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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第3章 準精霊

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8.訓練と成長

 ――精霊が銀行に行く。


 エルザが自ら預金をするとは到底考えられないので、精霊使いキルヒアイスの指示によるものだろう。でも、彼が窓口へ行けば良い話で、精霊にお使いをさせるのはおかしな話である。エルザが擬態の魔法を使って白猫から別の姿――もちろん、人間(ヒユーマン)、あるいは獣人――に変身してなりすましで預金を出し入れしているのだろうか。それとも、エルザは姿を不可視に出来るので、透明になって銀行内を下見していたのか。


「よく行くって、毎日行っていたのですか?」

「人間界の暦で言うと、ほぼ毎日です」


 大精霊ヒルデガルトがわざわざ「人間界の暦で」と断り書きのような言葉を添えるのには()()があって、精霊界には一日という概念が無いからだ。精霊界では太陽があるわけでもないのに空には光が満ちていて、照明の如く万物を照らしている。この光の方向が垂直だったり斜めだったり場所によって違うという不思議な現象は、すでに人間界の常識を越えているのだが。


 なお、後でレイアがシュミットに案内されるが、光(あふ)れる空間の他に、(てん)(がい)に満天の星が輝く夜の空間もある。言うならば常時(ちゆう)(かん)、常時夜間の世界があるようなもので、それぞれの環境を好む精霊が()みついているのである。これらの環境が気に入らない精霊の中には、自分で張った結界内で人間界の一日を再現するのもいるし、完全に闇を作って()もるのもいる。


「銀行の中で何をしていたのかは分かりますか?」

「それが、侵入する段階で結界を張るので、分かりません」

「侵入するのですか!?」

「人間が出入りする場所からではなく、窓から入れば、侵入としか思えないでしょう?」


 エルザが毎日銀行の窓から結界を張って侵入する姿を思い浮かべるレイアは、キルヒアイスが精霊に銀行強盗でもやらせていたのではないかと疑念を抱いた。しかし、毎日金貨を持ち出せるほど警備がザルな銀行があるとは思えないし、行員は盗難に気付いて警備の強化とか対策を講ずるはず。ならば、エルザの目的は盗難ではなく、銀行内にある何らかの情報を調べていたのではないだろうか。それならば()に落ちる。


「先ほど、他の人造精霊と情報のやり取りをしていると(おつしや)っていましたが、白のエルザさんが銀行の情報を仲間に伝えていたのでしょうか?」

「仲間と頻繁に接触していたのでそれもあったと思いますが、他の人造精霊も自分の担当があるようで、複数の商会に出入りする精霊、役所に出入りする精霊がいました」

「全部、キルヒアイスさんの指示だったのですか?」

「いいえ。それぞれ別の精霊使いの指示です」

「その指示って、聞こえていたりしましたか?」

「いいえ。念話でしたから」


 なるほど。精霊使いが手駒の人造精霊へ念話で指示を出し、銀行、商会、役所から何らかの情報を集めていた。その情報が人造精霊を作っている場所に集まっていたとなれば、精霊使いに指示を出している人物がそこにいるはずだ。自分の推理にワクワクしてきたレイアは、上下に揺れた。


「段々分かってきました。白のエルザさんが何故(なぜ)狙われていたのかを。きっと、銀行で不正融資とかを見つけたのだと思います。それが発覚するのを恐れた犯人がキルヒアイスさんを殺して――」

「そのくらいにしましょう。私の知っていることはお話ししましたから」


 話を切り上げて腰を上げるヒルデガルトは、露骨に焦りを見せないようにレイアを気遣い、一瞬浮かんだ焦燥の色を笑顔で隠す。


「お忙しいところ、ありがとうございました」

「その気遣い、人間がまだ抜け切れていませんね?」

「ええ。まだ精霊になって日が浅いですから」

「確かに。でも、初めて会ってから、もうこんな短時間に成長するなんて、考えられないですよ」


 (そう)(ごう)を崩すヒルデガルトが同意を求めるようにシュミットへ視線を送ると、機嫌が直った大精霊を見て(あん)()するコボルトは震えが止まって(しゆ)(こう)する。


「お忙しそうですけど」

「いつものことです。暴れている大精霊がいますから、懲らしめに行かないと」


 会話中に、大精霊が何となく話を切り上げたい雰囲気を醸し出していた理由が分かって、レイアは好奇心を満たそうとして引き止めていたことに罪悪感を覚えた。何か()びないといけないと思った彼女は、情報提供を思いついた。暴れている大精霊は、確か、グローベとか言っていたはず。ならば――、


「そう言えば、人間界で、大精霊グローベさんの側近という亜麻色のシュタルクさんと遭遇し、白のクルツさんと戦いましたが――」

「知っています」


 そうだった。この大精霊は何でもお見通しで、その程度の事など千里眼で掌握済みだったのだろう。何故気付けなかったのか。レイアは、自分の質問に付き合ってくれたお礼のつもりで提供した情報だったが、相手が所持している物をプレゼントとして渡してしまった以上に気落ちする。


 早足で小屋を出るヒルデガルトを追いかけるように、シュミットとフリーダが小屋を出る。大精霊を長く足止めして悪かったと思うレイアは(もん)(もん)として漂うように移動していたが、閉まりかける扉に気付いて慌てふためき、扉に体を(こす)りながら外へ出た。


 大股で歩くヒルデガルトが何も言わずにフッと消えると、歩幅を合わせて頑張っていたシュミットがフーッと息を吐いて立ち止まり、(こうべ)(めぐ)らせた。


「さあ、訓練に行くよ」

「はい」


 彼の背中に追いついたレイアが返事をすると、シュミットとレイアの姿が同時に消えた。


「師匠! どこへ行っちゃったんですかー!?」


 二人が消えて慌てたフリーダが周囲の木々の間に彼らの姿を探していると、どこからともなく「ごめん」と言うシュミットの声がして、フリーダも瞬時に姿が消えた。



 □■□◆□■□



 シュミットとレイアが姿を現したのは、草木が一切生えていない岩だらけの場所だった。レイアは体を動かさずに自分のパノラマ映像の視界で周囲を確認すると、三百六十度に垂直な岩の壁が見えるので、どうやら大きな(くぼ)みの中にいるらしいと判断した。実際、彼らは直径が百メートルの円形で、地表から二十メートほど沈んだ盆地のような場所の中心地にいた。精霊界に来て初めて見る荒涼とした灰色の風景に目が(くぎ)()けになったレイアの横で、シュミットが頭を()いた。


「ごめん」

「いえ、ここなら訓練にちょうど良いと思いますが」


 シュミットの謝罪が自分へ向けたものだと思ったレイアは、最初から訓練を戦闘用の魔法に磨きをかける事と捉えていたので、今目の前に広がる、破壊しても誰も困らないであろう場所は最適だと思って言葉を返すと、突然、フリーダが空中から現れた。


「あっ、師匠! よかったー! いなくなっちゃったと心配しましたよ!」

「一緒に来ないと駄目よ」

「はーい」


 これでもシュミットの謝罪がフリーダを置いてきぼりにした事が原因であると気付かないレイアは、フリーダに優しく忠告するが、それを見ているシュミットはレイアの勘違いに対して何も言わずにまだ頭を掻いている。


「さて、ここで僕に魔法を見せてほしい。どれだけ暴れても構わないよ」


 シュミットの言葉に、レイアは『何でもお見通しのヒルデガルトから、自分の魔法について委細を聞いていないのだろうか?』と不思議がったが、聞いていたとしても、この目で確かめたいのだろうと思い、早速披露することにした。


 まずは氷漬けの魔法から始まり、氷柱(つらら)の魔法、氷の大太刀の魔法と順に発動し、最後は高さ十メートルの竜巻のような水の渦を全力の魔法で披露した。これだけ連発すれば、いつもなら「力が出ない……」と地べたに転がってしまうところだが、何事もなかったかのようにピンピンしている自分に驚いた。精霊界は人間界よりマナが濃密らしいから、消費した分をたちどころに吸収しているのだろう。


「うん。魔法は準精霊ってところだね。体はかなり大きめの微精霊だけど」


 やはり、肥満を連想させる言葉が気に入らないレイアだが、フリーダが「師匠は(すご)いですね!」としきりに褒めるので、不満はたちどころに解消された。


「もう一度やってくれる?」


 ()()わりを要求されたので、今度はもう少し派手にやってやろうと、氷の塊を倍増させ、氷柱も太くし、大太刀も三本同時に出現させ、水の渦は二十メートルの高さに達した。ここまで頑張ると息が切れそうな気分――もちろん、呼吸はしていないのであくまでそういう感覚――だったが、これでもバテることがない。レイアは、急に自分が強くなった気がしたが、これは精霊界で訓練しているから出来ることで、人間界なら無理だろうなと思っていると、


「もう一度やってくれる?」


 腕組みをしながらニヤニヤするシュミットは、二度目の御代わりをする。これには何か魂胆があるのだろうか。もしかして、どこまで出来るか試そうとしているのだろうと思ったレイアは、先ほどよりも強めに魔法を発動した。シュミットを十人いっぺんに氷漬け出来る氷塊を(こしら)え、氷柱を五十本飛ばし、氷の大太刀を十本出現させ、限界と思える力で高さ三十メートルの渦を作ると、渦によって発生した風でシュミットは後方に()()めき、フリーダは吹き飛ばされた。


 気分は肩で息を吸う感じのレイアは、これなら十分見ただろうとシュミットに意識を向けると、無言の彼はやはり腕組みをしてニヤけている。カチンときたレイアは、もう一度催促してきたら今度こそ言ってやろうと思っていると、シュミットが口を開いた。


「もう一度」

「あのー、もう一度って、何回やればいいのでしょう?」

「ここが壊れるまで」

「え?」

「今いるこの場所が破壊されるまでだよ」


 ()(てつ)も無い要求に()(ぜん)としたレイアは、言葉を返せない。今いる場所って、レイアの体と比較してみれば、四センチメートル対百メートルで二千五百倍だ。これを破壊しろなんて難中の難事、無理難題、それこそ言いがかりに等しい。言ったシュミット本人が出来るのだろうか。(はなは)だ怪しい。


「そもそも灰色のシュミットさんは出来るのでしょうか?」

「ん? 当然だよ。見せてあげようか?」


 頭にきたレイアが教官シュミットに向かって、出来るのなら手本を示せ的な発言をすると、シュミットはその反応を待っていましたとばかり、笑顔で右足の(ふと)(もも)を上げてから、勢いよく下げて木靴で地面を強く踏む。と、突然、地鳴りの音が響き渡り、木靴の下から岩の凹凸が波紋のように広がって、割れた岩の無数の破片が宙に飛び散る。岩が灰色の水でもあるかのような波紋が岩壁の下に到達すると、振動で壁に亀裂が入り、一部が崩壊した。


 片足の踏み込みが岩を波立たせて遠方の壁まで崩落する光景を放心状態で観ていたレイアとフリーダは、まだ続く(ごう)(おん)に紛れるシュミットの爆笑を耳にした。


「ハハハ! 大精霊ヒルデガルト様の側近ともなれば、これくらいなんてことないよ。さあ、レイア。僕に続いて、ここを壊しちゃって」

「い、いえ、絶対に無理です」

「白のクルツは足が短いから無理だけど、(くれない)のエルリカなら、()(だし)でこれが出来るよ」

「――――」


 あの小柄なエルリカが腕組みをしながら裸足の右足を踏み込むことで大地を波立たせる光景を思い描いたレイアは、恐ろしくなって左右に揺れた。


「そんなこと言われても、私は準精霊ですから、無理です」

「出来ると思うけどなぁ」

「足はありません」

「そう言う問題じゃなくて、君の魔法で何とか――」

「それは買いかぶりです」

「駄目か……。なら、場所を小さくしよう」


 シュミットが右手を肩の高さまで上げてフィンガースナップを響かせると、一瞬にして周囲の壁が迫ってきたので、レイアもフリーダも仰天する。彼は、円形の窪みのサイズを五分の一、すなわち直径二十メートルに縮小したのだが、それでもレイアには周囲を壊せる自信がなかった。


「これでも、無理です」

「もう一度」

「無理です」

「出来るって」

「でも――」

「じゃあ、周りの壁が一気に崩落したら合格にしよう。手段は問わないよ」


 手段は問わないという言葉に、過剰な要求で重圧を感じていたレイアの心に光明が差し込んだ気がした。


「……となりますと、水で渦を起こすしかないですが」

「それでいいよ。あるいは、全方向に氷柱を飛ばすとか」


 シュミットが提案する氷柱の方法が簡単だと思ったレイアは、シュミット達に攻撃がぶつからないように自ら二メートルほど上昇し、その高さから百本の氷柱を自分の周りにグルリと出現させて、一斉に発射した。頭の中では氷柱が岩壁に突き刺さって崩れると思ったが、氷柱が突き刺さったり折れたりしただけで、硬い岩は崩れる様子がない。


「では、渦を起こしますので、避難していただけますでしょうか?」

「わかった」


 シュミットは両手でフリーダを包み込み、レイアの方を向いたまま膝を屈伸させて後方へ跳び、二十メートルを超える高さの放物線を描いて地表に降り立った。右手を振るシュミットが自分を見ているのを確認した後、レイアは力を振り絞って、自分の周りに高さが二十メートルの巨大な水の渦を出現させ、それを壁の方まで広げて高速回転させた。イメージは、水流の勢いで壁の岩石を削り取ることだ。


「いっけー!!」


 レイアの願いを込めて、超高速の水の渦が轟音を響かせて回転する。水の回転音の中に硬い物が砕ける音が混じるので、確実に岩を削っているようだ。


 まだだ、もう少しだ、とレイアは魔法を一分間続けてから渦を停止し、魔法を解除する。すると、水が光の粒となって消えると同時に、大小様々で大量の岩石が落下して窪みの底面を(たた)いた。


「よし。まずは合格だよ」

「師匠! 体がまた大きくなりましたよ!」

「うん。面白いくらいにね」


 成長を(うれ)しがっているのか、太るのを楽しんでいるのかわからないシュミットの言葉が気になるレイアだったが、驚くべきことに、この訓練で体の直径が一センチメートル大きくなって、五センチメートルになっていた。残念ながら自分の視界からは自分の体が大きくなった事までは分からないが、体の中で力が(みなぎ)るのは良く分かった。


 ――訓練する度に成長する。


 振り返ってみれば、夢中になって気付いていなかったが、百本の氷柱なんて今まで出したことがあっただろうか。


 精霊界が訓練場として最適な場所である事を実感したレイアは、擬態の魔法の習得に向けて一歩踏み出した。

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