3.人造精霊の使い道
エルザの提案に対して、アメリアは「先にやることがある」と言葉を返し、非番とは言え辺境伯軍の一兵士の立場から一人で町の混乱の収拾に当たり、キルヒアイスの遺体の収容も指示し、道の交通整理までやってのけた。群衆の中にアメリアの顔を知っている店員が何人かいて、彼らや彼女らの協力もあって町は急速に静まって平静を取り戻した。
町の人々は、何故魔人が現れたのか、どうして老精霊使いが運良く現れたのか、黒ローブの大男は何者なのか、彼の目的は何だったのか等、互いに自分の推理を披露しながらその場を去って行く。
その答えの鍵を握ると思われるエルザは、宿舎へ事件の報告を行うため一時的に知人から借りた竜にまたがるアメリアの前で、彼女の方向を向いたまま胡座を掻いて腕組みをした姿勢で器用に平行移動している。
「だから、あの黒い男の事は何も知らないって」
「でも、『お前に消えて欲しかった』って言ってたじゃない。心当たり無いの?」
「ない」
「じゃあ、何故あの町にいたの? しかも、姿を隠して」
「知らない」
こんな調子で知らぬ存ぜぬを繰り返すエルザに向かって、アメリアは相手の顔に息が届くくらい長い溜め息を吐いた。
「じゃあ、どこから来たの?」
「ローテンベルゲン公国」
国名を聞いたアメリアは、四肢から血の気が引き、手綱を握る両手がブルッと震えた。その名前は、狼人族のグリューンブリュン大公国と手を組んで辺境伯領を脅かそうとした相手国だ。ヨーコはそこで精霊に憑依させられ、彼女と同じような魔法使いが他にもいるという。さらに人造精霊を操るキルヒアイスのような精霊使いがいるのだろうか。
「おい、白のエルザ。お前は、精霊の森を知っているか?」
アメリアの右肩付近にクルツが姿を現して問いかけると、エルザは左方向へ目だけ動かした。
「知らない」
「じゃあ、お前を作った奴、――いや、最初にお前が見た人間は誰だ?」
「最初に? キルヒアイスよ」
アメリアはクルツと顔を見合わせて、同時に首を傾げた。
この会話が聞こえていたレイアは、念話でクルツに自分を瓶から出して欲しいと訴えた。クルツからの連絡でアメリアはポケットからすっかりレイア達の運搬用になっているガラスの小瓶を取りだし、蓋を開けるとレイアが体半分浮き上がった。瓶の中から出てしまうと自分より速力のある竜に置いてきぼりにされるので、こうせざるを得ないのだ。
「白のエルザさん。クーノ・プンペンマイヤーという錬金術師とラウラというお婆さんを知りませんか?」
「クーノなら知っているわ。キルヒアイスと話をしていた男よ。私が二番目に見た人間ね」
「……何となく分かってきた。エルザさんがどこで生まれたのかが」
自分の推理にワクワクして上下に揺れるレイアは、アメリア達にそれを披露する。
彼女の推理は、こうだ。エルザは、おそらくクーノが作った動物型の人造精霊。レイアが白フクロウのヴィッセンに捕らえられたとき、人型の人造精霊は未完成だと言っていた。だが、それより小さい動物型の人造精霊は完成していた。クーノは完成した白猫の人造精霊を容器か何かに入れて、ローテンベルゲン公国にいたキルヒアイスの所へ売りに行き、交渉は成立した。
「でも、それ、変ね」
「どうしてですか?」
左手に瓶を持つアメリアに疑問を持たれたレイアは、見下ろしてくる彼女へ意識を向ける。
「だって、さっきレイアが言っていたけど、人造精霊って大人が入る大きさのガラスの容器にいるんでしょう? だったら、その中から最初に見えた人間はクーノじゃないの?」
「――――」
「エルザの記憶が正しいなら、キルヒアイスが作ったのよ」
「じゃあ、クーノは?」
「逆にキルヒアイスがクーノに売りつけようとしたとか? ねえ、エルザ。キルヒアイスとクーノが何を話していたか覚えている?」
組んでいた右腕を頬に当てて肉球で擦るエルザが「うーん」と唸って記憶を思い起こす。
「キルヒアイスが『お前如きには教えない』って言っていたくらいね。ほとんど覚えていないわ」
これでもレイア達には十分だった。彼女達の脳裏には、人造精霊の製造に苦心惨憺だったクーノが、完成品を前にキルヒアイスへ製造方法の開示を求めて頭を下げる姿が浮かんでいた。
だが、この断定も早計だった。実は、製造元が別にいて、キルヒアイスはそこからエルザを買い取り、その製造元を教えてくれと懇願したクーノをけんもほろろに突き放したのだ。
断片的な情報で推理を進める事が危険な好例である。
宿舎に戻ったアメリアはメービウス小隊長へノイフェンでの魔人騒動を報告すると、早速警戒のために第二大隊第三中隊第四小隊十名が配備されることになった。まだ自分が所属する第五小隊が派遣されなくて安堵したアメリアは、メービウス小隊長の推理を聞かされる羽目になった。
「おそらく、人造精霊の生みの親を抹殺する事と人造精霊の消滅が目的だったのだろう。そんな兵器みたいな精霊を量産されては、たまらないからな。魔人を使ったのは、逃走して潜伏していたキルヒアイスをおびき出すためだったと考えられる」
「可能性はありますね」
「で、アメリア・ゾンネンバウム。我が宿舎のすぐ近くで事件が起きたわけだが、これが大事件に発展しないとも限らない」
「――――」
「田舎へ戻る決意は固いかね?」
上官から今回の事件を引き留めの材料に使われたアメリアは、開いた口が塞がらなかった。
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「どの面下げてのこのこ帰って来やがった!」
「痛てててっ! 人造精霊だったからって、腹いせで俺を殴るのはやめてくれ! しかも、奴をおびき出して殺せば猫が消えると言ったのは、あんただぜ!」
「黙れ!」
赤く腫れた左頬を押さえて反論する黒ローブ姿の大男が、上半身裸で筋骨隆々の禿頭の男に正拳突きで顔面をど突かれ、仰向けに倒れる途中で地下室の石壁に後頭部を打ち付けた。
「まあ、そのくらいにしておきなさい」
「いいんですかい?」
マッチョな男の右に立つ小柄で商人風の服を纏った金髪碧眼の中年男が、後ろの机の上に置かれたカンテラの光を背中に浴びながら、失神して床に転がる男を無表情で見下ろす。
「あの白猫が人造精霊と見抜けなかったのは、こちらの不手際」
「それは無理ってもんですぜ。誰も見分けが付かない」
「ま、こちらに首を突っ込む厄介な老いぼれキルヒアイスと白猫との関係が切れただけでも良しとしないと」
「ま、そっちはそっちでいいんでしょうが、本当にいいんですかい? 白猫が他の精霊使いに使われたら、またおんなじですぜ」
「それは組む相手次第でしょう。魔物相手に夢中になる精霊使いと組めば、こちらには目を向けないでしょうから」
「なるほど。なら、精霊って戦い以外に使い道があるって事を知ってる奴に遭遇しないことを祈りましょうぜ」
「祈るだけでは駄目です。あの知り過ぎた白猫を消さないと。――あと、念のため人造精霊の製造者も」
「まさか、複製を持っている?」
「それを心配しているのです」
中年男は「そいつを次も使いなさい」と言って床に倒れた男を顎で指し示し、「後は任せましたよ」と言い残してゆっくりと右の壁にある扉へ向かうと、立ち止まって頭だけ振り返った。
「拒否したら別の男を使いなさい」
あくまで無表情を貫く中年男が扉の外へ出ると、巨躯の男が黒ローブ姿の男の意識を回復させるため、しゃがんで何度も顔を殴り、立ち上がって体を思いっきり蹴る。これで目を覚ました男は、朦朧としたまま禿頭の男の顔に目の焦点を合わせる。
「良かったな。次の仕事もあるぞ。あの白猫を消せ」
「……俺には……無理だ」
「あ、そうかよ」
舌打ちしたマッチョの男が、筋肉が盛り上がるほど両腕に力を込めて、依頼を拒否した男の首の骨をへし折ると、フードを掴んで死体を引きずりながら部屋の外へ出て行った。




