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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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17.想定外の連続

 マティルダの案内で現場に向かうクルツは姿を消した状態で宙を飛び、まだ姿を消して移動することに慣れていないレイアは案内人の背中に隠れてフワフワと移動する。精霊らは念話を使って、建物への侵入方法や、敵の捕縛の仕方、人質を建物の外へ誘導するやり方を打ち合わせた。


 移動途中で目にする家の作りはどれも似ていて、煙突がある。レイア達は煙突から侵入する手段を選び、人質と敵兵の位置関係からどのように行動するか、複数の案を意見交換した。だが、その会話はマティルダの言葉で(さえぎ)られる。


「えらいこっちゃ。狼どもが増えている」


 キャベツに似た野菜が整然と植えられている畑の向こうに一軒の家があり、家の前に七人ほど灰色の軍服姿の狼人族が抜剣していて、(すき)(くわ)を手にした人間(ヒユーマン)九人と二十メートル以上の距離を置いて(にら)()っている。どうやら、敵の増援があったようだ。川を小舟で渡ってきたのだろうか。


『これでは手出しが難しくなったぞ』

『ええ。氷漬けにするにしても、人数が多過ぎます』


 レイアは建物の中に四人いると聞いていたので頑張れば四人を氷漬けするつもりでいたが、状況の変化で作戦を白紙に戻して練り直す必要が出てきた。だが、変化はこれだけではなかった。


 狼人族の兵士が遠くを見て剣を構えて警戒したため、その肩越しに向ける視線からもしかしてと思った農夫の一人が振り返り、マティルダを見ると()(けん)(しわ)()み、鋤を持っていない手であっちへ行けという仕草をする。


「何があったんだい?」

「アメリアの父ちゃんが身代わりを申し出た。今、三人が解放されるから、それ以上近づくな」


 この急展開に、さすがのクルツも姿が見えない状態で固まった。レイアは、試験勉強で散々傾向を分析し対策を立てたのに、いざ問題用紙を見たら試験範囲外の問題で目が点になるのと同じ状態になった。


 そんな精霊達を置いてきぼりにしたマティルダがさらに歩を進めると、兵士の一人が「近寄るな!」と叫んで剣を振り上げ、扉の前で威嚇する。それが彼らと(たい)()する相手への指図と捉えられたらしく、農夫達は後ろ歩きでジリジリと距離を広げる。


 その威嚇の声が合図ででもあったかのように、扉が(きし)む音を立てながら開いて、中から白髪で(しやく)(がん)の小柄な老婆をいたわる金髪(へき)(がん)の女性が姿を見せた。マイヤー家の老婆ヘルガとアメリアの母マリアだ。レイアは金髪の女性を見て、アメリアの特長を探すが、髪色以外は似ていない。父親に似ているのだろうか。


 後ろから兵士が「さっさと行け!」と女性達をどやすと、マリアの背中から赤ん坊の泣き声がした。「ビービー泣きやがって! とっとと消えろ!」と追い打ちを掛けられてマリアは歩を早めるも、心労のヘルガは普通の大人の半分も歩幅がなく、手を引かれてようやくの思いで歩いている状態だ。


 マティルダを含む十人が(あん)()の胸を()()ろすが、これはゲオルグが身代わりになったから(かな)えられたことであり、これで万々歳という訳には当然いかない。


「心配かけてごめんなさい」


 泣きじゃくる赤ん坊を背負いながら深く(うな)()れて謝罪するマリアの方へ九人の農夫達とマティルダが集まってくるが、彼らの心の半分はまだ建物の中を向いている。ゲオルグが両手を縛られて腰縄を打たれているかと思うと、手放しで喜べないのだ。


『行くぞ』

『――は、はい』


 同じ思いで彼らの輪に参加していたレイアは、自分の体は通常の微精霊より大きくなっていることを考慮し、相手から見えないように地を()うくらいの高さでスーッと飛んでいく。


 解放された人質達が建物から三十メートルほど離れた頃、扉の中から金髪碧眼の男性が前後左右に四人の兵士の護衛付きで現れた。あれがゲオルグだ。彼の顔を見るレイアはアメリアの特長をいくつも見つけて、父親似なのだと納得するが、そんな事を考えている場合ではないと(かぶり)を振るように左右へ回転する。


 人質の人数が同じではないのは、男性だからか、それとも精霊使いの家族であることがバレたのか。自分が一人で三人の身代わりになるため、家族であることをあえて言った可能性もあり得る。


 両手を前に縛られて腰縄姿になったゲオルグは、目を細めてマリア達の無事な姿を三秒間探したが、歩みが止まったので、背後で縄を握る兵士に小突かれて強制的に前を向かせられた。さらに想定外だったのだが、ゲオルク達の後ろからまだ四人の兵士が出てきて、遠くで歯がみする農民達へ(いち)(べつ)を与えて去って行く。後は、開かれた扉が風で(わず)かに揺れているが、建物内に(ひと)()が無いので、どうやら彼らが殿(しんがり)の役目を務めるようだ。


『狼人族はこちら側に十五人。そして、川向こうに人間一人を入れて十六人いる』

『そんなにですか!?』

『しかも、川に橋を架けている。川幅は先の夜中の戦闘時よりも広いのに、これをやってのけるとは()(すが)だな』

『こないだみたいな木製の橋が架かっているのですか?』

『いや、今見えるのは魔法で架けた橋だ。精霊の気配がないから、おそらく人間――魔法使いの術で(こしら)えたのだろう。大した物だぞ』


 レイアの位置からは見えない川の状況について、クルツが念話で妙に詳しい情報を送ってくる。おそらく、姿が見えていない状態で空高く上昇し、前方の状況を()(かん)しているのだろう。


 それにしても狼人族の兵士が三十人ということは三小隊分の規模だ。これなら武器らしい武器は農具だけしかないプフェルトラ村を焼き払うことは、赤子の腕をひねるようなもの。なのに、目的は人質を取ることで、一人で目的達成とばかり意気揚々と引き揚げる。ますます、この村が精霊使いアメリアの出身地であることを知っていて、家族を人質に取って満足している説が有力になる。


『どうやって救出するのですか?』

『レイアならどうする?』

『――――』


 質問を質問で返されて一瞬思考回路が停止したレイアだったが、クルツがノープランで敵に仕掛けるはずがなく、これは自分を試す質問だとすぐに気付いた。今の敵の人数なら、クルツは火矢を使ったり火炎を放射したりして容易に撃退出来る。ただし、三十一人――兵士と魔法使いを皆殺しにすると、報復で村が焼き討ちに遭う危険性があり、追い返すか捕虜にするかだが。今回は、ゲオルグを救出して敵を追い返せばいい。ならば――、


『ゲオルグさんの首から下を氷漬けにして、敵を火で追い払う作戦はどうでしょう? 氷に囲まれていれば熱くないですし』

『なるほど。人質の苦難は顧みないと』

『少しの間、寒くなるだけです。苦難なんかじゃありません』

『だが、四人がかりで持って行かれるぞ』

『あっ、……確かに』


 氷漬けのゲオルグを横倒しにして持ち逃げされる絵を頭に浮かべたレイアは、自分の浅はかさに嘆息する。


『なら、ゲオルグさんと回りの四人を氷漬けにするのはどうでしょう? 大人五人の氷漬けは、持ち運べません』

『後で、寒かったぞ、死ぬかと思った、って怒られるぞ』

『なら、クルツさんはどうします?』


 レイアが頬を膨らませる気分で質問し、上下に揺れた。期待外れの答えしか返さないレイアに諦めたらしいクルツが自分の案をここで述べる。


『ゲオルグを結界で包み込む』


 なーんだ、安全に包んでから敵を火で追い払うなら私の出番はない、とレイアが落胆すると、


『その後、ゲオルグの前と両脇の三人を氷漬けにしろ。捕虜にするのだ』


 まだ案の続きがあって、自分の出番が用意されていたことに彼女は喜ぶ。


『後ろの兵士はいいのですか?』

『氷漬けの四人に囲まれた真ん中は、どうやって抜け出す? しかも、縄を握っているのは真後ろの奴だぞ』

『――――』


 以上で移動しながら作戦の大筋が立てられたので、レイアは兵士の列の最後尾から十メートルの距離を保って追いかける。彼らの歩幅が広いので、彼女の速度はMAXだ。全員が前を向いているので、今がチャンスとばかり、前進しながら三メートル浮上した。それは、クルツの見ている景色を共有したいからだ。


 マイヤーの家から川岸までの百メートルは放置された土地らしく、膝の高さの雑草が密生していて、そこを狼人族の一行が草を()()けながら人質を連行する。向かう先には川幅四十メートルほどの所に架けられた幅が四メートル強の真っ白な板があり、太陽の光をそのまま反射して輝き、引き揚げる彼らを待つ。(きよう)(きやく)が見えないので一枚板を川に渡しているらしい。


 建造されてから長い年月を人々と共に過ごした橋とは違う、この違和感が漂う板こそ魔法により即席で構築された橋。大人数で渡って(たわ)まないのか、風でも吹いてバランスを崩したら川に落下するからもっと幅を広げられないのかと、敵の事ながら心配してしまう。幅の件は、橋を魔法で構築した魔法使いの能力の限界なのだろう。


 あれこれ思いを巡らせていると、レイアの頭の中である事が(ひらめ)き、誰かに聞いて欲しくて思わず言葉にしてしまう。


「もしかして、これって、敵は渡河の予行演習を兼ねて――」

『声を出すな』


 念話でクルツに(たしな)められた彼女は猛省し、幸いにも精霊使いがいなかったようで、誰も振り向かずに済んで安堵する。


『確かに予行演習はあり得るな。シュプレンゲルの町へ行く途中で騎兵が言っていたが、あの橋が焼け落ちたから、敵さんが川を渡るなら竜でも渡れるシュプレンゲル付近が一番だと。と言うことは、他に橋はない。自分達で――魔法で架けるしかないのだ』

『だから、今回の人質作戦で試しに魔法を使ってみたという事ですね?』

『理由の一つとしてあり得るな』


 魔法で橋を架けられるとなると、敵の大部隊がシュプレンゲル付近に集結する必要は無い。幅が狭いので一度に渡れる兵士の数が制限されるという難点があるが、これを架けられる魔法使いが他にもいれば、部隊を分散して侵攻させる事が可能となり、各地で同時に侵攻されたら防御しきれない。


『あそこにいる魔法使いを氷漬けにしましょうか?』

『余計なことはいい。――そろそろだぞ』


 列の最後尾から十メートル後方で三メートル上空にいるレイアは、一旦停止した。まず先頭集団の七人が次々と板状の橋へ足を踏み入れる。彼らの歩行で橋が揺れる様子はなく、安定しているようだ。


 いよいよゲオルグを含む五人の集団が橋に近づいた。すぐ後ろにいた殿の四人が一旦立ち止まって振り返る。ギョッとしたレイアだが、正面の追っ手に注意を払う彼らの視界には自分が映っていない様子だ。


 ――緊張の瞬間。


 急に、ゲオルグが立ち止まった。


 彼は、前に見えない何かが壁のように邪魔をしているのを不思議がって、縛られた両手で何度か押している。クルツが透明な結界でゲオルグを包んだのだ。


『今だ!』

『は、はい!』


 クルツが最後尾の列から五メートル離れた所で、敵の目の高さに出現した。作戦開始に慌てて、力んだレイアが氷の魔法を発動すると、ゲオルグ達の上空に水色に輝く魔方陣が出現。(たちま)ち、こちら側の岸に残っている九人全員がドーム型の氷で包み込まれた。ゲオルグの前と両脇の三人を氷漬けにするはずが魔法の力が強くて想定外の結果となり、当のレイアは()(ぜん)となり、仰天したクルツは目が点になる。


 これに対して、対岸の兵士達が異変に気付いて大声を上げ、橋を渡っている七人が振り返った。


 クルツは、直ぐさま作戦を強行。ドーム型の氷を飛び越えて火炎を放射し、橋の上で(きびす)を返した敵の接近を退ける。もちろん、クルツは相手を焼き殺すことは考えていないので脅かし程度だが、夜中に味方が多数焼き殺された事件を強烈に覚えている敵兵七名は、悲鳴を上げて(とん)(そう)する。対岸にいる十五人も同じで、クルツの火炎を見ただけで背を向けて逃走を開始した。


 ただ一人、人間だけは、こちらに向かって走ってくる七人と、遠ざかる十五人の間に視線を往復させ、どうして良いか判断に困っている様子。しかし、七人が対岸の土を踏むと、魔法を解除して臨時の橋を消滅させ、彼らと共に(だつ)()の如く走り去った。


 一方、()(ろた)えるレイアは、一度魔法を解除して再度実行。だが、空中に現れた水色に輝く魔方陣の真下では、全員が立方体の氷の塊に包まれる。狼人族の兵士らは()(もん)の表情を浮かべて氷の中で静止状態になり、結界に囲まれたゲオルグは周辺で起きている状況に理解が及ばず、キョロキョロと見渡しているだけ。


 もう一度解除して氷漬け魔法を再々実行すると、全員を包む氷はマッターホルンのような四角錐になってしまった。気がつくと橋は消えていて、もう敵を追い返すことも出来ない。当初の計画と違う結果になったレイアは、パニック状態になった。


 魔法の制御不能に混乱するレイアへ、クルツが念話で指示する。


『農民を呼んでくるから、そのままにしろ』

『で、でも、窒息死してしまうのでは!?』

『すぐには死なない』


 四角錐の氷の山を飛び越えたクルツは、後方で様子を(うかが)っていた農夫達に八人を縛る縄を持ってくるように伝えると、一人が「マイヤーの納屋にたくさんある」と言って取りに行った。クルツは「誰でもいいから集会場付近で待機しているアメリアと騎兵を呼んで来い」と指示した後、レイアの所へ飛んで帰ってきた。


『魔法を解除しろ』

『はい』


 氷の名峰が瞬時に消えると、酸欠と極度の低温の中にいた兵士達は()(しき)(もう)(ろう)となり、バタバタと倒れていく。


「さあ、今のうちにこちらへ逃げろ」


 クルツがゲオルグのそばに飛んでいって結界を解除し、そう声をかけると、ゲオルグは「ありがとう」と感謝して横たわる兵士を飛び越え、歓喜する農夫らに向かって駆け寄って縄を解いてもらった。それを見送ったクルツは、兵士が万が一起き上がった時に備えて、八人の回りに透明なドーム状の結界を張った。


 縄の束を両手で抱えた農夫が川岸に向かって走ってきて雑草の上へ投げ出すと、クルツは兵士を包む結界を解除した。それから、縄の束に魔法を掛けると、それらの縄が独りでに蛇の如く動き出して、横たわる八人の兵士を次々と縛っていった。


 縛られて目が覚めた兵士らが悔しさの余り、見物人へ罵声を次々と浴びせかけると、クルツが彼らに向かって火炎のデモンストレーションを行う。(ごう)()の効果は覿(てき)(めん)で、恐怖に(おのの)いた捕虜達は息を飲み、大いに震えて一言も発しなくなった。


 アメリアと三人の騎兵が駆けつけてくると、捕虜の多さに四人とも(あき)(がお)になった。


「すまん。レイアが張り切りすぎて――」

「……にしても、これはちょっと」

「敵はこの川に魔法で板状の橋を架けて侵入して来た。今、奴らはこいつらを置いて橋を消して逃げたが、取り返しに来るかも知れぬ。橋が架けられる以上、いきなり攻め込むことも可能だぞ」

「分かったわ。これは()()しき事態ね。すぐにでも村人を避難させないと」


 クルツの懸念を即座に理解したアメリアと騎兵達は、村人の避難と捕虜の輸送について短時間で相談し、ここから歩いて一時間の所にある小都市クラインベルゲンへ向かうことが決まった。


「アメリア、お帰り」

「お父さん、遅くなってごめんなさい」


 縄を解かれたゲオルグが両手を広げて笑顔で娘を迎え、アメリアが父親の胸に飛び込んだ。左腕で抱擁した彼は、豆だらけでゴツゴツした右手を握り、作った拳を娘の脳天へ優しく落とす。


「復帰か」

「はい」

「あの毛玉みたいなのが新しい精霊だな?」

「はい」

「頑張れ」

「――はい」


 涙を拭うアメリアには、これ以上父親と言葉を交わす時間が残されておらず、彼女は次の行動に移った。それは、村長と掛け合って全村民の避難を決定してもらうことだ。


 民族衣装を纏った高齢の村長が、四人の村民を伴って杖を突きながらアメリアと騎兵達の前へゆっくりと現れた。彼女を赤ん坊の時からよく知っている村長だが、彼女が提案する村民の避難には首を縦に振らない。「若い頃は狼を村の者が撃退した」と昔話を持ち出してくるわ、「アメリアなら村を守れるだろう」と自分を変に持ち上げるわで、話は難航。こんな頭が固い彼の説得に時間が掛かったので、出立は午前十時となってしまった。



 □■□◆□■□



 午前十一時過ぎ。南中を目指す太陽が晴天の主役とばかり張り切っている中、クラインベルゲンの大通りを歩く人間の通行人は、竜にまたがる兵士四人、八人の狼人族の捕虜を乗せた大型の荷馬車に目を奪われて、過去の敗戦の屈辱を呼び起こされ、新たな戦争の(きざ)しに不安が膨れ上がる。


「大公国ともう戦争が始ったのかね?」

「まだだ」

「今度は大丈夫なの?」

「案ずるに及ばない」


 初老の男と中年女性が騎兵に近づいて声を掛けたが、騎兵は威厳を持って応じ、何を根拠にと(いぶか)しがる二人を置き去りにする。


 二人の不安が人々の心に共通して宿っている事は、皆の表情を一目見れば分かる。アメリアはまたがる竜の上から通行人が浴びせてくる視線で痛みを感じていると、一人の人間の青年がこちらを向いて(ほほ)()んでいるのが見えた。栗色の髪で碧眼の彼は二十歳(はたち)前後に見え、アメリアがハッとするほどの美丈夫。この土地では見かけない白いローブに長身を包んでおり、明らかに住人ではなく他からやって来た人物と思われる。皆が一様に眉を(しか)めているのに、何故彼だけが笑っているのか不思議に思って視線を貼り付けていると、それまで姿を消していたクルツがアメリアの顔の前に出現して視界を遮り、彼に向かって飛んでいった。


「ちょっと、クルツ! どこ行くの!?」


 竜の()(づな)を操って竜の足を速めさせ、勝手に飛んでいくクルツを追うと、美丈夫の前に突如として金髪ロングヘアで袖なしの白いワンピースを身に(まと)った灼眼の美少女が出現し、彼女は小躍りして両手を広げ、胸に飛び込むクルツを抱きしめた。身長は百四十センチメートルほどで、ワンピースから(のぞ)いている腕と足の細さから推測するに(きや)(しや)な体つきのようだ。なお、服は着ているが靴は履いておらず、直に踏むとザラザラして痛そうな石畳の上を素足で踏んで平気でいる。


「精霊!?」


 (どう)(もく)しながら近づく彼女に、笑顔の青年は右手を肩の高さに挙げて、周囲の重苦しい雰囲気に(くさび)を入れるような快活な声を上げる。


「やあ、兵隊さんも精霊使いなんだね?」

貴方(あなた)も精霊使い?」

「そうだよ。流れ者だけどね」


 竜から降りながら、アメリアは少し前までクルツを(いと)おしく抱いていた自分の姿を少女に重ね、それから顔を赤らめずには直視できない美青年へ視線を移す。


「私は、第二大隊第三中隊第五小隊所属、アメリア・ゾンネンバウム」

「うわー、(かつ)()いいね。僕は、ただのブルーノ・ヴァルト。職業流れ者、もとい精霊使い」


 返す言葉が軽いので、アメリアの好感度がちょっと下がったが、それでも耳にまで達する心臓の鼓動音は変わらない。


「私にはそのクルツと、この――微精霊レイアがいるの」


 アメリアがポケットからガラスの小瓶を取りだして(ふた)を開けると、中からレイアがせり上がるように浮上した。この時、さすがにアメリアもレイアの体が一回り大きく見えたのだが、実際、レイアの体は宿舎を出てからさらに五ミリ大きくなって直径三センチメートルになっていた。


「微精霊? それ、準精霊じゃないの?」


 ブルーノとアメリアがシンクロするように、声を発した少女の方へ振り向く。


(くれない)のエルリカ。流石に気付いたな」

「だって、その魔法回路、異常に発達しているもん」


 感心するクルツがエルリカと呼ぶ少女は、右手の人差し指でレイアを指し示す。その時、レイアは、全身に電気が走った。


(この精霊さん。とてつもない力がありそう……)


 レイアが心に浮かべた言葉を聞いていたかのように、クルツが念話で語りかける。


『この紅のエルリカは、大精霊ヒルデガルトの側近の筆頭だ。()(ちや)()(ちや)強いぞ』

『どれくらい強いのですか?』

『俺が全力でぶつかっても、こいつには瞬殺される』

『――――』

『おそらく精霊界で大精霊以外はこいつに勝てないのではと思う』


 そんな恐ろしい力の持ち主が目の前にいる。微精霊の目から見れば、チート級の能力なのだろう。


 レイアは、エルリカの頭の(てつ)(ぺん)から爪先までしげしげと眺めた。


 こんな華奢な精霊があのクルツを(はる)かに(りよう)()する力を持っているのだ。(にわか)には信じがたいが、クルツが恐れるくらいだから事実だろう。


(私も彼女みたいな精霊になりたい……)


 畏怖の念を抱いていたレイアは、次第に感動が湧き上がり、彼女への強い憧れへとなった。



 ――この時から、レイアは憧れの精霊エルリカを目標に、上位の精霊を目指すこととなる。



「で、捕虜連れていたみたいだけど、戦争おっぱじまったとか?」

「いや、まだ」


 顔を近づけてアメリアの(そう)(ぼう)を大胆に(のぞ)()んだブルーノが問いかけるが、衆人環視のこの状況で戦争が始まったとは現段階では口にしたくないので、彼女は一歩後ろへ下がって(とつ)()に嘘をついた。


「何かあれば力を貸すよ。うちのエルリカと、そっちの毛玉、何だっけ――」

「クルツ」

「そう、クルツが知り合いみたいだし。それに、君、可愛いし」

「――――」


 よくもまあ大勢の前でそんなことを平気で言えたものだと、さすがのアメリアも気に(さわ)ったが、ニヤニヤと笑うブルーノを前にしてみるみる赤面するのは避けられなかった。


「貸さなくていい?」

「――――」

「手が足りているなら、他国へ行っちゃおうかなぁ――」

「待って」


 憧れの男性を呼び止めている状況に思えて、アメリアの顔が熱くなる。


「――じゃあ、付いてきて」

「そうこなくっちゃ」

「可愛いと言われたからじゃないからね」

「分かってるって。戦争に精霊使いは付き物だからね」

「でも、勘違いしないで。今採用したんじゃないわよ。私、権限ないし」

「それも分かってるよ。だって、君、将校じゃないし。でもね、不採用とか口走る頭の固い上官がいたら、横で()()()()()()()欲しいな」


 彼が「口説き落とし」の部分だけイントネーションを変えて色気を感じさせるように言ったので、乙女の顔は見るも哀れなほど赤くなり、(ろう)(ばい)する表情を隠せなかった。

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