の「白のクルツ」、そして癒やしの泉で別れてから会っていない兎人族の姿をした「(くり)(いろ)のランゲ」をいれて七名。あと二名でコンプリートだ。


 他に誰がいるのかを想像するよりも先に、シュミットみたいに民族衣装を着て、濃い茶色でフサフサした髪、くりくりとして輝く赤い目、長い耳のランゲを思い出したレイアは、急にユミッチに会いたくなった。


 二人で一緒に異世界へ転生した後、ランゲのお付きになったユミッチは、今頃どこで何をしているのだろう。彼女も自分みたいに成長して大きな(ひと)(だま)の姿になっているのだろうか。火の魔法に磨きをかけて、新しく風の魔法も土の魔法も、もしかして特性がないと言われていた水の魔法までも習得しているかも。すでに願いが(かな)って、男の勇者の姿を得ていたりして。それはさすがに早過ぎるからあり得ないか、と想像を膨らませていると、


「で、治癒魔法を教えて欲しいのはどっち?」


 レイアとフリーダを見比べるアドルフの声で我に返ったレイアは「私です」と答えて上下に揺れた。


「ふーん。面白そうな準精霊ね」

「輝きが不思議と言われます」

「それもあるけれど、こうやって見ているだけでも徐々に成長しているんだもの。不思議よ」

「本当だ。俺が行って帰ってくる間に、大きくなっているな」


 ジークムントがアドルフの隣に立ってレイアに顔を近づけて感心する。事実、レイアはジークムントがアドルフを呼びに行っている間に、直径十三センチメートルからさらに成長して直径十六センチメートルの輝く球体になっていたのだ。これが今も――おそらく微増だろうが――徐々に大きくなっているというのだから、(すご)い話である。


「群青のアドルフさんって、今私が成長しているのも見抜かれたのですね。凄いです」

「当たり前よ。群青のアドルフの目はどんな()(さい)なことでも見逃さないぜ」

「だから戦いでも敵の動きから次の行動を見抜いてその先を行くから勝利するんだよぅ」


 レイアがアドルフの観察力に感心すると、それは当然だとジークムントとヘルマンがアドルフを(たた)えた。ヘルマンの言葉にアドルフの見た目とは違う一面を知ったレイアが何気に問いかける。


「群青のアドルフさんは、戦うのですか?」


 つい好奇心から質問してしまったレイアは、女性に対して失礼な事を()いてしまったかもと後悔した。決して、彼女が戦うことに疑問を呈している訳ではないのだが、そうとも取れる発言だ。


 だが、レイアの質問に対してアドルフは謎めいた(ほほ)()みを浮かべるだけで、周囲の三精霊は互いに顔を見合わせている。彼らはレイアの質問に(あき)れていると言うより、誰が言い出すかを決めかねて目配せをしているように見える。この場の違和感に加えて、レイアは今頃になって「アドルフ」という名前に違和感を持ち始めた。


 そもそもアドルフは、男性名ではなかったか。だが、目の前で微笑んでいるのは、銀鈴の声を発する雪肌の美少女だ。男性が女装しているのか。


「茶色のヘルマンは口が軽いな」

「つい正直に言ってしまったよぅ」

「やれやれ。治癒魔法を使うお嬢様を最後まで演じるつもりでいたが……、もう一人の姿を見せないといけなくなったね」


 アドルフが両方の腕を真横に伸ばすと、全身が青白く輝く無数の光の粒に包まれ、それらの粒が体の周りを時計回りに回転して()(せん)を描きながら上昇して消滅していくと、そこには紺色のマントを羽織る白い軍服姿の人物が現れた。髪も目の色も顔の輪郭も変わらないが、表情は女性の雰囲気を少し残しつつ男性らしくなり、まるで男装の麗人が軍人を演じているかのようだ。


「これが僕のもう一つの姿さ」


 声はオクターブ低く変わっていて、レイアは美丈夫の出現に心が震えるほど感動して、全身も上下に揺れていた。


「彼、擬態じゃないよ。精霊は一つの姿しか持てないけど、群青のアドルフだけは別格で二つの姿を持っているんだ」

「戦闘の時は男になって、治癒魔法を使う時は女になるんだよぅ」


 シュミットとヘルマンの補足を聞いたレイアは、なら、普段はどっちだろうと思っていると、


「女の時が多いけどね」


 さらりとアドルフがレイアの無言の質問に答えていた。


「ちょっと、そこにある木を切って見せてあげたら」


 シュミットの提案にアドルフは「いいだろう」と(うなず)くと、右腕を真横に伸ばす。すると、右手の先に青白い光の粒が剣の形をしながら伸びていって消えると、そこには宙に浮いた銀色のサーベルが現れた。彼がそれを握って、五メートル先にある大木に向かって刃先を向ける。そして、刀身が揺れたかと思うと、大木に無数の銀閃が縦横に走り、何百本もの(まき)に分解され、それらは重力に逆らえず地面へ落下して散乱した。


 あまりの出来事にレイアもフリーダも体が硬直して声も出なかった。アドルフの技に慣れている側近達は、毎度の出来事のように平然と眺めているだけ。沈黙が流れる中、ヘルマンが初体験のレイア達に種明かしをする。


「群青のアドルフは、時間の魔法を操れるんだよぉ。魔法で、周囲に流れる時間より早く自分が動いて、木を切り刻む。凄いよねぇ」

「動いている方は、凄く忙しいけどね」


 アドルフはサーベルを光の粒に包んで消した後、苦笑する。


「泉を泳ぐ水鳥の足がバタバタしているのと同じだろ?」

「もっと激しく動いているけどね」


 アドルフがジークムントの()(らか)いを切り返しながら、再び全身を青白く輝く無数の光の粒に包み、それらの粒が今度は体の周りを反時計回りに螺旋を描きながら下降して消滅すると、ワンピース姿の女性のアドルフが現れた。


「さて、治癒魔法を教えるわよ」


 出会いの時と同じ女性の声に戻ったアドルフがレイアに近づくと、ボーッと見つめていたレイアはアドルフに右手の拳で軽くコツンと(たた)かれた。


「お返事は?」

「は、はい!」


 ()びるように揺れるレイアを見て、女アドルフは優しく微笑んだ。


「そう言えば、お名前を聞いていなかったわね」

「レイア・マキシマです」

「良い名前ね」

「ありがとうございます」

「レイア。治癒魔法って、あるべき姿に戻すことが基本よ。この意味が分かる?」

「ええ」

「なら、貴方(あなた)が元々の姿を知らない精霊の両腕がなくなった。どうやって治癒させる?」

「――――」


 そんなこと、考えても見なかった。治癒魔法は、単に()()をした相手を治す程度にしか考えていなかったので、傷口が(ふさ)がったり()(のう)が消えたり発熱が治まったりすればそれで良しだと思っていた。アドルフの言っていることは、相手が失った腕を復活させることで、それは自己修復する――腕の形を覚えている自分自身が治す――手段しかないのではないか。


 レイアが自分の考えを述べると、アドルフは初心者が答える期待通りの答えだったらしく、目を細めて小さく笑う。


「そう。それは造形魔法の応用。知っている形に作り替えるやり方よ。元に戻ったかのように見えるけど、実は怪我する前と同じ形に作り替えているの。造形魔法は、擬態の魔法が出来れば難しくないわ」

「傷口や化膿した部位の治癒がそれで可能なのは分かりましたが、発熱は?」

「熱のない状態に作り替えるだけ。いずれも、知っているから出来ること。これって、知らなかったら出来ないわよね?」

「ええ」

「でも、知らなくても元に戻せるのよ。見たことがない腕を元通りにね」

「――どうやるのですか?」

「時間を逆行させ、怪我する前の状態に戻すの」


 そう言えば、アドルフは時間の魔法を操れるとヘルマンが言っていた。そんな高度なことをこの場で習得出来るのだろうか。一気に不安が高まったレイアだが、顔を近づけたアドルフがニコリと笑う。


「貴方の魔法回路は、造形魔法も時間の魔法も適性があるわ。でも、未熟だから、今は怪我の治癒くらいにしましょう」



 いよいよ始まったアドルフの魔法の授業だが、教え方が丁寧でレイアはすぐに理解でき、早く試したくなるほどだった。


「じゃあ、この傷を治して」


 左手の甲を上に向けて差し出したアドルフは、右手の人差し指の爪で甲を真横に()()くと、パックリと傷口が開いて血が噴き出した。爪で付けた傷にしては鋭利な刃物と同じなので、仰天するレイアは体が硬直する。だが、(ちゆう)(ちよ)していては出血が続くので危険だ。すぐに気持ちを切り替えたレイアは、真下の草を赤く染めるほど滴る血を止めなければと急いで魔法を繰り出すと、傷口の上に緑色に輝く魔方陣が出現し、傷口は(たちま)ちのうちに消えて血だけが残った。


「血も消せるけど――まずは合格ね」

「ありがとうございます!」

「本当に覚えが早いのね。普通なら、慌てて失敗するものだけど」

「詳しく教えていただきましたから」

「なら、これはどう?」


 今度はどういう怪我の治癒の訓練をするのだろうと思っていると、アドルフは右手で左手首を握り、いきなり左手首を引きちぎった。


「ほら、急いで」


 大量出血で卒倒しそうなレイアだったが、「手首を付けてください!」と叫ぶと、アドルフは「そう言えば、貴方は手が塞がっていたわね」と涼しい顔をして自分で引きちぎった左手首の切断面を左腕の切断面に押し当てる。血のバンドをしているかのように手首の周りが赤く染まるが、その上で緑の魔方陣が先ほどよりも一回り大きくなって輝き、柔らかで暖かな光が手首と青色のワンピースの袖を照らす。


 ()(すが)(おお)()()なので治癒には三分間ほどかかったが、傷口も血までも消えて、治療中にジッとレイアを見つめていたアドルフは、左手に視線を移して五本の指を順番に動かす。ちゃんと元通りになったらしく、彼女は感嘆する。


「凄いわね。一発でこんな怪我も治してしまうなんて」

「群青のアドルフさん、驚かせないでください。手首が千切れたときは死ぬかと思いました」

「精霊はそのくらいじゃ死なないわよ」


 レイアは自分の仰天ぶりを「死ぬかと思った」と表現したのだが、アドルフは自分――精霊――が死ぬと勘違いしたようだ。


「ずっと私の方を見ていたように思いましたが」

「だって、面白いんだもの」

「何がでしょうか?」

「貴方が、魔法を使う間にどんどん大きくなるから」

「――――」

「今の貴方って、鍛えれば鍛えるほど魔法回路が大きくなって、それにつれて体も大きくなるのね。準精霊のこういう急成長って、初めて見るわ」


 実際、レイアの体は治癒魔法を覚える前に直径十六センチメートルだったのが、直径十九センチメートルにまで大きくなっていたのだ。


「もう少しで、白のクルツの半分になるな。そこまでは成長させたいよ」


 シュミットの言葉を受けてアドルフが「じゃあ、別の所を」と言い出し、地面に腰を下ろして足を投げ出すと、レイアが慌てて大きく左右に揺れた。


「群青のアドルフさん! 何、今度は右足首を(つか)んでいるんですか!?」

「あら? 右足の付け根から引きちぎった方が良かったかしら?」

「いえいえ! ちょっと待ってください!」

「頭でもいいわよ?」

「死んじゃいます!」

「頭を取ったくらいじゃ死なないのよ」

「だからって、やめてください!」


 両手で頭を掴んで首を胴体から外そうと(おど)けるアドルフに、レイアが慌てるのを見て皆が爆笑し、彼らの声は星空へ消えていった。



 その後、アドルフの体を使った治癒魔法の訓練を三回繰り返し、レイアは目標である直径二十センチメートルの球体へと成長した。


「さてさて、レイア。もう擬態の魔法を使って、念願だった人の姿になれるよ」

「え?」

「僕達みたいに固定じゃないから、いつでも今の姿に戻れるけどね」


 シュミットの言葉に、レイアは心がときめいた。


 人魂の姿と人の姿を行き来できる。好きな時に、好きな姿になれるのだ。


「ただ、気をつけて欲しいのは、マナが不足したら元の姿に戻ってしまうこと。特に、人間界はマナが希薄だから注意が必要だよ」

「どのくらい不足したら元に戻るとか、基準はあるのでしょうか?」

「それは何に姿を変えているかによるから、何とも言えないけど」

「まさか。三分間で精霊界へ戻らないといけないとか?」

「さんぷんかん?」


 そう言えば、精霊界は時間の概念がなかった。


「いえ、何でもありません。意外と短いのですね。気をつけます」

「精霊界と人間界で試してみたら? どのくらい姿を変えていられるか、感覚を掴めばいいと思う」

「はい」

「早速、何になりたい?」


 もちろん、人の姿だ。手本はある。それは紅のエルリカ。


 でも、そっくりなら()()だと思われる。


 ならば、目の前にいるアドルフの要素も取り入れてみよう。


 いや。それだけではなく、前世の日本人の要素も入れて自分らしさを主張しよう。


 レイアは、なりたい自分の姿をイメージして擬態の魔法を発動する。


「「「おおおっ!」」」


 シュミットとジークムントとヘルマンが同時に感動の声を上げ、アドルフは微笑んだ。


 ――白いロングドレスを小柄な痩身に(まと)い、(ふと)(もも)まで届くストレートの黒髪と青玉色の瞳が美しい()(れん)な美少女レイア・マキシマの原型は、こうして誕生した。

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