4.暗殺者
結局、ノイフェンの町での買い物も見学もお流れになったアメリア、クルツ、レイア、フリーダは、新たに加わった人造精霊の白猫エルザと共に宿舎の部屋に籠もり、不貞寝するアメリアを横目に精霊同士で宙に浮きながら雑談を開始した。話題の中心となったのはエルザだが、クルツが「今まで何をしてきた?」と言う問いかけに対して、主な役目はキルヒアイスに魔力を供給するか、彼の指示であれこれやったという具体的な部分をはぐらかした行動しか答えなかった。
「どうして詳しく教えてくれないのだ?」
「だって、キルヒアイスが『誰にも言うな』って言っていたからよ」
「それを命令した契約者は死んだぞ」
「契約なんかしてないわ」
「なら、何故命令に従う?」
「そうしないといけないと思うから」
「どうして?」
「知らない」
ここでアメリアが、クルツの沈黙を待っていたかのように目を開け、頭だけ動かしてクルツの背中を見た。と言っても、位置的に見えているのはほぼ尻なのだが。
「ねえ、クルツ。そのエルザ、キルヒアイスに絶対服従の魔法をかけられたのかしら?」
「精霊に魔法をかける精霊使いなど知らぬ。だが、人造精霊を覚醒させる前に何か術を施した可能性はあり得るな」
こいつ呼ばわりされて不機嫌のエルザから視線を切ったクルツが、宙に浮いたまま体ごとアメリアへ振り返ると、ベッドの上の彼女は寝転がった姿勢のまま全身を九十度回転させ、体の正面をクルツへ向けた。
「あのさぁ、さっきから聞いていると――」
「寝ていたのではないのか?」
「あんた達の声がうるさくて寝られなかったわよ。それは置いといて、エルザの話を聞いていると、キルヒアイスに命じられて隠れて何かをやっていたように思えるんだけど」
「――だそうだが?」
クルツが今度は体ごとエルザへ振り返ってそう言うと、
「知らないわよ」
「んな訳ないでしょう? 自分がやってたんだから」
「知らないものは知らないの」
「いつまでも隠さないで、言いなさい!」
「しつこいわね、あんたは!」
エルザとアメリアの言い合う声に挟まれて、真ん中のクルツが百八十度回転を繰り返す。
「あのー、思うんですが」
レイアが熱くなり始めた二人の会話に割り込むと、彼女は全員の視線を一斉に浴びたので驚いて上下に揺れ、黙り込む。これで室内に訪れた何となく気不味い沈黙は、アメリアが「どうぞ」と右手を出して発言を促すことで破れ、レイアはホッとする。
「思うんですが、キルヒアイスさんが殺されて、エルザさんも狙われましたよね? きっと、何か事件の鍵を握っているとか、重大な秘密を知ってしまったとかじゃないでしょうか? なので、エルザさんが知っていることをここで私達が聞いてしまったら、今度は私達が狙われないでしょうか?」
「それは、気にし過ぎだと思うけど。クルツ、周りに精霊の気配とかない?」
クルツの「ないぞ」との言葉に、アメリアは「ほら」と言って微笑する。
「でも、何らかの事件性はありそうね。じゃなかったら、狙われないし。困ったら相談に乗るから、何でも言ってね、エルザ」
「困ってなんかいないわよ」
あくまで突っ撥ねるエルザに苦笑するアメリアは肩を竦めた。ここで、話に区切りが付いたと思ったクルツが、レイアの方へ顔を向けた。
「さて、レイア。お前は精霊界へ戻れ」
「はい。でも、どうやってここから戻るのでしょうか?」
「ん? 準精霊なら精霊界の入り口までひとっ飛びだが」
「クルツ。レイアにやり方教えたことあるの?」
アメリアに言われて「言われてみると、教えていないな」とクルツが平然と言ってのけるので、エルザが「呆れた」と天井を見上げて長い尾を振った。
だが、クルツに教わった手順をレイアが試しても、彼女は部屋の中で浮いているだけだ。体を起こしたアメリアが、半眼になってクルツを見つめる。
「まさかと思うけど、精霊の森まで竜車で連れて行ってくれ、って言わないわよね?」
「おお、察しがいいな。一つ、頼む」
「あのねぇ……」
□■□◆□■□
夕刻が迫る頃、幌のない二人乗りで一頭立ての竜車が精霊の森へ近づき、木々が密生する場所から十五メートルほど離れた空き地で停車した。今度も運賃が第二大隊のツケになって渋い顔をする猫人族の御者に背を向けたアメリアは、精霊達と一緒に車を降りた。彼女は森の傍まで歩いて立ち止まり、森を背にして宙に浮くレイア、フリーダ、クルツ、エルザの方を向いて微笑んだ。
「レイア。今度は、クルツじゃない精霊のお付きになるのよね?」
「はい」
「その新しい精霊と一緒に、戻ってきてくれるの?」
「アメリアさんの所へですか?」
「もちろん」
「それは……」
レイアがクルツへ救いを求めると、
「相手次第だから、何とも言えぬ」
アメリアは、予想外の言葉で割り込んできたクルツの方を向いて眉を上げ、少し悲しそうな顔でレイアを見つめた。
「もしかして――これがお別れになるの?」
「私には分かりませんが……クルツさんがそう仰るなら……その可能性も」
「そうなんだ……」
地面に目を落としたアメリアの脳裏に、レイアとの思い出が次々と走馬灯のように蘇る。このままでは涙をこぼしそうになるので、彼女は顔を上げて微笑んだ。
「新しい精霊に伝えて。元いた場所に戻りたいって」
「はい! そうします!」
僅かに目が潤むアメリアの期待を受けたレイアは上下に揺れ、約束を守る意思表示をする。
「さて、白のエルザ。来る途中、精霊界に行きたいって言っていたが本当なのか?」
「本当よ。一度は見てみたいし」
「うちはもちろん、師匠と同伴で精霊界に戻りますよ!」
クルツの問いかけに頷くエルザの横で、フリーダは上下に揺れた。
「じゃあ、みんなまとめて精霊界へ行くか」
クルツが両手を振るアメリアに背を向けたその時、竜車の近くで突然、黒い人影が空気中から湧いて来たかのように現れた。それは、黒ローブ姿で背丈が百六十センチメートルくらいの人物。ノイフェンの町で見かけたあの大男の殺し屋と同じく、フードで鼻の所まで顔を隠している。その人物は、御者に向けて赤く点滅して輝く魔石を放り投げると、その魔石は御者の首の横で爆発。森に響く轟音に驚いた竜は、首が吹き飛んだ御者を乗せた車を引きずって逃走した。
「誰!?」
ノイフェンを手ぶらで散策した反省を生かしたアメリアは、今度はサーベルを帯刀して宿舎を出たのだが、まさかこれを使う事態が今ここで訪れるとは思っておらず、大慌てで抜剣してギクシャクしながら身構え、テロリストの次なる暴挙に備える。
「その猫はここで消えてもらうわよ」
低い女の声にアメリアは強い殺気を感じ、地面に転がる御者の頭が視界に入ると背筋が凍って、握るサーベルの柄から心の動揺が伝わり刀身がブルブルと揺れる。
「俺に任せろ!」
クルツがアメリアの前まで飛んで、彼女の防御のため、女に向かって火炎を吐いた。
「あら。その毛玉があんたの契約している精霊?」
火柱を軽々と避けた女は唇を三日月のように歪め、両手の先で光の粒を伴って現れた二本の短刀を掴むと、前傾姿勢になって疾風の速さで突進を開始。これに対して、クルツは女の予想進路に合わせて彼女の上空に赤く輝く無数の魔方陣を出現させ、大量の火矢を放った。それは、相手を中心として幅三メートル、奥行き十五メートルの絨毯爆撃のような物。どんなに高速に駆け抜けても、後方に跳んで逃げても、この広さでは火矢の餌食となるはず。
ところが、急接近する女の姿はかき消すように見えなくなり、火矢は地面へ垂直に突き刺さって、敵の体を貫いた様子がない。すると――、
「何!?」
地面で炎を揺らす火矢の束の左横に黒い影が出現。姿を消して走っていたので、もう五メートル手前にいる。相手の横への動きが想定幅を超えていたとクルツが気付いた時には遅かった。暗殺者は走りながら右手の短剣を投げると、それはクルツの左をすり抜けて、アメリアの左胸に鋭利な刃先が突き刺さる。そして、さらに接近し、左手の短剣で止めを刺しにかかる。
「させるか!」
クルツは火炎を吐いて暗殺者の進路を妨害するが、彼女の左右の揺れ幅が大きくて翻弄されてしまう。
だが、この窮地を救ったのは、レイアの氷漬けの魔法だった。レイアは、動き回る敵の座標を特定するのに苦労したが、何とか黒い影を氷の柱の中に閉じ込めた。
「アメリア! しっかりしろ!」
クルツが仰向けに倒れたアメリアの傍に駆け寄って、治癒魔法を駆使する。
「お前を守ると言っておいて……このざまはない……」
アメリアの左胸に刺さった短剣は抜かれ、傷口にはクルツの右前足の先に出現した緑色の魔方陣が輝く。だが、その温かな光に照らされても、彼女は目を開けない。
「俺は……俺は……」
悲しい声を上げるクルツは、光の粒となって消滅した。クルツの消滅は、アメリアの死を意味するはずだ。
――精霊使いの死と共に、契約が解除され、精霊は姿を消した。
あまりに残酷な運命を目の当たりにして、レイアもフリーダも茫然自失となった。
「……ア」
「――――」
「……イア」
レイアの聴覚を刺激する声がする。何度か呼ばれた気がしたレイアは、それがエルザの声であることに気付くまで時間が掛かった。
「レイア」
「は、はい」
「この氷の魔法は、あんたのなの?」
「はい」
「解除しなさい」
「え? 何故ですか?」
「いいから、解除しなさい」
「この人は白のエルザさんを狙って――」
「いいから!」
怒鳴るエルザに睨み付けられて、レイアは氷漬けの魔法を解除した。長時間息が止まって極寒の中にいた女は、魔法から解放されて大きく息を吸う。だが、強い風の音がしたかと思うと、黒いローブは無数の端切れになって宙を舞い、頭部と四肢が地面に落下し、胴体が複数の肉塊となって辺りに散らばった。エルザが風の刃の魔法で暗殺者を切り刻んだのだ。
「当然の報いよ」
鼻を鳴らすエルザは宙に高く浮いて、暗殺者の末路を見下ろす。そして、辺りを俯瞰して大声を上げた。
「あんた達、出てきなさい! 女一人にやらせるなんて、恥じゃないの!?」
すると、御者の頭が転がっている付近に、三つの黒い人影が現れた。
「さあ、白のクルツ。おそらく、あれが本隊よ。芝居はもういいから、出てきなさい」




