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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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21.奇襲作戦

 クライン師団長は、何とも言えない重苦しい感情に襲われて心が()(つぶ)されそうになっていた。胸の痛みまで伴うこの感情が何から来ているのかは良く分かる。勝利を頭の中で描ける好材料が何一つない状態で決断を迫られているからだ。


 敵は北方から四個師団、南方から二個大隊。この南北の挟撃を一個師団と半分強で()ね返すことは、兵力差を考えると精霊使いと精霊の協力無しでは到底無理である。


 しかし、過去に何人もの精霊使いと精霊を失っている経験から、敗北する結末しか頭に描けない。


 アメリアが連れて来た精霊使いブルーノは、目の前で「全責任を負う」と自信たっぷりに宣言するが、美少女の精霊を引き連れて戦ったのは魔物相手だけ。今のところ、実績を見せてくれたのは毛玉の精霊のみで、毛玉が美少女に太鼓判を押しているという間接的な根拠でブルーノ組の力量を測っている状態。


 押し黙る側近。気合いと度胸で物を言っているに違いない流浪の精霊使い。会議の場では発言する者に注目が集まり、考えも釣られて傾いて行きがち。


 でも、こんな若造に国の命運を預ける判断を自分が下すのかと思うと、常識ある軍人は(ちゆう)(ちよ)する。それは()(ごく)当然な話。


 自信満々に語る美少女は、人間(ヒユーマン)そっくりの精霊だから惑わされるのだろう。ひ弱に見える彼女のまだ見ぬ強大な力に(すが)る気持ちを持つこと自体浅はかだと、心の中で警鐘が鳴り響く。第一、この精霊が三個師団を一気に氷漬けしてしまったのなら、配下の兵士の出る幕はない。これで勝利を(つか)もうものなら、兵士の士気は下がり、図に乗った若造が「後は僕一人で十分ですよ。兵士は里に帰してはどうでしょう?」と言い出すのではないか。これは、たとえ一万の敵兵を精霊が退けたとしても許しがたい暴言だ。


 こんな感じでクラインが段々と無意識にブルーノ達の(あら)探しを始め、言い出しそうな言葉を想像し、考えから漏れ落ちた否定的材料を拾い始めていると、


「そんな難しい顔をしている間に、時間が過ぎていくわよ」

「――――」

「三個師団が固まっている場所まで、ここからどのくらい時間が掛かるか分かっているの? グズグズしているうちに連中が散らばったら、おしまいよ。すでに別の一個師団が川の上流に向かっているんだし、手に負えなくなるわ」


 そうだった。シュヴァイツァーの鷲が偵察用の微精霊を運んで、南下した軍団の野営地に忍び込み、情報を持ち帰るまで往復三時間かかった。平均時速が毎時五十キロメートルの鷲なので、ここから七十五キロメートル北に敵が集結していることになる。精霊に指摘されるのは(しやく)だが、差し迫った状況で無駄に時間を浪費していた点は猛省すべきだ。


 今は二十一時。精霊頼りの作戦にあれこれ欠点や粗を探している暇など無い。そんな事をしていても、自軍の圧倒的不利という壁にぶち当たり、結局のところ精霊頼りの振り出しに戻るだけだ。クラインは堂々巡りを回避し、頭の片隅に残して置いた案の一つを拾い上げた。


「騎兵を二手に分けて向かわせる。お前達も二手に分かれて騎兵と一緒に行け。このところ歩兵は休みがないから、少し休ませてから向かわせる」

「じゃあ、もう出発ね?」

「――いや、待て」


 クラインが右腕を伸ばして(てのひら)をエルリカに向けた。彼は()(けん)(しわ)を寄せながら、頭の中で行軍の時間を計算する。明け方に敵が移動するなら、空腹のまま腰を上げるはずはなく、食事をするはずだ。腹を満たし終わるのは朝の七時頃だろう。いくら竜でも七十五キロメートルを全力で駆け抜けることは出来ないから、到着まで五時間くらいか。でも、橋が落ちた川を渡る時間が読めない。彼は腕を降ろして、困り果てた顔になった。


「街道を通るのが敵の野営地へ辿(たど)()く近道だが、あの橋が落ちたから――」

「橋なんか、この子が架けるわよ」


 エルリカがアメリアの方を向いたので、アメリアが自分自身を指差して目を丸くしたが、エルリカは首を左右に振ってアメリアの左に浮いていたレイアを指差す。今度は、レイアが「え? 私が!?」と驚き、()(ろた)えた。


「その微精霊が魔法で橋を架けるのか?」

「そうよ。氷の橋を。その上を騎兵が渡るけど、竜は足に爪があるから滑らないわよね?」

「氷上を走るのは無理だが、歩くくらいなら大丈夫だろう」

「なら、出発していいかしら?」


 ()かすエルリカの左肩に、アメリアが手を掛けた。


「ねえ。クルツがまだ戻って来ないけど。ヨーコに魔石を持たせるんでしょう?」

「あ、そっか。あいつ、何やってるのかしら、もう!」


 クルツは「明日には」と言っていたので、今ここに精霊界から出来たてほやほやの魔石を持ってくるのは望み薄だ。エルリカは「ちょっと精霊界に行ってくる」と言って姿を消した。


 結局、出発はクルツ待ちになってしまったが、エルリカはレイアとフリーダを連れてブルーノがクラインベルゲンで借りてきた竜に乗り、ヨーコも同伴して、騎兵三十人の護衛付きでグリューンブリュン大公国軍の野営地へ向かうことになった。アメリアとクルツは騎兵二十人の護衛付きで、ローテンベルゲン公国軍が目標としているであろうシュプレンゲルの町へ防衛に向かう。精霊の言う通りの作戦に乗っかった形になりたくないクラインは最後の最後まで自分の工夫を作戦に滑り込ませたかったが、妙案が浮かばず、苦虫を()(つぶ)したような顔をして作戦を承認した。



 奇襲作戦がまとまって、クラインが「それにしても遅い」と右手の人差し指でトントンと机を(たた)いていると、ブルーノが座っている後ろで空気中から湧いてきたかようにエルリカが現れた。登場の仕方が唐突なのでブルーノ以外が驚いていると、彼女は「白のクルツは、最速で真夜中だって」と報告する。それならば、今から仮眠して三時間後に出陣かとアメリアが考えていると、


「一つ確認させて。大公が撤退を拒否したら、兵士を全員凍死させていいの?」


 腕組みをしたエルリカがクラインに向かって恐ろしい事を口にする。これにはクラインも肝を冷やしたが、彼も同じく腕組みをしてフーッと長い息を吐いた。


「さすがに拒否はしないと思う。問題は――撤退すると見せかけて精霊使いを殺そうとすることだろう」


 そう言ってクラインがブルーノを見ると、美丈夫は顔が青ざめた。もし彼が殺されたら、エルリカは消えて魔法も自動で解除され、護衛の騎兵が敵の(ただ)(なか)で人質になるからだ。これは一発大逆転だ。


「殺そうとしたら大公を殺していい?」

「ダメだ。捕虜にしろ」

「なら、兵士を凍死させる?」

「ならん!」


 大公を殺害したら、紛争の火種が拡大しかねないし、三個師団の兵士を凍死させたら、敵国は降伏するだろうが、多数の遺族の心に深い傷跡が残り、激しい(ぞう)()で武器を手にして報復に立ち上がることになるやも知れぬ。クラインが、極端な結論を口走る精霊にこれらを(さと)すと、


「甘いわね。それじゃ、いつまで()っても戦争が終わらないわよ。相手を徹底的に倒さないと」

「完膚無きまでに敵を叩けというのがお前の考えかも知れないが、依頼主(こちら)の意向に従え。さもないと、契約を解除するぞ」


 クラインの脅しにブルーノがエルリカをなだめ、彼女は渋々従った。


「捕虜は丁重に扱え。縄で縛って竜に引きずらせるなんてことはするな」

「いちいち細かい注文が多い依頼主だこと」


 肩を(すく)めるエルリカを見て、レイアはクラインの考えに傾いていた。エルリカは精霊としては尊敬するが、それは魔法の力に限った話。人を殺したり傷つけたりすることを平気で口走る点は同意できず、そこは人間の肩を持ってしまう。


 こうしてレイアは、自分が精霊となった時にどう行動すべきかの自分なりの考えを整理していったのだった。



 □■□◆□■□



 クルツが精霊界から邪精霊入りの魔石を持ってきたのは翌日の午前一時。宿舎のアメリアの部屋に現れたクルツは、仮眠中のアメリアの肩を揺すって彼女を起こし、まだ眠くて足下がふらつく彼女と一緒に、ヨーコがいる()()(ろう)へと向かった。


 鉄格子の前ではランタンを床に置いた女兵士が番をしていて、最速で真夜中と聞いていたので今か今かと待っていたらしく、アメリアと毛玉の登場で(あん)()の表情を浮かべ、鉄格子の扉を開けた。すると、扉のそばにむくれ顔のエルリカが唐突に出現し、女兵士が短い悲鳴を上げて(あと)退(ずさ)りした。エルリカはクルツの気配を感じてやって来たのだろう。


「遅いわよ。何時(いつ)まで待たせるの?」

「おいおい。これでも最速で持ってきたんだぞ」

「で、この中の邪精霊はどんな奴?」

「レイアでも退治できる弱い奴だ」

「ん? それ、バレたらどうするの?」

「だって、偽物を作るって話じゃなかったのか? 中身は何でも良いだろう?」

「気が利かないわね。ちょっとは強いのを入れてくれば良かったのに。向こうで一暴れさせて、その隙に逃げるって事も出来たのに」

「魔石の中に長く居すぎて弱くなったことにしろ」


 (あき)れるエルリカを尻目にクルツがヨーコへ魔石を渡すと、ヨーコは「なるほど。そう言う方便もあるな」と笑って(ろう)(ごく)を出た。



 午前一時半。月明かりの下、二組の臨時編成の騎兵隊が予定通り行動を開始した。竜の()(づな)を引くブルーノの前でまたがったエルリカは、レイアとフリーダをそれぞれ透明な球体の結界の中へ入れて、自分の両肩の上に浮かばせた。こうして自分と一緒に移動するらしい。


 レイアの役目は川に氷の橋を架けることと、現地で不測の事態があった時に魔法で応戦すること。フリーダの役目は、偵察中に天幕から出てきた大公の顔を覚えているので、彼を特定することと、驚異的な視力で移動中に異変がないか見張ること。もちろん、エルリカでも見張りは出来るのだが、始終全方向へ気を配るには数が多いと楽である。レイアは役目をちゃんと果たせるのだろうかと緊張していたが、フリーダは逆に――いつものように楽観的な構えだった。


 ブルーノとアメリアが互いの無事を祈りつつ別れると、騎兵隊長のハンス・プランクがまたがる竜とその左にブルーノ達がまたがる竜が並んだ。ブルーノの後ろには、竜に乗ったヨーコが付き、彼らを先頭に、騎兵の一団が地響きを上げて北を目指した。



 街道に沿って騎兵隊が進み、川岸が近づくと二足歩行の竜達が静かに行軍した。敵兵が対岸のどこかに――いるとしたら街道の両脇にある山の木の陰に――潜んでいるかも知れないからだ。


「前方の山も含めて、見えている範囲に人の気配はないよ」


 早速、フリーダが報告するので、一行は安心しながら川岸に立った。エルリカはレイアの結界を解除して「お願い」と一言伝える。緊張でコチコチのレイアだったが、気持ちを落ち着かせてから魔法を発動すると、川の上空に青白い魔方陣が出現し、幅二メートル長さ三十メートルの氷の橋が出来上がった。氷は月光に青みを加えて反射させるが、エルリカは「よくやったわ」と褒めたものの、自分も魔法を発動してレイアの橋の左横にぴったりと寄せた幅二メートルの氷の橋を架けた。


「これなら川に落ちないでしょう」

「すみません、力不足で」

「いいの。これも訓練の一環だから」


 実戦中に訓練とは自分の非力に情けなく思うレイアだったが、魔法を使う度に成長する事を気遣ってくれるのがとても(うれ)しかった。


 一行が慎重に氷の橋を渡ると、レイアとエルリカは橋を消滅させた。自らの退路を断って士気を高める意味もあるが、放置しておくと敵が橋を利用して侵入する危険性があるからだ。



 敵国の領地に入ったので、竜を疾走させると足音で気付かれる可能性があり、極力音を抑えて小走りに進む。エルリカは前方と右を、フリーダが後方と左を担当して敵兵が潜んでいないか警戒したが、夜行性の小型の獣が動いているくらいで、狼人族の兵士の姿はない。


「敵に誘われていると思うか?」

「いや、まさか奇襲に出ると思っていないから、無警戒じゃないですか?」


 騎兵隊長のハンスが左側で併走するエルリカの方を向いて見解を求めると、珍しくブルーノが発言した。楽天的な彼の発言にハンスは眉を(しか)め、「そうならいいが」と(つぶや)いて、晴れない不安を抱きつつ前方を向いた。


 どこまで行っても敵影が現れないので、誘われている可能性が高い。だが、もう後には引けない。このまま慎重に行軍していては敵野営地への到着が遅れて、目標(ターゲツト)が先に動き出す危険性がある。焦るハンスが手綱を操って竜の速度を上げると、ブルーノも騎兵達も遅れまいと彼に追随した。



 途中で厚い雲が月を隠したので闇は深くなり、夜目の利く精霊エルリカの導きで街道を外れることなく進む。暗闇でも竜は進んでくれるのでありがたい。


 日の出の時刻になって闇から解放されてブルーノと騎兵一同はホッとするが、(どん)(てん)のため太陽は直接見えず、しかも小雨が降ってきた。


「雨でも氷漬けの魔法は使えるのか?」

「関係ないわ」


 ハンスがエルリカに尋ねると、彼女が自信たっぷりに即答するので、彼は安堵した。そして、人間よりも精霊を信頼している自分に苦笑した。



 一行は雨の中を進み、クライン師団長の計算より若干遅れて、三個師団が野営している二キロメートル手前の林に到着したのは、宿舎を出てから五時間後の六時半だった。どこまでも広がる草原の向こうに煙が幾筋も見えるのは、煮炊きをしているからだろうか。


「ちょっと様子を見に行く」

「おい、勝手に行くな」

「何よ。精霊はここから向こうの様子が手に取るように分かるのよ」


 いきなりエルリカがブルーノの手を払いのけて竜から降りるので、ハンスが慌てたが、彼女は鼻で笑って駆けていき、林の一番左端にある樹木の裏に隠れて前方を見つめる。


 と、その時、稲妻の大気を切り裂く大音響が近くで聞こえて林のどこかに落雷し、雷鳴が大地を転がり、(ごう)(おん)が空気を大いに震わせた。平然とするエルリカ以外の全員が暴れる竜をなだめてから降りて、頭を抱えてしゃがみ込むなり地面に伏せるなりすると、遠くの方からパタパタと地面を叩く無数の雨粒の音が近づいてきて、瞬く間に大粒の雨が草原を覆った。


「雷雨か。これでは、敵もすぐには動けないな」


 ハンスは上空を見上げ、次の落雷を警戒していると、エルリカが走って戻ってきた。


「敵がちょうど進軍を開始したけど、落雷で足が止まったわ。今が絶好の機会よ」


 なんと、(のん)()に朝食を楽しんでいるのではなく、小雨なので出発を早めたらしい。だが、落雷と大雨が彼らの足を止めた。確かに、今がチャンスではあるが――、


「雷とこの雨がやまないと、こちらも動けない」

「だったら、ヨーコと私が行く。ブルーノとみんなはここに残って。ブルーノとは念話で話をするから、『大公を捕まえたから来て』と言ったら、駆けつけて」


 雨も雷も平気な精霊の発言にハンスが目を丸くしてヨーコの方を見ると、ずぶ()れの彼女は大きく(うなず)いた。


「この精霊は、今の雷雨ならまさか敵が襲ってこないと油断している隙を狙いたいのだ。確かに、晴れた天気になった方が攻めるのに楽だが、こちらが動けるなら敵も動ける。集団が広がったら、この精霊でも手に負えないのだろう。だから、私は行く」


 十秒間考えたハンスは、(まつげ)(したた)る雨粒を袖で拭い、(おもむろ)に口を開いた。


「吉報を待つ」

「ああ。任せてくれて嬉しい。必ず、大公を生け捕りにしてみせる」

「撤退しない前提だな」

「奴らが交渉で撤退などするものか。あの大公は好戦的で(こう)(かつ)だからな」


 ヨーコはそう言って立ち上がり、今度は少し遠くで大地に落ちた雷の光を背にしてハンスへ(ほほ)()んだ後、エルリカを手招きして一緒に竜へまたがった。

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