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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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19.傭兵の捕虜

 レイアは、自分を鍛えてくれるはずのエルリカがいつまで経っても戻ってこないので、補足説明が失敗する等して精霊使いブルーノと軍部との契約が難航しているのだろうかと気を()んでいた。もしも契約がお流れになると、エルリカとブルーノが「長居は無用」と旅立ってしまうはずで、(せつ)(かく)鍛えてもらうチャンスを失ってしまうからだ。


「師匠。あの捕虜、今頃何をしているか気になりません?」


 不意にフリーダから問いかけられたレイアは、エルリカに向かっていた意識がヨーコの方へ傾くと、急に彼女の所へ会いに行きたくなってきた。本当は、フリーダは『捕虜が何か悪いことでも仕出かしているのでは?』という懸念のつもりだったのだが、レイアは『(ひよう)()していた精霊がいなくなって正気に戻り、精霊に操られていたとはいえ、自分が取った行動を悔いているのではないか?』と考えて、涙するヨーコの顔を思い浮かべ同情の声を掛けたくなったのだ。


「あ、師匠! どこへ行くんですか!? 早速、捕虜の所へですか!? 行くなら、うちも行きますよ!」


 ()()(ろう)へ引き寄せられるように漂い始めたレイアの後ろを、フリーダが慌てて追いかける。まるで親子のような体格差の微精霊達は、空中に淡い光の筋を横に二本描いて飛んでいくが、レイアはヨーコの顔を見たい気持ちが(はや)るので、自然と前へ進むスピードが増していく。


「師匠、待ってくださいよ! 追いつけませんって!」


 フリーダをどんどん引き離すレイアは、言われるまで自分の移動速度が向上していることに気付かなかった。実際、移動速度は秒速およそ五十センチメートルから、倍のおよそ一メートルにまでになっていた。


「そんなに速いの?」

「この距離を見てくださいよ!」


 レイアが停止すると、フリーダは四メートル以上も開けられた距離を詰めている最中だった。


 この異世界に転生してからというもの、見ること聞くことは驚きの連続で、それには自分の急成長も含まれる。この調子で行くならば、まさかとは思うが、明日になると人の姿の精霊になっているのだろうか。指数関数的という表現は(おお)()()だが、右肩上がりの曲線を描く成長ぶりに、そんな期待も抱いてしまう。(ひと)(だま)が突然人間(ヒユーマン)になったら、みんなは驚くだろうと考えているうちにフリーダが追いつき、今度は引き離さないように時々後ろへ意識を向けながら、ヨーコが収容されている地下牢へと向かった。



「この窓から入るの」

「へー。こんな狭い所に入っているんですね。人間の体の大きさを考えると、寝転がっているんですか?」

「――――」

「だって、これじゃ、いくら何でも立てないでしょう?」

「部屋はこの地面の下にあるの」

「なーんだ、違うの想像してた」


 上下に揺れるフリーダを引き連れて地面に近い鉄格子の窓から中を(のぞ)いてみると、この窓からの光しかない薄暗い地下牢には期待していたヨーコの姿が影も形もなく、正面に見える鉄格子の扉は開いたままなので、レイアとフリーダは顔を見合わせた。と言っても、パノラマ映像の視界の彼女達は意識を互いに向けただけだが。


「師匠。これって、まさか脱獄?」

「それはない――と思いたいわ。どこかへ移送されたのかしら?」


 脱獄を否定したいレイアは、他の選択肢を必死に考えて「移送」という単語を口にしたが、内心はヨーコが無謀な行動に出ていないことを心から祈っていた。


 と、その時、廊下の奥から複数の足音が近づいてきた。レイアとフリーダが少し後退して鉄の棒の後ろへ隠れながら中の様子を(うかが)っていると、カンテラを持った女兵士を先頭に、屈強な兵士四人に囲まれたヨーコが()(かせ)も腰縄もなく廊下を歩き、まるで居心地の良い自分の部屋にでも戻るかように、笑顔で自ら(ろう)(ごく)の中へ入っていった。彼女は部屋の中央で体育座りになり、鉄格子の扉に鍵を掛けられるのを眺め、兵士達五人が立ち去って姿が見えなくなると、急に後ろを振り返って窓を見上げた。


「そこにいるのは分かっているよ。こっちにおいで」


 精霊の憑依がなくなっても、精霊の気配を感じる鋭さは変わらないようだ。ヨーコの(にゆう)()な顔に()かれるようにレイアがフワフワと部屋の中へ入り、フリーダが恐る恐るレイアの後ろを追いかける格好で付いていくと、出迎えるヨーコは「今日は仲間を連れて来たのか?」と屈託無い笑顔を見せた。


「はい。仲間のフリーダです」

「うちの師匠です」


 あべこべの紹介が面白いらしく、ヨーコが口に右手を当てて吹き出した。


「なんか、大きくなっていない?」

「師匠は育ち盛りなのです」

「そっか、成長期か。準精霊になる準備かな? マナをたらふく食べて」


 早速、レイアのサイズが大きくなっていることに気付いたヨーコが(ほほ)()むと、フリーダがすかさずツッコミを入れ、それにヨーコも乗っかる。


「ヨーコさん。どこへ行っていたのですか?」

「ん? ああ、お偉いさんの所」

「お沙汰が下ったのですか?」

「うーん……。それも兼ねていたのかな? 急に『狼連中の事が詳しいだろうから、協力しろ』って話になってね。これって、釈放みたいなものかな。括弧仮、的な?」


 それからヨーコは「詳しくは言えないが」と前置きして、今回のグリューンブリュン大公国とクラインローテンベルゲン公国の連合軍を迎撃する作戦に参加することになったと述べた。実はこれには少々嘘が入っているのだが、極秘作戦が漏洩しないためのもので悪意ではない。


 拳を握って「これで恨みが晴らせる」と破顔するヨーコは、フッと短い息を吐き、床に視線を落として無言になる。この姿を、作戦をどこまで言っていいのか考えていると解釈したレイアは、ヨーコが紡ぐ言葉を待っていると、


「戦争が終わったら、(よう)(へい)を辞めて、農家でもやるかなと思っている。いい人がいれば結婚でもして」


 ヨーコが唐突に口にした自分の未来の設計図に、レイアは一瞬戸惑ったが、小さいながらも我が家を手にして、畑を耕し汗を拭うヨーコの姿を思い浮かべた。


「スローライフですね」

「その言葉を聞くと、ジンとくるね。――そう、異世界でスローライフを満喫さ。……仲間を()(よう)しつつ。……拾う骨はないけど」


 言葉がトーンダウンするヨーコは、視線の角度を変えずに膝へ顎を乗せ、それまでの笑顔は(たちま)ちもの悲しい顔へと塗り替わる。その表情の激変を横から覗き込んでいると、


「レイアもそばにいて欲しいなぁ。無理にとは言わないけど」

「わ、私は契約できない微精霊です」


 急にヨーコの顔が自分の方を向いたので焦ったレイアは、上下に揺れた。それが面白かったのか、ヨーコの口元が(ほころ)んだ。だが、彼女は続けて短い()(いき)を吐くと、「ちょっと頼まれごとをして欲しい」と言って真顔になった。


「あの毛玉の精霊を呼んできて欲しい」

「どうしたのですか? あの精霊は、アメリアさんの――」

「なら、アメリアも同伴でいい」

「契約者交代の交渉でしょうか?」


 目が点になり、思いっきり吹き出して笑うヨーコは、顔の前で右手を振った。


「違う違う。話の流れからそっちと勘違いしたみたいだけど、違うよ。今度の作戦に関係があるんだ」

「どんな作戦か、聞いてもいいですか?」

「ダメダメ。――いや、レイアとそっちの微精霊が口が軽いと思っているんじゃないよ。作戦は、兵士にも直前にならないと伝えられないからね」

「うちはフリーダです」


 名前を言ってくれなかったフリーダがむくれて上下に揺れるので、ヨーコは「ごめんよ、フリーダ」と素直に謝る。


「とか言っているうちに、フラッと毛玉が現れる気がするが……」


 (こうべ)を巡らすヨーコは白いモフモフの精霊がひょっこり現れるのを期待していたが、朝方にクルツが現れたのは、不審な行動をするレイアの後を付いていってこの牢獄に辿(たど)()いたからであって、さすがにアメリアのそばにいる今は姿を見せなかった。



 □■□◆□■□



 上層部と精霊使いブルーノとの契約手続きの立ち会いまで終わったアメリアは、(きよ)(しよう)するかのように彼女達を待っていたレイアの所へ戻り、大きく上下して喜ぶレイアをエルリカとブルーノに預けた。そこでアメリアは、レイアが預かっていたヨーコからの伝言を耳に入れると、最初は無視した。だが、クルツに促されると重い腰を上げ、彼女が収容されている地下牢のある建物へ渋々向かった。


 二度も対決した事がある自分ではなく、新しい精霊に用があるとは、一体どういうことか。憑依が解けたのなら、まず自分に謝罪すべきではないか。解せないアメリアは苛立ちながら、昼間でも暗い地下へカンテラを右手に提げて階段を駆け下り、鉄格子を挟んで警戒を(あら)わにしヨーコと(たい)()した。右肩の上方向には、浮き上がったクルツが金眼を光らせ、捕虜の一挙手一投足を監視する。


「クルツに話って何?」


 小窓から差し込む光以外が(まぶ)しいヨーコは、体育座りのままカンテラの光に目を細め、薄闇に浮かび上がるアメリアの姿を視線で()でる。


「今度の作戦に参加することになった」

「あら、そうなの。釈放おめでとうって言っていいのかしら?」

「そんなとこかな。この格好で宿舎の敷地を歩けないから、まだここにいるけど」

「参加って、当然傭兵の立場で――よね?」

「もちろん。ヘルツという将校から無償の傭兵で良いかと言われてすぐ――」

「ついさっきまで敵だった傭兵を、よく雇うわ」


 ヨーコの言葉を(さえぎ)ったアメリアが腕を組んで半眼になると、ヨーコは肩を(すく)めて苦笑する。


「敵だったのは事実だが、精霊に操られていた分は間引いて欲しいね。自分の意志はほとんど行動に反映されていないよ」

「そういうことにしておきましょう」

「憑依されていた被害者にも手厳しいんだね」

「それはそうと、ヘルツ第一大隊長に呼ばれたの?」

「彼、自分で参謀って言っていたよ」

「兼ねているの」

「なるほど。人手不足か」


 ヨーコの言葉に唇を()むアメリアは、(いら)()ちを隠せない。そんな彼女を見て、ヨーコは虎の尾を踏んでしまったなと少々後悔し、これから一緒に戦うのだから言葉に気をつけようと決意する。


「なぜ呼ばれたの?」

「狼連中の事が詳しいだろうから、協力しろって。そこで彼の作戦を聞いた、ってか指示された」

「ふーん。でも、クルツを呼び出した理由に(つな)がらないんだけど。まさか、仮釈放の報告ついでに、憑依を解いてもらった感謝の意を表したいの?」


 微苦笑するヨーコが、アメリアの右肩付近で浮いている白い塊を指差す。


「いや、そこの毛玉の精霊に、邪精霊を入れた魔石を作ってもらいたい。毛玉君、可能かな?」

「一度精霊界へ戻ることになるが、明日になら――」

「お断りよ!」


 語気鋭く拒絶するアメリアの言葉が地下の空間に()(だま)する。いきなりの大声に肩が少し跳ね上がったヨーコは、驚きを()()()すために肩を竦める。


「立案したのはヘルツ参謀だよ。断るなら彼に言ってくれ」

()()を何に使うの?」

「極秘作戦だから言えないね。どうしても聞きたいなら、彼に()いてくれ」

「――なるほどね。その作戦って、魔石を持って『脱走した』って嘘を言って敵地に乗り込み、邪精霊を解き放つんでしょう? やること、逆になっただけじゃない?」

「そうだよ、途中までね。ただ、結末が異なる」

「異なる? なら、投獄されず大公国に逃げ帰るって結末?」

「――――」

「ほら、当たりでしょう?」


 相手の顔色から推理で作戦を的中させたと判断し、得意げになっているアメリアに向かって、ヨーコは「なら、少し教えてあげる」と溜め息交じりに漏らす。


「何?」

「どうせ参謀から後で聞くか今ここで聞くかの違いだから、言うよ。ただし、簡潔にだけど」

(もつ)(たい)()らないで」


 不意にヨーコが立ち上がって鉄格子に近づいたので、(どう)(もく)するアメリアが二歩後退した。ヨーコは「何もしないよ」と小声で(つぶや)いた後、さらに声を押し殺した。


「内密にして欲しいんだが」

「何?」

「今度の作戦は迎撃じゃない」

「――――」

「辺境伯軍から仕掛ける侵略戦争だ」

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