10.擬態の魔法
「それじゃあ、擬態の魔法について、魔法回路の使い方から教えるね」
シュミットはレイアを手招きして、自分の傍らに呼び寄せた後、フィンガースナップを響かせる。すると、レイアが切り倒したはずの十本の大木がブルッと震えたかと思うと、地面に転がった木の上半分が独りでに浮き上がり、切り口同士が接合して、何事もなかったかのように元通りになった。レイアとフリーダが樹木の自動修復に仰天していると、
「あそこの木の枝になってもらうよ」
シュミットが視線をレイアから修復された木の一本へ移し、右手で指差す。その言い方だと、樹木と同化してしまうかのように聞こえて焦って揺れるレイアだったが、シュミットは彼女の反応を予測していたかのように笑う。
「違うって。追っ手が来た想定で、木の枝に化けてジッとして、相手が過ぎ去るのを待つ、っていう訓練さ」
「でも、化けても、精霊の気配を消せないのではないですか?」
「それが出来るんだね」
「気配を消すときは姿も消さないと――」
「そんな事、誰に教わった?」
「……いえ、誰にも」
「姿を見せても気配は消せるのさ。この理屈が分かるかい?」
固定観念がひっくり返されて面食らったレイアは、理屈を考えるよりも先に反論のネタを探すが、クルツやエルリカという実力者の弁の後ろ盾はなく、単に自分が気配を消す時は常に姿を消していたという事実しか思いつかなかった。
そもそも、気配を消すのは相手から自分の存在を悟られないためで、それには姿を消すのが手っ取り早いからそうしてきた。でも、自分が最善の手だと思っていましたでは反論の材料には乏しい。ならば、今はこの固定観念を捨てて、シュミットから出された問題を解くしかない。
思い返すと、狼人族陣営に潜入する前にフリーダから姿を消す方法を教わった時、体を見せるのに使うマナを使わないように魔法回路の出力を切ると教わった。気配を消すには入力も切ると言われた。姿を消した状態で気配を消すものだと思い込んだのは、ここが出発点と言えそうだ。
エルリカから気配を消したまま移動するやり方を教わった時、魔法回路の入力を切って気配を消してから、魔法回路の弱い出力を使って姿を消しつつ相手に悟られないように移動した。と言うことは、入力は気配に関係して、出力は姿や行動に関係しているのではないか。
なるほど、と閃いたレイアは、上下に揺れて回答する。
「もしかして、姿を見せたまま――魔法回路の出力はそのままにして、入力の方を切るのでしょうか?」
「そういうこと」
正解を出したレイアにシュミットはウインクで応えた。
「相手から隠れるのは、何も姿を消すことだけではない。景色に溶け込んでいれば、気付かれないんだよ」
シュミットは隠蔽的擬態のことを言っているが、それは目立たないようにするためのやり方。逆に、目立つようにする――自分より強い何かに似せる――標識的擬態もあり得るが、それは擬態の魔法の使い方次第だ。
「思ったのですが、マナの入力がないので、いつまでも気配を消せませんよね?」
「もちろん。一時的なものさ。調子に乗っていると、マナ不足で消えるよ」
「じゃあ、擬態には限界がある――」
「おいおい、勘違いしちゃ困るよ」
右手を肩まで上げて右肩を竦めるシュミットは失笑する。
「追っ手が来た想定で木の枝に化けて相手が過ぎ去るのを待つ訓練の話から、気配を消す話になって、擬態は限界があるって結論づけているけど、そもそも擬態と気配は関係ないって」
「え?」
「意外に早とちりだなぁ。擬態になって気配を消す以外にも、精霊の気配全開の擬態もあるんだよ。強面で有名な精霊のそっくりさんになるとか」
これが標識的擬態の一種だろう。
「まあ、何はともあれ、擬態の魔法を使うための魔法回路の使い方を教えるよ」
「はい」
「マナの蓄積具合にもよるけど、どんな大きな物にでもなれる。自分の体を変化させる魔法だから、物を出現させる魔法と違って、コツを掴むには時間が掛かるけど」
ところが、この予想は見事に外れ、レイアはシュミットの手ほどきで大木の一本の枝に難なくなりきった。しかも、精霊の気配はなく、風が吹いて木の葉が揺れるという演出付きだ。
「驚いたな。一発で覚えるなんて、初めて見た」
「だから、師匠は凄いんです!」
「じゃあ、このままずっと枝になってもらおうか」
右手を口に当ててププッと笑うシュミットに、フリーダが「灰色のシュミットさんは意地悪なんですね」と嘆息する。
その後、レイアに「僕になってごらん」と課題を出したシュミットは、目の前に自分とそっくりな姿のコボルトが現れて、完成度の高さに「嘘だろ……」と仰天する。だが、何かに気付いてニヤリと笑ったシュミットは、レイアの側面と背後に回り、一周してから爆笑した。
「ハハハッ! 君は僕の正面以外をちゃんと観察していなかったね。正面は完璧だけど、側面と背後は雑すぎるよ。特に側面が」
枝の場合は、見えていない部分でも想像で補って擬態できるが、それより複雑な服の場合、三百六十度観察していないと完璧には化けられない。シュミットの背中を追いかけたことがあるので、ある程度は後ろ姿を記憶していたが、側面まではちゃんと観察していなかったので想像で補完して変身してみたが、いまいちだったようだ。
「と言うことは、初対面の相手に化けるには、全身を観察しないといけないのですね?」
「もちろん。想像にも限界があるって事。今の僕は、君の偽物シュミットに化けられるけどね。グルッと回って見せてもらったから」
「なら、不合格でしょうか?」
「……ま、合格にしよう」
大目に見て合格点をもらったレイアの次なる課題は、大木そのものに擬態することだった。自信を持って樹木に擬態したレイアは、妙に前後左右の木との間隔が狭くて不自然に立っている大木になっていたが、外観は申し分なく、周囲を観察したシュミットとフリーダを唸らせた。
「記憶にある物、もしくは想像で補っても違和感がなく再現できる物は完璧だね」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、次は山になってもらおう」
「――――」
「君が壊した山くらいでいいよ」
果たしてそんな事が出来るのか、レイアは半信半疑であったが、記憶に新しい四角錐の岩山を思い描いて擬態の魔法を繰り出す。ところが――、
「やっぱり、これが限界か」
「師匠だって、ここまでやらされたら無理ですよ!」
高さが三分の二で途中まで積み上げて放置状態になったピラミッドのような形の岩山を見上げるシュミットが苦笑し、フリーダは彼の掌から浮き上がって抗議した。底面の一辺が二十メートルで高さが十三メートルの四角錐台から人魂の姿に戻ったレイアは、瞠目するシュミットに迎えられた。
「君の成長は止まる所を知らないね」
「そうなのですか?」
「師匠! また一段と大きくなりましたよ!」
実際、レイアは、訓練前の直径八センチメートルから十センチメートルにまで成長していたのだった。
「次は、別の場所へ案内するよ」
「別の場所――ですか?」
「うん。星の輝く場所。そこに知り合いがいるんだ」
シュミットがそう言って右手を突き出すと空気中に波紋が生じ、彼はフリーダと一緒に波紋の中へ足を踏み入れる。慌てたレイアは置いて行かれないように、彼の消えつつある背中を追いかけた。




