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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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22.一網打尽

 (しの)突く雨の中を二足歩行の竜の腹を蹴って走らせたヨーコは、(まぶた)(たた)く無数の雨粒で視界が狭くなるも、自分のすぐ前でまたがっているエルリカが右手で指差す方向へ()(づな)を操って竜を導く。エルリカの右肩付近にはレイアが、左肩付近にはフリーダが結界に守られて浮いているが、もちろん雨風など無関係だ。


「なあ。その目って、どこまで見えるんだ?」

「ずっと遠くまで」

「どこまでも?」

「うん」


 そうは言っても、竜上のヨーコの位置から見て、地平線までの距離は確か四キロメートル半くらいだったはずで、それ以上は地球が丸いから見えないはず。


「でも限度があるだろう? 地球は――大地は丸いんだぞ。いずれは見えなくなる」

「丸い? 見えなくなる?」

「そう。遠くへ行けば行くほど下へ沈んで行くみたいに見えるはずだ」

「何寝ぼけているの? 大地はずっと平らよ」

「嘘言え。平らな大地が永遠に続くはずがない」

「そりゃ続かないわよ。いずれ、虚無へ落ちる崖があるはずだから」

「……なるほど。虚無ねぇ」


 どうやらこれがこの異世界での精霊の認識らしいと考えたヨーコは、平らな大地を頭に描いて苦笑する。


「その虚無へ落ちたらどうなる?」

「消える」

「精霊の墓場か?」

「精霊に墓なんかない。人間(ヒユーマン)は作っているみたいだけど」

「人が死んだらどうなると思う?」

「この世界では消滅するか精霊になるかね。見習いからだけど」

「お前も前世は人間か?」


 すると、エルリカが目を見開いて振り返った。


「炎竜よ」

「――――」

「勇者に殺された。人間の歴史で二百年前に」

「じゃあ、なんで人の姿になっている?」


 急にふくれっ面になったエルリカは、右手の拳をヨーコの鳩尾(みぞおち)に軽く一発入れた後、プイッと背を向ける。


「気まぐれよ」

「勇者に対する当てつけみたいなものか?」

「そんなことはいいから、来るわよ」

「え?」

「狼どもが竜に乗って」


 ヨーコが目を凝らすと、前方に()()(つぶ)のような灰色の塊が見え、徐々に大きくなってきた。それにしてもあれが狼人族の騎兵に見えるとは驚きだ。


「ねえ。大公が天幕から出て空を見ているよ」


 フリーダの方がもっと(すご)い。天幕がどこにあるのかすら分からないのに、人の顔まで判別できるのだ。


「でかしたわね、フリーダ。そこへ案内して」

「待った! 狼連中をやり過ごさないと」

「じゃあ、私たち、姿を隠すわね」

「おい! ちょっと!」


 勝手な判断でエルリカが微精霊達と共にフッと消え、ヨーコはこれからの手はずを打ち合わせていなかったので困惑する。自分は魔石で脅かすところまでは分かっているのだが、具体的に敵陣地へ乗り込んでいったときのエルリカとの連携は、ノープラン同然だ。


 さあ、ここから先はアドリブだ。どう振る舞うかで作戦の成否が(かか)っている。(かた)()()んで騎兵を出迎えるヨーコは、手綱を握る手に力が入る。


 騎兵は二人だ。自分と同じ灰色の軍服を着ているが、顔見知りではない。彼らはヨーコの乗る竜の前で通せん坊をするように竜を並ばせて止まった。


「おや? お前、ヨーコ・ヴォルフェンヴァイラーじゃないか?」

「捕まったか死んだかと思っていたが」

「死んじゃいないよ。ピンピンしている」


 どうやら相手は自分の事を知っているらしい。これは好都合だ。


「逃げおおせたのか?」

「ああ。敵の情報も持ってきた」

「それは素敵だ。早速、師団長へ――」

「その前に、魔法使いのベルンシュタインの所へ連れて行ってくれ。話したいことがある」

「ああ、いいが、奴は今、大公のところにいる」

「何? 大公が直々に来ているのか?」


 本当は、魔石を持たせたベルンシュタインを先に問い詰めてやろうかと思っての質問だったのだが、大公までそばにいると分かって思わずほくそ笑むところを我慢し、大公の事を知らない振りをして演技を続ける。


「ああ。決戦だからだ。これだけ数がいれば勝つのは当たり前なのに、自分の目で見たいんだと」


 そう言って二人の騎兵はガハハと笑う。



 騎兵の跡を追ってヨーコが竜を走らせている間、自分のすぐ目の前にいるはずのエルリカへ小声で呼びかけるが一切返事がない。舌打ちをした彼女は、徐々に野営地を視界に捉えると、緊張感で体が締め付けられる思いがした。


 敵陣の中へ入ると、雨の中を歩いている兵士らが自分の姿を見て「ヨーコだ!」と口々に驚きの声を上げる。今着用している灰色の軍服の中身は完全な裏切り者の(よう)(へい)なのだが、それがバレるのではないかという不安と雨の寒さで震えてくるので、彼らの視界から早く逃れたいため竜の腹を蹴る。


 騎兵が進む先に、大きな天幕が見えてきた。大公がいることを示すためであろう狼を描いた国旗も後ろに立てられていて、左側に四人乗りで二頭立ての豪華な竜車が見えた。二頭の竜は腰を下ろして雨に打たれている。それを見て、突然頭の中で妙案が浮かんだヨーコは、


「おい、聞こえるか」


 返事がないことを覚悟に、姿が見えないエルリカの頭の位置を思い出してそこへ向かって(ささや)くと、「何?」と待望の返事が返ってきた。大いに(あん)()したヨーコはニヤリと笑う。


「天幕の左に竜車が見えるだろう?」

「ええ。あれを捕まえた獲物の(おり)にして帰るって話よね?」

「……うん……まあ」


 この透明な精霊は、人間の心の中を読むのだろうかと思うと恐ろしくなったヨーコは口をつぐんだ。獲物――大公――を捕まえたら、あれに乗せて(がい)(せん)しようという考えがすでにエルリカの頭にあるのなら、一つ、この精霊に全てを託してみようとヨーコは考えた。前世が炎竜の彼女がこんなにも勘が鋭くて頭が良いのは実に不思議だが、それは炎竜の知能を見下していたに過ぎないのかも知れない。醜い姿をしている相手に対して、己より低レベルに見る人間が傲慢なのだろうか。


 大公がいる天幕の近くで竜から降りた二人の騎兵は、一人が報告しに入り、もう一人は天幕の前に立つ二人の衛兵へ何やら囁く。ヨーコは震える体がギクシャクするのに苦労しつつ竜から降りると、天幕の中から灰色のローブを(まと)った狼人族が飛び出してきて目を()いた。彼がベルンシュタインだ。二人は七メートルの距離を置いて(たい)()する。


「き、貴様! 何故(なぜ)戻ってきた!」

「よう、ベルンシュタイン! その言い方は、戻ってきては困ると聞こえるが!? 後ろに大公殿下がおわすのに!」


 天幕を叩く雨粒の音に負けないよう、ヨーコは大声を張り上げると、ベルンシュタインが後ろを振り返って跳び上がり、哀れなほど()(ろた)えた。


「お前にもらった魔石は、極上品だったようだな! これを敵地で使えば周りにいる兵士も使った私も食らい尽くす! 証拠隠滅も可能だ! だから、持たせたのだな!」

「――――」

「そのことを知らせず、これを私に持たせて前衛部隊に配置した! 違うか!」

「待て待て待て!」

「金も払わないで、最後はこれで殺して目的も果たす! それが傭兵に対するやり方か!!」

「何の騒ぎかね?」


 ヨーコのボルテージが最高潮になった時、天幕から(きよ)()の狼がヌッと現れて低音を響かせた。灰色の軍服を身を纏ったグリューンブリュン大公だ。左胸に付けた数多くの勲章が雨に()れても、一向に構う様子はなく、兵士らと一緒に雨に打たれている。


 周囲にいた衛兵、騒ぎを聞いて集まってきた兵士、ベルンシュタイン、少し遅れてヨーコは大公の前で泥濘(ぬかるみ)の中でも(ひざまず)いて、(こうべ)を垂れた。なお、ヨーコは、大公のまともに顔を見るのは初めてで、周りの様子から彼が大公だと認識したのだが。


「魔石がどうのこうのと言っていたのは、そこの傭兵か?」

「はい。私でございます」

「何故戻ってきた?」

「は?」


 ヨーコの心臓は跳ね上がる。大公を捕まえに来たとは、口が裂けても今は言えない。まだそのタイミングではないのだ。彼女が顔を上げて押し黙っていると、


「ベルンシュタインに魔石を渡せと命令したのは、このわしだ。何故使わなかった?」

「――――」

「おめおめと逃げ帰って来おって」

「それでは報酬は――」

「最初から出すつもりはない。貴様のような()()()()()()()()()()()()

「え? どうしてそれを……」

「ベルンシュタインが見破っていたのだ。精霊に金など払えぬ」

「つまり……最初から利用しようと」

「当たり前だ」


 (がく)(ぜん)としたヨーコは息が止まり、首を折った。


 大公が魔石を渡すよう指示した。そんな展開は全く想像だにしなかった。この衝撃的発言で、魔石をちらつかせて脅す作戦がすっかり頭から揮発したヨーコは、跪いて(うな)()れた石像と化した。


 実際は、大公ほどの人物が傭兵の事にいちいち口を出さないのだが、黒髪の珍しい女の傭兵がいるということで興味を持った。もっと自分の(そば)で、長く抱えてもいいと思った。だが、彼女の正体をベルンシュタインが告げ口したので、そんな女に興味を持った自分が腹立たしくなり、殺すことを思いついたのだ。


 と、その時、ヨーコの目の前に腕組みをしてふくれっ面のエルリカが突如として現れた。いきなりの登場に、周囲にいた兵士も大公も一斉に(どう)(もく)する。


「あーあー、やってくれるじゃないの、狼のお偉いさん」

「お、お前は精霊!?」


 ベルンシュタインが目ざとくエルリカの正体を見破ると、エルリカは肩付近に浮いているフリーダへ確認する。


「フリーダ、あそこで偉そうにしているのが大公で間違いないわね」

「はい! 服ではなく、顔で判断していますから間違いないです!」

「ヨーコ。そうだって」

「うん。ビンゴって奴だな」

「何それ?」

「詳しくは後で」


 彼女達のやり取りに眉を(しか)めた大公は、落ち着いた足取りで一歩前に出た。


「もしかして、シュヴァルツカッツェン辺境伯軍の差し金か?」

「少なくとも狼の味方じゃないわよ」

「これは度胸が据わっているな。周りは敵だらけだぞ」

「それがどうしたの?」

「こっちは三千人以上いるのに、堂々と乗り込んで何が出来る?」


 兵士達が一斉に槍や剣を構えた。


「見たいの?」

「ああ」

「それじゃ」


 そう言って、エルリカが垂直方向へロケットのように飛んだ。全員の視線を連れて上昇する彼女は、二十メートル上空で停止すると、右肩にいるレイアに向かって(ほほ)()んだ。


「レイア。見ていて。()()()()()()()()()()()()


 そう言ってエルリカが両腕を真横へ伸ばすと、無詠唱で、広範囲に散らばる敵兵の上空に無数の青白く輝く魔方陣が次々と出現した。魔方陣が形作る光の壮大な文様を見上げて(きよう)(がく)する全員が青く染まったかと思うと、大公の天幕を中心として、大公とヨーコと竜達を除いた兵士らの顎から下が厚い氷に閉ざされ、泥濘まで凍結して(きし)む音を立てて氷が広がり、三千人以上の人々を飲み込んでいった。


「ま、こんなものね」


 あまりの出来事に(ぼう)(ぜん)としたレイアもフリーダも――氷でではなく――体が固まってしまい、それを見たエルリカが「ふふふ」と笑って着地した。


 寒さで(うめ)く兵士の声に囲まれて、大公が青ざめて周囲の様子を(うかが)っていると、


「降伏しなさい。さもないと、全員、今度は頭まで凍らせて窒息死させるわよ」

「――――」

「はい、五つ数える間に決断。一、二、三、……」

「降伏などしない!」

「あっそ」


 すると、エルリカは右手でフィンガースナップを響かせると、周囲にいた兵士達全員が頭まで氷に包まれた。本当にこの精霊は窒息死させるらしい。だが、大公は歯ぎしりをするだけで、何ら言葉を口にしない。何か策を巡らしているだろう。エルリカは、念のため、レイアの結界を解除した。


 ここで、ヨーコが立ち上がり、ポケットから魔石を取りだして、大公へ見えるように腕を突き出す。


「大公殿下。私は、使っていない魔石をここで使いますが、よろしいですか?」

「――っ!」


 エルリカの後ろからヨーコが歩み出て、予定通り右手で魔石をちらつかせる。これにはさすがの大公も(あと)退(ずさ)りするほど狼狽えた。


「貴様ら! ただでは置かないぞ!」


 そう叫んだ大公が抜剣し、振りかぶったその時、


「レイア、お願い!」

「はい!」


 今度はレイアが魔法を発動し、大公の首から上だけを残して、体全体を氷漬けにした。哀れな格好の彼は、前のめりに倒れて泥水の中へ顔を突っ込んだ。


「ど、どうするつもりだ!」

「その格好で、いったん竜車に乗ってもらうわよ」

「どこへ行く!?」

「決まっているじゃない。ヨーコが入っていた(ろう)()よ」

「畜生!!」

「あら、一国の長が畜生なんて、下品な言葉」


 泥だらけの顔を向けて()える大公に対して、エルリカはすまし顔で応じる。


「お前は兵士を殺す気か?」

「いや、大公が兵士を大切にしているか試しただけ。降伏しないって言葉、この周囲の兵士みんなに聞こえたわよ。俺達殺されるのかって思ったに違いないけど、どうする?」

「――――」

「まあ、お見送り出来るようにするわ。その前に――」


 エルリカが豪華な竜車に向かって右手を伸ばすと、勝手に扉が開いて、そこへ氷漬けの大公が吸い込まれた。それから彼女は、車内の大公に掛けられた氷結の魔法を解除し、代わりに竜車全体に脱出不可能の結界を張った。


 それからフィンガースナップを響かせると、周囲の兵士の頭部分の氷が消え、彼らは息を思いっきり吸い込んだ。これで大公のお見送りの準備完了だ。


「さあ、行くわよ」

「ああ、脱出だ」


 エルリカはレイアに再度結界を施してから竜車の御者台にまたがって竜に(むち)を打ち、ヨーコは竜にまたがって全速力で陣営から脱出する。彼らが野営地から三百メートル離れると、エルリカがフィンガースナップで三千人の凍結を一斉解除した。体が凍えた彼らは、雨の暖かさに感謝したものの、大公を連れ去った精霊と傭兵を追う者は一人もいなかった。

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