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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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18.精霊使いの交渉

 捕虜をクラインベルゲンの守備隊五人へ引き渡した騎兵達は、荷車の運転と捕虜の監視に付いてきたプフェルトラの村民六人以外にも五十人が避難してくることを伝えると、守備隊に動揺が走る。ただでさえ捕虜の監視で面倒なのに、避難民で膨れ上がった町の防衛は困難だと口々に訴えるので、騎兵三名が一時的にここへ残り、アメリアだけが状況報告とブルーノの紹介を兼ねてヴァインベルガーの宿舎へ戻ることになった。


 宿舎まで竜の足でおよそ四時間の旅程なので、到着は十五時半過ぎが予想され、時間が惜しいのでアメリアは食料品店で堅パンと干し肉を第二大隊の付けで買い、竜にまたがって(ほお)()りながら町を後にした。店でアメリアと同じ物を自腹で買ったブルーノは、貸し竜の店から一週間の約束で金貨を払って竜を借り、それにまたがって急いで彼女の跡を追う。


「戦争おっぱじまるんだよね?」

「近いうちにね」

「なら、精霊使いにとっては忙しい日々となるね」

「――そうね」


 ほぼ真上から降り注ぐ陽光を浴びながら田園風景に囲まれて進むアメリアとブルーノは、堅パンと干し肉を交互に頬張りながら回りに誰もいないことを良いことに、これからの戦争について語り始める。先導するアメリアが振り返ると、ブルーノの前ではモフモフのクルツを(いと)おしそうに抱きしめるエルリカが竜にまたがり、楽しそうに会話をしているのが嫉妬心を膨れ上がらせる。そんな気も知らずに、ブルーノが竜の足を速めさせてアメリアの右横に並んだ。彼の視線が右頬を()でているように感じる彼女は、目を向けられない。


「敵は大公国だよね」

「そう」

「こう言っちゃなんだけど、南も同時に動き出したら勝てないでしょう?」

「南の蜂起は鎮圧したから挟み撃ちは無いと思う」

「ほんとに? 僕は昨日南から来たけど、やる気満々だったよ」


 血相を変えたアメリアが右側を振り向くも、彼の視線と絡んで恥ずかしくなり、エルリカの頭へ視線を移動する。


「その情報、間違いないわよね?」

「まあ、南とは契約していなかったから軍隊の情報までは分からないけど、町の雰囲気は打倒辺境伯で盛り上がっていたよ」

「その程度なのね」

「民意と(かい)()した軍隊の例を僕は知らないけどね」


 グリューンブリュン大公国とクラインローテンベルゲン公国が組んで攻めてくる情報を知っているアメリアは、ブラオンバーレン公国まで参戦してくる(おそ)れが心の中で膨れ上がった。だが、昨日、クルツの活躍で連中は蜂起を諦めたはず。


「なら、貴方(あなた)は両国が手を組んで挟撃作戦があり得ると考えているの?」

「ブルーノでいいよ」

「――――」

「挟撃作戦とまではいかないけど、北の戦局でこの国が押されていたら、絶好の機会だと思うのは当然だよね? 南は少しでも国境線が北上すればいいんだから、北と組む必要は無い。一種の火事場泥棒さ」

「それを避けるには――」

「早い段階で北を(たた)く事で南を諦めさせる。一挙両得だろう? 僕らはそれに協力すると言っている。もちろん、対価はいただくけどね」


 話の筋は通っているが、彼の目的は対価なのだろうか。


「ねえ。何故(なぜ)協力するの?」

「何、もう一回言って欲しいの?」


 少し前に言われた彼の殺し文句を思い出したアメリアは顔が熱くなってきて、残りの食べ物を口に放り込んだ。


「そうじゃなくて」

「なあんだ」


 ブルーノはもちろん、エルリカまでクスクス笑うので、顔が()()ってくる。


「昔、駆け出しの頃、あの狼の連中に(ひど)い目に遭ってね。あいつら、契約金を払わずに仕事させるんだ。成功報酬へ功績次第で上乗せするから、とか言って。ちょっと怪しい雰囲気だったけど、すっからかんだったから、やむを得ず仕事をしたんだが、そうしたらいろいろ難癖付けてきて、おまけに支払わないと来た。文句言ったら、尻を蹴られて追い出されたよ」

「それ、いつの話?」

「十八の頃だから四年前かな?」


 だったら、ヨーコと二度も対決した時の話ではなく、グリューンブリュン大公国が他国と戦争をしていた時期だ。彼が自分の(うい)(じん)にいなかったと思うと、何故かホッとした。


「以来、いつかは仕返しをしてやろうとね」

「南では契約しなかったの?」

「狼と争う連中じゃなかったからね。それに、東で魔物が大量発生して、そっちの退治の仕事を長くやっていたから、ここと狼が争っていたのは知っていたけど、来るのが遅れてね」


 おおよそ彼が志願する理由が分かったので、アメリアは会話をここで終了し、竜の()(づな)を操って速度を増した。彼女の動作で会話を一方的に終わらされた事に気付いたブルーノは、物足りなさそうに彼女の後ろへ回った。



 背中にブルーノの視線をむず(がゆ)く感じるアメリアが振り返るのを我慢していると、後方の竜の足音が早まって、また右横に彼が並んだ。目を合わせずに前方を向いて先を急いでいる素振りを見せていると、右耳に意外な声が飛び込んだ。


「ねえ、その準精霊、私に預けてくれない?」

「え?」


 右横を振り向いたら、エルリカが割と真剣そうな顔をこちらへ向けている。相変わらず、モフモフのクルツを抱きしめているのが、ちょっと悔しい。


「これは微精霊――」

「体の大きさはね。でも、魔力は微精霊にしては異常よ。白のクルツが何かしたのかと思ったら、何もしていないと言うし、それじゃその子、暴走して壊れてしまうから、私が訓練しようと思うの」

「――――」

「クルツの放任主義じゃ、その子、ダメになるわよ。私が鍛えてあげる」


 クルツは、放任主義と切り捨てたエルリカには不満げだったが、あれこれ口を出しだたけで具体的に何かをしていたかというとそうでもないことは認めた。


 竜にまたがりながらアメリアがポケットからガラスの小瓶を取り出すと、小瓶が勝手にアメリアの手から離れ、エルリカの差し出した左の(てのひら)にちょこんと着地した。


「聞いたけど、見習い精霊から微精霊になるまで一日、そして、魔法を使う度に威力が増して体が大きくなっていくというじゃない? どう考えても、この子、おかしいわよ。誰かに何かをされたに違いないけど――」


 瓶越しにエルリカの言葉が聞こえたレイアは、精霊の森の近くにある城で魔法使いラウラによってユミッチと一緒に魔法回路を強化され、ラウラから「いずれ、この精霊達は、七属性を同時に扱う大精霊になれるかも知れぬのう」と言われたことを思い出す。もしかして、エルリカが「誰かに何かをされたに違いない」と言うのはそのことだろうかと思っていると、


「人造精霊とは思えないし、ちゃんとまともな準精霊にしてあげなくちゃ」


 レイアは、エルリカの優しく見つめる(そう)(ぼう)をガラス越しに見て心が躍った。ついに、準精霊になるときが来たのかと思うと、舞い上がりそうな気分だった。もし今の(ひと)(だま)の姿が変えられるのだとしたら、やはり人間の姿になりたい。以前、心に決めていた事が再び(よみがえ)る。



 □■□◆□■□



「師匠! また一段と大きくなりましたね!」


 宿舎でレイア達が戻ってくるのを(かく)(しゆ)していたフリーダが、竜から降りて歩いてきたアメリアの姿を見つけて飛んでいくと、彼女の横に並んで歩く少女が左の掌にレイアを乗せているのをたちどころに見つけ、出かけるときよりも五ミリ大きくなって直径三センチメートルにまで成長した事に気付き、喜びを(あら)わにし上下に揺れた。


「ただいま。そっちはどうだったの?」

「ばっちり偵察してきましたよ! 捕虜の言う通りでした!」

()(すが)はフリーダね」

「ありがとうございます! ――で、そちらの霊気が(すさ)まじい精霊さんはどちら様で?」

「ああ、(くれない)のエルリカさんって言うの」

「紅のエルリカさん、初めまして! うちはフリーダと言います!」


 さっきからフリーダを凝視するエルリカが、フッと目を細めた。


「ふーん。経験豊富な微精霊って感じね」

「ええ、攻撃はからきしダメですが、偵察や潜入とかは得意です」

「このレイアと一緒に、今から攻撃を覚えて準精霊になる?」

「いいえ、契約からは自由でいたいので、微精霊のままでいいです」

「……まあ、それも生き方の一つだけど」


 精霊同士で会話が弾んでいるのを耳で聞きながら、アメリアは報告を急ぐため足を速める。すると、彼女の後ろを追いかけたブルーノが振り向きながらエルリカへ手招きをする。


「エルリカ。ちょっと一緒に来てくれないか?」

「精霊も同席するの?」

「ああ、ちょっと補足説明して欲しいから。アメリア、いいよね?」


 精霊使いの契約に精霊も同席するのは、精霊の強さを誇示する時に良く行われる。ちょうどエルリカの力量を見てみたいと思っていたので、アメリアは(しゆ)(こう)した。


「えー!? これからレイアを鍛えるのにぃ!」

「いいから。毛玉も一緒だよ」

「ならいいわ」


 モフモフのクルツを餌にエルリカを釣るのもどうかと思うが、連れて行くなら仕方ないと、アメリアは一時的に姿を消していたクルツを召還する。宿舎への帰還中、エルリカがいつまでもクルツを抱きしめて放さないので気に障ったアメリアが、クルツに姿を消すように命じたのだが、こうやっていいように使われているクルツは文句一つこぼさなかった。



 □■□◆□■□



「え? 全額後払い?」

「当たり前だ。この精霊を使って実際の戦争に参加した実績が無いからだ」


 (あき)れるブルーノを前にして、禿(とく)(とう)ででっぷりと太った赤ら顔の師団長が、腕組みしながら渋い顔を彼に向けて(うな)るように言った。


 フリーダが持ち帰った情報で、グリューンブリュン大公国の軍勢が増員されていて、クラインローテンベルゲン公国の先陣部隊が大公国へ向けて動き始めたことを(つか)んだので、クライン第一師団長が四人の大隊長らを集めて対応策を練っていた。


 敵の総数は四個師団の規模だった。なお、師団は四つの大隊で構成され、一個大隊が五個中隊、一個中隊が五個小隊、一個小隊が十人なので、一個師団の規模は百個小隊の千人プラス中隊長二十人、大隊長四人、師団長一人で合計千二十五人である。なお、小隊長は十人の中に含まれるので、これ以上のプラスはない。


 そこへ、アメリアとクルツが現れて、プフェルトラ村の人質奪還、敵実行部隊の捕縛と、魔法使いが魔法で橋を架ける情報を持ち込んだため、川が邪魔して敵の侵攻は遅いだろうと考えていた全員が一枚上手の敵に頭を抱えた。ここで、アメリアが「戦争に協力したいと言う強力な精霊使いがここにいます」と精霊使いブルーノとエルリカを紹介して、採用へのお膳立てが出来た――はずだった。


 ところが、ブルーノは南の蜂起の可能性を切に訴えると、クラインから「個人的な憶測に過ぎん」と切り捨てられて信頼度が下がり、根が正直な彼が「実は、魔王と戦って精霊が消滅したので、先月このエルリカと契約した」と白状し、この精霊を連れて戦争に参加した経験が無いと言ってアメリア達を()()らせた。


 白けた場の雰囲気に慌てたクルツが「自分など比べものにならないくらい強い」と後押ししてくれたお陰で、クルツの実績からエルリカの力量が推し量られ、座礁寸前からどうにか契約にまで()()けたのだが、契約金でブルーノが不満を述べて、暗礁に乗り上げてしまった。


()(ちや)()(ちや)強い精霊ですから、金額が高いのも仕方ないと思いますが?」

「君はこの精霊が戦ったのを見たことがあるのかね?」

「まあ、魔物相手に瞬殺でしたが」

「相手は四個師団、四千百人だぞ」

「南を考慮してですか?」

「してはおらん。昨日退けたから、する必要も無い」


 辺境伯領の軍隊は師団が二個あるが、先の戦闘で失った兵士の補充が出来ておらず、第一師団は再編成されて千人以上に復活したが、第二師団は六百余人しかいない。戦力差は、およそ二倍半だ。そこに南のブラオンバーレン公国の再蜂起まで考えたくないというのが正直なところだろう。


「四千百人? 全員を殺して欲しいの?」

「「――――」」

「そうして欲しいならするけど」


 師団長とブルーノの会話に言葉を投げ込んだエルリカが(しやく)(がん)を光らせると、作戦会議の全員が(おぞ)()を震った。袖なしの白いワンピースを着た裸足の美少女が、四個師団全員を殺すと平然と言ってのけるのが信じ(がた)いのだ。


「精霊一人で出来るのかね?」


 たっぷり二十秒間、人間(ヒユーマン)全員の呼吸が止まったかに思えるほど(せい)(ひつ)な空気を師団長の言葉が破ると、エルリカは無邪気に(ほほ)()んだ。


「もちろんよ」

「敵が長い国境線に渡って展開していたとしてもかね? 魔法使いが各地で橋を架けるかも知れないのだぞ」

「関係ないわ」

「だが、そんな事が本当に出来るのか?」


 チート級のエルリカが、室内にいる人間を見渡す。誰もが自分の(きや)(しや)な体で四千人以上相手に何が出来るという顔をしていて、それがおかしいらしく吹き出した。


「出来るわ。でも、人間って(ふく)(しゆう)が復讐を呼ぶでしょう? 殺すと、相手も精霊を使って同じ殺戮をしようと考える。だから、戦意喪失が一番だと思うけど」

「――――」

「何をして欲しいかは、はっきり言って」


 クラインは少し考えてから、右手の人差し指を立てた。


「その前に一つ。いざ戦闘開始となって、敵にも強い精霊が現れたら?」

「こちらの国にも被害が及ばないように、その精霊を退治するわ」

「出来るのかね?」

「当たり前でしょう?」


 形の良い眉を寄せたエルリカがむくれると、クルツが彼女を援護する。


「大精霊じゃなければ出来る。このエルリカに勝てる精霊は大精霊しかいない」

「その大精霊と契約した精霊使いが、この世の中にいたらどうする?」

「今はいない。それは、精霊界にいる我々が知っている」


 クラインは腕組みをして長い息を吐き、首を折って(めい)(もく)した。それから一分間考えた彼は、開目して上目遣いにブルーノを見た。


「四分の一、先に支払おう。残りは、勝利を収めてからだ」

「どうも」


 (あん)()するブルーノは、クラインへ軽く()(しやく)をしてから、まだむくれているエルリカの頭を撫でてなだめた。


「頑張ろうな」

「四千人なんて物の数じゃないのに」

「まあまあ。――正確には四千百人だけどね」

「百人増えても関係ない」


 エルリカは四千人以上を一度に殺せる力を持っているが、あえて殺さない提案をした。クルツは自分の力を誇示するため、あっさりと何の(ため)()いもなく二百人以上を殺したのに。


 人を殺さないエルリカの提案はレイアの心に深く刻み込まれ、以後、レイアの基本的な考えとなった。


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