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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第3章 準精霊

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6.精霊界への帰還

「俺はアメリアを見ているから、お前達で精霊界へ行ってこい」


 新たなる敵の襲来が無いとも言えないので、結界に包まれたまま左胸を左手で押さえて横座りの姿勢になっているアメリアの隣で、クルツは辺りを警戒する。


「何? レイアはいったん精霊界へ戻るのかい?」

「いや、レイアの目的はお前に会うことで達したが、その白のエルザが精霊界に行きたいのだそうだ」

「へー。白のエルザって言うんだ」

「私を先に紹介しないなんて、白のクルツは気が利かないわね」


 エルザだって「あんた、誰?」とシュミットに()いた後、自分から名乗っていないのにこの言い方なので、クルツは目を細めるが、これは彼の(あき)(がお)だ。


「じゃあ、まとめて門の前までひとっ飛び――」

「ちょっと待って! うちも行きたいから!」


 シュミットが精霊界へワープする準備をしようとした時、木の陰からフリーダがフワフワと飛んできた。


「おや、()(わい)い微精霊さんだね。君も仲間なのかい?」

「レイアさんを師匠と仰ぐ者です」

「へー。レイアも弟子を取るようになったんだ」

「そういう訳ではないのですが……」


 彼女が勝手に付いてくるとは言えないレイアは、師匠と(あが)めてくれることは(うれ)しいものの、師匠らしい事を何もしていない自分が恥ずかしくなって、小さく揺れた。


「じゃあ、仕切り直しで――」


 シュミットは数歩森へ近づいてから立ち止まり、右手を前へ突き出すと空気中に彼の背丈の倍はある波紋が生じて、奥に見える森の風景がユラユラと波打つ。頭だけ振り返った彼は、「一緒に付いてきてね」と言い残して波紋に向かって歩むと、体が波紋の中へ吸い込まれるように消えていく。


 宙を浮くエルザもフリーダも(ちゆう)(ちよ)無く波紋の中へ消えたが、異空間の中へ入っていく怖さがあるレイアは上下に揺れたままだ。すると、シュミットが波紋の中からヌッと頭だけ出して「怖くなんかないから、おいでよ」と(ほほ)()む。彼の首が宙に浮いて見えるので、背後に散乱する敵の遺体を思い出してしまい、(かえ)って怖いシチュエーションではあるが、レイアは意を決して波紋の中へ飛び込んだ。



 □■□◆□■□



 空気の波紋をくぐり抜けると、先ほどの森の光景とは打って変わって(うつ)(そう)と生い茂る大木だらけの光景が眼前に広がった。


「どこに門があるの?」

「まあ、見てなって」


 シュミットの言葉が出現の合図ででもあったかのように、(なが)(やり)を右手に握る巨体のミノタウロスが一行の前に(こつ)(ぜん)と現れた。彼は、茶褐色の肌で背丈は三メートルを超える牛頭人身の人物。腰巻きのような物を付けている以外は裸で、分厚い胸板と四肢の盛り上がる筋肉を見せつけ、(しやく)(がん)を光らせる。身の毛もよだつ形相で威圧感が肌をヒリヒリさせるが、エルザは表情を一切変えない。


「何、こいつ?」

「ああ、門番さ」


 初訪問のエルザが不審がる声を上げた横で、レイアは見覚えのある場所を懐かしがり、以前ここまで運んでくれたミノタウロスの姿を見て、再会の喜びが込み上げ、思わず手を振りたくなっていた。もちろん、腕がないので体の上下で感情を表現するのであるが。


 こういう感情表現の制約がレイアを(いら)()たせる。手も振りたいし、満面に笑みを浮かべて喜びを表現したい。それには(ひと)(だま)の姿が何かと不便であり、早く別の姿に変えたかった。しかし、準精霊でも経験を積まないとそれは(かな)えられないので、まだまだ先である事は分かっている。でも、それがもどかしい。


 もし、人魂以外の姿になるとしたら人の姿だが、動物でもいいかなと一時は思った。だが、典型的な例として横にいる白猫エルザを見ていると、彼女の言葉遣い、性格、態度、それに冷酷で残忍な魔法がレイアの性に合わない。姿はおすましした白猫で、尻尾にリボンがアクセント代わりに付けられていてラブリーなのだが、外見からは想像が付かないギャップに(へき)(えき)して、猫になることまで嫌になってしまった。それが、彼女の憧れをエルリカに向けさせる結果となった。


 エルリカも自分とは真逆な性格ではあったが、魔法回路の使い方等、丁寧に教えてくれた恩義を感じる。三千人以上の兵士を一瞬で氷漬けにする魔法も「レイア。見ていて。()()()()()()()()()()()()」と目の前で実演してくれた。袖なしの白いワンピース姿、金髪灼眼でロングヘアの彼女の笑顔が忘れられない。


 ――なるとしたら、エルリカのような人の姿だ。


 ドシン!


 レイアが頭の中で描いていた自分の憧れの姿は、ミノタウロスの長槍の石突が地面を(たた)く音で霧散した。


「へー。なるほどね」


 半径十メートル圏内にある木々が消えて整地された空き地になると、エルザが辺りを見渡して感心する。


「あら、豪華じゃない?」


 空き地の中心に突如として、ミノタウロスの背丈の倍はある縦長の鉄扉が現れ、その黒光りする扉に施された幾何学模様の過剰な装飾にエルザが感心し、レイアは二回目ではあるが扉の威圧感に震えた。


 ――と、同時に、一緒にここまで来たユミッチの事を思い出した。


 今頃どうしているのだろう。


 急に会いたくなってきた。


 精霊界に行ったら、待ってましたとばかり「姫! 会いたかった!」と飛んで来たりして。


 向こうも自分と同じく、倍以上の大きさになっているのかな?


 みんなが(あき)れるのを尻目に、こんな事やあんな事があったと語り合って――。


 そう言えば、人造精霊のカルラは、エルフの姿のヒンメルは、大蛇のグロッスは、みんな元気だろうか?


 次々と彼らの姿が頭の中に浮かんできて、再会の情景が色々と脚色されて膨らんでいくが、エルザの気が抜けた声でそれらの妄想が吹き飛んだ。


「へー。この向こうに、大精霊なんちゃらがいるのね?」


 この言い方には不満を隠せないシュミットだったが、すぐ(にゆう)()な顔に戻った。


「大精霊ヒルデガルト様だよ。他にも大精霊様はいるけどね」

「強いの?」

「そりゃ、()(ちや)()(ちや)強いね。チートだよ」

「ちーと?」

「レイアが教えてくれたんだけど、滅茶苦茶強い事をそう言うらしい」


 最初にここへ来る前にミノタウロスの肩の上で、前世の言葉を精霊シュミットに教えたのだが、まだ覚えていてくれてしっかり活用しているので、レイアは嬉しかった。これが彼を介して精霊界に広まったりしたらと思うと、少々むず(がゆ)い。


 シュミットが「開けて」とミノタウロスに命ずると、長槍の石突が二度地面を叩き、鉄扉は音もなく内開きに開いた。


「何も見えないじゃない?」


 おそらくエルザも他の精霊と同じく暗い所でも普通に物が見えるはずだが、扉の向こうは精霊でも視認できないほどの漆黒の闇が広がり、彼女は首を(かし)げる。


「人間界の連中に(のぞ)()されないよう、暗くなっているのさ」

「なら、結界を張ればいいじゃない?」

「いや、すでに周りには無色透明の結界を張っているよ」

「あらまあ。念入りだこと」


 シュミットが右手を挙げて頭の上で円を描くように辺りを指し示すと、エルザは上空をぐるりと見回してから、感心した顔で彼を見る。自慢げな顔をエルザに向けたシュミットは、番人を(いち)(べつ)して「それじゃ」と歩み始める。


「見張り、よろしくぅ。微精霊一匹通すなよ」

「えー! うちはどうなるんですか!?」


 慌てたフリーダを振り返らずに、シュミットは右手をヒラヒラさせながら闇に飲み込まれると、真っ先にフリーダがシュミットの背中を追い、続けてレイアもエルザも暗闇へ入っていった。


 全員が中へ入ると扉が独りでに閉まり、周りは完璧な闇となる。ここは一切の光が失われた世界で、精霊はいくら夜目が利くと言っても、彼らの視界は液晶モニターの電源が消えたのと同じだ。


(あか)りはないの?」

「ないよ」

()()ぐ行けばいいの?」

「ああ、ひたすら真っ直ぐに進めばいい」

「みんな、同じ方向に進んでいると思って、バラバラにならない?」

「君は心配性だなぁ。意図的に左右へ行かない限り、ならないよ」


 レイアは二回目なので勝手が分かっていて心配していないが、初めてのエルザは不安で仕方ないようだ。それが()()しかったようで、シュミットが吹き出した。


「何、笑っているのよ?」

「はぐれるのが怖いんだろ?」

「怖くなんかないわよ。それにしても、滅茶苦茶よね。真っ暗な中を歩かせるなんて。考えたのは、あんた?」

「僕じゃないよ。誰が作ったのかは知らないけど、ここは万が一、人間(ヒユーマン)、いやもっと広く言って精霊以外の連中が侵入した時に備えた仕掛けさ。実はここ、虚無の空間なんだ。精霊以外の侵入者がこの空間に入ると、宙に浮いているように感じ、天地左右の感覚がなくなり、やがて虚無に飲み込まれて消滅する」

「なるほど。一種の(わな)なのね?」

「そういうこと」


 レイアは、ユミッチとここを通ったことを懐かしく思いだした。今頃、どうしているのかなとぼんやり考えているとシュミット達の会話が遠くなっていく気がして、レイアは慌てて速度を上げた。


「精霊はこの罠に()まらないの?」

「そんな馬鹿な罠を精霊が作ると思うかい?」


 会話が近くに聞こえてきて安心したレイアは、自分もエルザと似たような質問をシュミットにした事を思い出して笑いそうになった。


 あらゆる光が失われたこの空間を進むと、精霊の森と精霊界を(つな)(とこ)(やみ)のトンネルを永遠の時間をかけて飛んでいる、それこそ虚無に落ちた感じがする。実際は一分も()っていないのだが、闇の中で時間感覚がおかしくなるのは精霊も同じようだ。


 苛立ちを隠せないエルザが何か文句の一つでも言おうとした時、前方にうっすらと丸い白光が見えてきて、それが徐々に広がってきた。先頭を行くシュミットの姿が闇に浮かぶと、


「着いたよ」


 振り返ったシュミットがそう言って笑う。彼の体毛も服も前方からの()(ばゆ)い光を乱反射させるので、光の粒が振りかけられたかのように見える。さらに進むと、白くて強い光が丸い壁のように立ちはだかるが、シュミットはそこを通過して光の中に消える。エルザは迷いを見せたが、レイアもフリーダも躊躇する様子がないので、すまし顔に戻って光の中へ飛び込んだ。


 一行を出迎えたのは、雲一つない青空と、起伏のない(ぼう)(ばく)たる大草原、そして風が長めの草を()でて引き起こす深緑の大波。


「風が強いのね」

「うん。何でだろうといつも思うけど」

「風を起こしている精霊に文句を言ったら?」

「風の精霊が趣味でやっていても別にいいよ。逆に、これがなかったら、間違った世界に来てしまったって、違和感半端なく思うかもね」

「ふーん。慣れって恐ろしいわね」

「あははっ……」


 二回目のレイアは、初回の記憶と重ねて、何一つ変わっていないことに驚く。絵画的な風景に自分も景色の一部として存在しているのだろうかと思っていると、遠くにいつの間にか一人の人物が立っているのが見えた。


 もしや、あれが大精霊ヒルデガルト様かと思った瞬間、その人物が目の前に現れ、シュミットは反射的に片膝を突いて(こうべ)を垂れた。レイアもフリーダも草の上に着地し、三匹の様子からこれが大精霊かと思ったエルザも、一応、草の上に降り立ってお行儀良く座る姿勢を取って軽く頭を下げた。


 彼らの前に立つのは、羽衣のようなドレスを(まと)った丸顔で背の高い大精霊ヒルデガルト。亜麻色のロングヘアを風に(なび)かせ、知的に輝く緑眼はエルザから始まり、レイア、フリーダを順に映す。桜色の唇が新たな精霊を迎える喜びに微笑みを(たた)え、シュミットに優しく語りかける。


「案内、ご苦労様」

(もつ)(たい)ないお言葉を賜り、有り難き幸せ」

「シュミット、客人の前でそんなに格好を付けなくて良いです。いつもの通りで良いですよ」

「はあ……」

「レイア、大きくなりましたね」

「は、はい。あの、その、ありがとうございます」

「詳しい事は後でゆっくり聞かせてください。それでは――」


 ヒルデガルトがエルザに真剣な(まな)()しを送る。


「さあ、エルザには清めの泉へ行ってもらいます」

「私の名前を知っているのですか?」

「ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この大精霊の言葉に、レイアは大きく動揺した。エルザの隠し事を大精霊の口から聞けるのかも知れないと思うと、期待に震えてくる。


「へー。何を知っているのですか?」

「精霊使いキルヒアイスに利用されていましたね?」

「利用? さあ、何のことでしょう?」

「まあ、それはいいです。精霊界には関係ない話ですから」

「だったら、それ以上詮索しないでください」

「ええ、いいでしょう」


 それは困るとレイアは口を挟もうとしたが、ここは(こら)えた。


「ところで、清めの泉って何ですか?」

「人造精霊を清めるための物です」

「私は汚れているとは思いませんが」

「人間の手によって作られた精霊は、いずれ自然崩壊してしまいます。それをある程度直す事を清めと呼んでいます」

「清めると崩壊しないのですか?」

「ある程度です。人造ではない精霊に近いくらい体が保てますが、完璧ではありません」

「ふーん。なら、いいわ」

「どっちですか?」

「清めてもいいわってこと。()()()()()()()()()()()()()()

「分かりました。(くれない)のゾフィー、緋色(ひいろ)のルイーザ、ここへ」


 ヒルデガルトが二人の名前を呼ぶと、エルザの近くで草の中から白い煙が立ち上り、白いドレスを着た二人の少女が出現した。彼女達は金髪ロングヘアで灼眼(しやくがん)を輝かせ、顔立ちも背丈も同じで、双子かと見間違えるほどだ。ただし、目の色がよく見ると違うので、紅と緋色は目の色を表しているとエルザは思った。


 呼び出された二人は大精霊に向き直り、ドレスを両手でつまんで優雅なカーテシーを完全同期の仕草で披露する。まるで、二人の動きは鏡へ映したように左右対称だ。


「二人でエルザを清めの泉へ案内しなさい」

「「かしこまりました」」


 ゾフィーとルイーザの声はイントネーションも長さもそっくりで、立体的に聞こえてきた。


 レイアは、カルラの時に見た光景を鮮やかに思い出す。何もかもが前と同じで、このゾフィーとルイーザも同じなのが嬉しい。安心感が持てる。さらに、清めの泉で自然崩壊を免れたのだから、カルラは長生きになったはずで、こちらも嬉しい情報だ。


 エルザはレイア達には何も言わず、振り向きもせず、澄ました顔で宙に浮き上がり、紅のゾフィーと緋色のルイーザへ近づくと、彼女らと一緒にフッと消えた。


「さて、シュミット、レイア。私の部屋でお話ししましょう」

「あのー、私はどうすればいいのでしょう?」


 ヒルデガルトがシュミットとレイアを連れていこうとするので、自分だけ()()の外になっていることに気付いたフリーダが、大きく揺れて自己の存在をアピールする。


「そう言えば、フリーダ。灰色のベネディクトのお付きはどうしたのです?」

「げげっ……」

「契約時に消えたって、ベネディクトがお(かんむり)でしたよ」

「でも、うちはレイアさんを師匠と仰ぐ者で、もうベネディクトさんはいいかなと」

「これだから契約に縛られない微精霊は困るのです」

「すみません……」

「まあ、ベネディクトは他の微精霊をお付きにしましたから、もう不問に付するとは思いますが、会ったら謝るのですよ」

「はーい」

「で、今度は誰のお付きになるのですか?」

「もちろん、師匠のお付きです!」


 フリーダは大きく揺れて、レイアに擦り寄った。

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